約束してみた
最後の一週間を2人でゆったりと過ごした。
いつものように狩りをし、薬草を採取し、共に食事を取り、共に眠る。
そんな毎日を送っていた時、ルーがふとたずねてきた。
それは最後の夜の小さな願いの話。
「ヴィーは人じゃないんだよね?今の姿は仮初め?」
驚いた。
今まで全く気にされてないから、人だと思われていると思っていた。
「…今更な質問だな」
「だって、気になるじゃないか」
ふむ。確かに、人以外の姿は見せたことはないが、人には出来ないようなアレやコレは見せてはいたな…。
「確かにこの姿は仮初めだ。だが、本性に近い色だし、性別も女だぞ?」
「そう、なんだ…。もし、もしもいつか、もう一度出会えたら、本性見せてくれる?」
小さな小さな約束。
だが、ささやかな願い。
「そうだなぁ。もし、もう一度ルーと出会って、ルーが私に気づいたら見せてあげよう」
「絶対に気づくし!見つけてみせるよ!」
「期待して待ってるよ」
最後の夜のささやかな約束。
でも、私にとってもルーにとってもなによりも大事な約束。
「「忘れないから」」
2人で囁きあい眠りについた。
***
翌朝、よく晴れた森に、ハミルと他の騎士達が結界の端に着いた。
「ルー、ハミル達が西の結界の端に着いたから迎えに行ってあげて」
朝からソワソワしていたルーは、大急ぎで支度をして出て行った。
30分程するとたくさんの話し声や馬の足音が聞こえてきたので小屋から出た。
「ヴィー!みんな無事だって!僕、国に帰れるよ!」
勢いよく走りながら抱きついてきたルーを抱きとめながら前を見ると、ハミルを始め騎士5人が膝をつき頭を下げていた。
「我らの王子を保護し守っていただきありがとうございました」
「頭をあげてくれ。傷ついたルーを保護はしたが、この森で生き抜いたのは彼自身の力だ」
「いいえ、感謝してもしきれません。ほんとうにありがとうございました」
ルーをギュッと抱きしめながら、私は騎士達に休息を進めることにした。
「長い旅で疲れただろう?狭いが我が家で休んでいくといい」
***
「そうですか、それで王子はあんなに逞しくなられたんですね」
お茶を飲みながら、彼らの知らないルーとの8ヶ月を語っていく。
「あの子の剣の才能は素晴らしい。是非城に戻ってからも鍛えてあげてほしい」
「もちろんです。王子には強くなってもらいます。まだまだ国が不安定ですし、近隣国とも危うい状況にあります。いつ戦いがおこるかわからないのです」
そう、ここ数年で近隣国とのバランスが一気に揺らいでいる事実。
この森も、いつ戦火に巻き込まれるかはわからないのだ。
「あの子は、厳しい運命の元に生まれついたのだな」
ハミル以外の騎士達と一緒に喋っているルーは、子供らしい顔で笑っていて、とても可愛い。
あの笑顔が曇るところはできれば見たくない。
「あなたが何者かなどと不躾な質問はいたしません。ただ、ただ感謝あるのみです」
「いや、私もルーからたくさんのモノをもらった。大切な思い出だ。長き時を生きていて1番大切なモノになった。こちらこそありがとう」
長き時という言葉を正しく理解したハミルはもう何も言わなかった。
ただ、ルーを優しく見つめていた。
***
「ルー、そろそろ出発しないと今日中に森から出れないよ」
私の言葉にハッとした表情を見せたルーは、泣きそうな顔をした後、涙を堪えながら、しっかりと私の顔を見つめた。
「ヴィー、ヴィーがいなければ僕は今ここにいなかった。あなたは母のように姉のように僕を大事に守ってくれたね、ありがとう。僕にとって誰よりも大切な人だ。…約束忘れないから。僕達はずっと一緒だ」
8ヶ月前は小さく震えていた幼子が、今は立派に前を向き進もうとしている。
愛しき人の子よ、私も忘れないよ。
「ルー、ルーがいなければ私は今も全ての感情を捨て去ってここに1人で暮らしていただろう。ルーは私に、久しく忘れていた感情を思い出させてくれた。ルーのおかげだ、ありがとう。どんなに離れても私達はずっと一緒だ」
私達は見つめあった。
別れの瞬間、どちらも言葉を発しなかった。
これは別れじゃない。私達はずっと一緒なのだから。
***
「ルーべシオンに幸多からんことを」
姿が見えなくなってから小さく呟いた時、自分が泣いていることに気づいた。
「私にも涙があったのだな…」
これが悲しいという感情。
私は、自らの魔力を解放し本性に戻ると、翼を大きく羽ばたかせ、飛び立った。
ルーに出会えたことで私にもたくさんの変化が起きた。
愛を識った私は、もうここで1人暮らすことに耐えられそうにない。
もう一度出会いたい。
もう一度ルーに出会う為に、人の世界で生きてみるのも悪くない。
***
人は言う。森には竜がいるという。
忘れ去られた聖なる竜。
誰も見たことはない。
それは森だけが知っている。