第五話 山さんの憂鬱
山崎健一(29)
元フランス軍外国人部隊所属の狙撃兵。
過去に三度の戦争を体験。その度に、最前線において数々の武功を立ててきた、兵の中の兵。
日本軍の軍隊派遣とともに除隊した彼は、すぐさま日本軍に志願。陸軍付けとなり、四度目もまた最前線へと赴くこととなる。
しかしながら、彼が元フランス軍の狙撃兵であることは、知られていない。
一緒に生活をする五十嵐たちでさえも……
山崎「あ〜ついな〜」
浜田「山さん、扇風機の前占領しないでくださいよ」
五十嵐「そうだよ山ちゃん。扇風機は皆のものだよ!!」
扇風機のまん前に座り、風を遮断している山崎に五十嵐たちは辛らつな言葉を浴びせる。が、そんなこと気にするものかと、山崎は扇風機の前に陣取る。むしろ、胡坐をかき居座り始めた。
浜田「山さんってば〜」
山崎「いいじゃねえかよ、食材取りに行って疲れてんだからよ」
大島(じゃんけんで負けた自分が悪いお)
毒づこうと思ったが、この炎天下。流石の大島も言うのをと戸惑ってしまう。
五十嵐たちのキャンプ地は、ここ数日最高気温を連続更新していた。無論、熱帯雨林のジャングル。日本の最高気温などへでもないほどに暑く、そして蒸れる。
最初に音をあげたのは五十嵐。次に大島。浜田。最後が山崎だった。
何とかならないかと、陳情品をあさったところ、これ幸いに扇風機があった。
そのおかげで何とかここ数日、誰も発狂せずにすんでいる。
しかしながら、クーラーの聞いた部屋で生活してきた日本人が、こんな環境下で扇風機だけで到底耐えられるわけがない。
そんな中、たとえじゃんけんで負けたとはいえ、朝一でわざわざジャングルを歩き回って食材を探してきた山崎に、感謝こそすれ文句などおこがましかった。
だが、だからといって扇風機無しで我慢しろというのも到底無理な話だ。
大島「山崎、独り占めはよくないお〜。皆あついお〜」
五十嵐・山崎・浜田「「「おまえが言うな、お前が!!」」」
なお大島は、USB電力で動く扇風機に一人で当たっていた。
五十嵐「とぅ!!」
いって、五十嵐が扇風機のつまみを押し込む。
扇風機は左右に首を降り始めた。
山崎「あ、へ〜ちょ! てめぇ!!」
五十嵐「いいじゃん、せめて首振りにしようよ〜」
浜田「僕たちだって暑いんですから、いいじゃないですか〜」
五十嵐「そうだよそうだよ。食材集めは大変だろうけど、あたしだってお料理暑くて大変なんだからね!!」
浜田「僕だって、皆の洗濯とか、部屋の掃除とかで結構疲れてるんですから」
大島「そうだおそうだお」
山崎「お前は働いてないだろ!!」
それがV○Pクオリティとかつぶやく大島をよそ目に、山崎は五十嵐たちを見つめる。
流石に汗だらだらの二人にここまで迫られると、最年長としては立場が無い。
山崎「わかったよ」
五十嵐・浜田「「わーい」」
山崎をはさむように二人は扇風機に座る。こうして三人は仲良く扇風機に当たり始めた。
五十嵐『あ〜〜』
浜田『あ〜〜』
五十嵐・浜田『『あ〜〜』』
扇風機の前で仲良くデュエットをはじめた五十嵐と浜田。 間抜けな声が当たりに広がる。
山崎「こら、やめろそういうの」
五十嵐・浜田「「ヴェ〜〜」」
山崎「気持ち悪いだろ」
五十嵐「そんなこと無いよ。ねー?」
浜田「ねー」
仲良さげに、首を横にたらす二人。はぁと、山崎がため息をついた。
山崎「ねーじゃない。とにかく、扇風機に向かって声出すのは禁止だ」
五十嵐・浜田「「ヴぇ〜〜」」
山崎「だからやめろっての!!」
大島「ヴぇ〜〜」
山崎「お、お、し、ま!! お前も禁止だ!!」
振り向いてちゃぶ台でネット中の大島をしかる。大島の顔は愉快そうに笑っていた。
五十嵐『か〜え〜るの〜う〜た〜が〜』
浜田『き〜こえ〜てく〜る〜よ』
大島『グワァ』
五十嵐・浜田『『グワァ』』
大島『グワァ』
五十嵐・浜田『『グワァ』』
大島『グワァ』
五十嵐・浜田『『グワァ』』
大島『グワァ』
五十嵐・浜田『『グワァ』』
五十嵐『ケロケロケロケロ』
浜田・大島『『グワァグワァグワァ』』
扇風機前の見事な輪唱が終わるとともに、山崎は立ち上がる。
五十嵐『どうしたの山ちゃん?』
山崎「ここじゃ涼めん。川のほうに行ってくる!!」
浜田『じゃぁ、山さん。水もついでに汲んできて』
浜田が指差したバケツを見て山崎はため息をついた。
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山崎「なんか違うんだよな……」
膝までを水に付けながら山崎はつぶやいた。
山崎「ドンパチするでもなく、訓練するでもなく。日々これサバイバル……
つうか、電気が通ってる時点でサバイバルじゃないか」
ちゃぷちゃぷと、水音が立つ。大きな木の枝が上を覆っている其処は、絶好の涼みのスポットであった。と、近くの湧き水は貴重な彼らの水源でもある。
山崎「俺がしたいのは戦争であって、サバイバルごっこじゃないんだよな〜」
思い出されるのは、外人部隊のころ。あのころはもっと一日が充実していた。というよりも、一日に張りがあった。いつ死ぬかわからない緊張感、それは最高に自分が生きているということを証明してくれていた。
それに比べ、はたして今の俺の生活は生きているというのだろうか。日にまして分からなくなっていく俺という生。何もしないということは死ぬというのと同じなのではないだろうか。たまに、そんなことを考えたりしてしまう。
そう思うようになると、いつの間にか五十嵐たちの前から姿を消すようになっていた。
山崎「やめるんじゃなかったかな……」
ごろりと横になる。葉の陰から覗ける、ギラギラとした太陽がまぶたを貫く。
目を閉じれば更に自分の生がなんなのか分からなくなっていた。
むしろいっそこのまま生などと考えなくなってしまえばいいと、山崎は思った。
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山崎が起きると当たりは真っ暗だった。
急いでバケツに湧き水を汲むと、山崎は五十嵐たちのキャンプへと駆けた。
山崎「やばいな。みんな心配してるだろうか……」
バケツの水はこぼれて既に半分程になっているが、気にした風でもなく走る山崎。
すぐさまテントの明かりが見えてくる。
山崎「悪い皆!! 寝ちまってた!!」
山崎が走りこんだ先では、既に五十嵐・浜田・大島がちゃぶ台についていた。
五十嵐「もう、おそいよ山ちゃん」
浜田「ご飯冷めちゃったじゃないですか、山さん」
大島「飯の時間に来ないとはどういう了見だお」
息を切らした山崎を気遣うでもなく、言う三人。ふと、山崎が目をやった先には、冷めた味噌汁と得体の知れない焼肉が四人分置いてあった。
山崎「んだよ。皆して待たなくても良かったのに」
五十嵐「何言ってんの山ちゃん。食事は家族全員でするから楽しいんだよ?」
浜田「そうですよ、山さん」
山崎が面食らった表情で一瞬固まった。
大島「どうしたお山崎。暑さでついにおかしくなったお?」
山崎「いや…… なんでもねえよ」
そういって歯を出して笑うと山崎はちゃぶ台につく。
五十嵐「それじゃぁ、皆そろったところで
いただきます!!」
浜田・大島「「いただきます!」お!」
山崎「…… いただきます」
目をつぶって小さな声で言うと、山崎は白いご飯に箸を伸ばした。
山崎(まぁ、しばらくはこういう生活も悪くないかもな)
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浜田「よかった、気づかなかった様だね」
五十嵐「うん。よかったよかった」
大島「昼飯に牛丼食べたって言ったら山崎きっと滅茶苦茶おこったお」
五十嵐「もう少しで夕食も食べちゃうところだったけど、タイミングよく来てくれて助かったよ」
浜田「しかし、昼飯も食わないでいったい何してたんだろ? 山崎さんは」
大島「きっといろいろ溜まってたんだお」