第一話 無謀突撃兵 五十嵐 へ〜ちょ
近未来。世界は未曾有の恐怖に覆われていた。
人を襲う未知の生命体。次々と侵略される文明圏。
この危機に対し、様々な国が最前線に軍隊を送った。
日本もまた然り。
これは、日本から送り込まれた軍隊から、はぐれてしまった四人の兵隊達の物語である。
「無謀突撃兵 五十嵐へ〜ちょ」
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ジャングル未明
日本部隊第一隊所属 五十嵐奈由 兵長
五十嵐「みんなおきてー!!」
五十嵐は、眠っているほかの兵隊たちの上でフライパンを打ち鳴らす。
日本部隊第一隊所属 山崎健一 突撃兵
山崎「…… ん、朝か」
日本部隊第一隊所属 浜田夏雄 工兵
浜田「おはよう、へ〜ちょ」
日本部隊第一隊所属 大島五郎 輜重兵
大島「うーん、まだねたいお……」
大島以外が起き上がるのをみると、五十嵐は丸いちゃぶ台を囲むように座る。ちゃぶ台の上には本日の朝食であろうものがきちんと四つおいてある。山崎も浜田も、へーちょと同じようにちゃぶ台を囲む。
五十嵐「今日の朝ごはんは、わかめの味噌汁と麦飯、それに玉子焼きだよ」
浜田「へー玉子焼き。卵なんてまだ残ってたんだ」
五十嵐「うん。ただ、そろそろ食べないと危なそうだけどね」
と、食料が乗せてある輜重に目配せをする五十嵐。卵は見たところ、小ダンボール一箱分はあるようだ。
山崎「んじゃ、今日は鳥でも捕まえて親子丼でもするかな……」
浜田「いいですねそれ、山さん」
名案とばかりに頷く浜田。それとは裏腹に五十嵐は不服そうだ。
五十嵐「鳥さん捌くのは山ちゃんがやってね?」
ぶうと頬を膨らます五十嵐。山崎と浜田はそれを見て笑い出した。
山崎「しかたねえな、へ〜ちょは」
浜田「わかってるよ。そういうことは男の仕事だものね」
五十嵐「そうだよ、女の子にそんな残酷なことさせちゃだめだよ」
大島(じゃぁへ〜ちょは此処に何しに来てるお)
大島は、寝ぼけながらも声には出さずに突っ込んでみた。
五十嵐「とにかく、そういうのあたしは嫌だからね」
浜田「分かったってば、へ〜ちょ。ほんとに怖がりなんだから」
山崎「ん、よかったら変わってやっても良いぞ浜田?」
浜田「や、山さん!?」
意地悪そうにほくそえむ山崎。うろたえる浜田。
五十嵐「何よ、なっちゃんも怖いんじゃないの」
五十嵐は眉毛を吊り上げて怒っている。
浜田「いや、そんなことは決して…… その」
山崎「ははは、冗談だよ、冗談。浜田ぼろが出たな」
浜田「で、できますよ僕だって、多分……」
大島「ご飯が冷めるお。早くいただきますするお?」
いつの間にやらちゃぶ台に向かっていた大島が言い、三人は顔をあわせる。
「「「「いただきます」」」お」
いただきをするもまもなく、玉子焼きにすぐに箸を伸ばしたのは山崎。やたらとでかい一切れを、一口にほお張る。
山崎「うん、なかなかだ…… ゴハァ!」
言うや、口内の玉子焼きを力いっぱい吐き出す山崎。
大島「うわ、汚いお!!」
浜田・五十嵐「「山さん!?」」
山崎「ケホ、ケホケホ…… へ〜ちょ。これいったい何で味付けした!!」
山崎が箸先で示すのは無論玉子焼きだ。
当惑した表情で五十嵐は山崎のほうを見る。
五十嵐「えーと。ラベルが全部はがれてて分からなかったら、適当に黒い液体使ったんだけど……」
大島「うぁ、それはないお」
浜田「またそんな無謀な……」
五十嵐「けど、ちゃんとおいしかったよ、その黒い液体」
山崎「だったら、お前はコーラを目玉焼きにかけるのか? あぁ!?」
五十嵐「うぅ……」
浜田「まぁまぁ、山さん…… そんなに怒らなくても」
五十嵐「いいもん、私が全部食べれば良いんでしょ!!」
そういうや、勢いよく玉子焼きすべて口内に書き込む五十嵐。
頬いっぱいにほお張り、膨らませた顔で山崎を見る。
五十嵐「ほはぁ、へんふはべはほ はははふ……」
言いかけた途中で顔が青くなる。口元を押さえるや、勢いよく林のほうへと駆け出した。
戻ってきた五十嵐の頬は、ほおばる前よりこけていた。
五十嵐「ごめん山ちゃん…… あれは無理」
山崎「分かれば良い」
浜田「それにしてもいったい何を入れたんだい? へ〜ちょ」
五十嵐「うん、これなんだけど」
そういうと、五十嵐は小ぶりの瓶を取り出す。
見た感じは刺身醤油といった感じだ。
五十嵐「このまま飲んだときはおいしかったんだけど」
浜田「いったい何なんだろ。コーラとは違う感じだし……」
浜田は瓶を両手に、その中身が何か思案する。あくまで思案するだけで直接確かめるつもりは無い様子だ。
大島「あ…… それは……」
今思い出したといった感じで大島がつぶやく。
浜田「ん、分かるのか大島」
大島「多分黒酢だお」
山崎「黒酢……」
五十嵐「そうか、それでおいしかったんだ〜」
納得といった感じの五十嵐と、思い出して不快といった感じの山崎。浜田は不思議そうに顔をしかめる。
浜田「けど、何でそんなものが此処に? どう考えても嗜好品だろこんなもの」
大島「そうだお、嗜好品だお。こっそり魚醤とすりかえておいたお」
浜田「なんでまたそんなことを……」
大島「高部の陳情品だったからだお」
一同(大島を除く)静まり返る。
浜田「高部大佐の…… 陳情品……」
山崎「鬼の高部の陳情品」
五十嵐「?? 高部って誰?」
大島「むかつくおー。 大佐かなんだか知らないけど、自分だけ特別気分で許せないお。
けど、正直どうやって処理するか迷ってたところだから助かったお。
これでみんな共犯お」
血の気の引く音。
浜田(もしこんなことが憲兵にばれたら)
山崎(俺たちはおしまいだ……)
浜田と山崎が立ち上がる。
輜重の卵をご飯の上に割ると、黒酢を上からどっぷりかけ食べだした。
五十嵐「山ちゃん? なっちゃん? 何してるの」
山崎「見て分からないのか、卵かけご飯だよ」
五十嵐「え? え? 卵かけご飯には黒酢はかけな……」
浜田「いやぁ!! 新鮮な卵に魚醤はよく合うなぁ!!」
五十嵐「あ、え? な、なっちゃん?」
二人は涙して卵かけご飯を食べ続けた。
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日本部隊総督 乃木 三太夫
乃木「ん〜磯臭いのぉこの部屋」
日本部隊第一隊所属 高部 由紀子 大佐
高部「そうですか総督?」
乃木「ん、何を飲んどるのかね、高部君?」
高部「黒酢です」