第十五話 初めての作戦 Part3
元看護婦 鈴原綾子 衛生兵
鈴原「さて、いったいどういった用件なんですか」
綺麗に整頓されたワークデスクを挟み、座りあった鈴原と山崎。
鈴原は落ち着いた表情で山崎に問いかける。
もっと救援に喜ぶかと思っていた山崎としては、あまりに落ち着き払った鈴原の対応は今ひとつ拍子抜けだった。
山崎「あんたらが敵軍の真ん中で拘束されたって言うから、俺達の小隊が救出要請を受けてな」
鈴原「私たちを救出しに来てくれたんですか」
山崎「そういうことだ。もう安心していいぞ」
ここで鈴原は少しほっとした表情をする。
落ち着き払っていても現在の状況に危機は感じていたのだろうか。なんとも気丈な人だと山崎は感心する。
山崎「既に仲間が外でスタンバイしている。こっちの準備は万端だ。あんたらは、ただ東に向かって駆ければいい」
鈴原「しかし、ここは敵陣の真ん中。どうやって敵の戦線を通過するつもりなんですか?」
山崎「それについては俺達も本隊から聞かされていない。ただ、東の丘陵地で待機とだけ言われている」
鈴原「信頼して良いんですね」
山崎「たぶんな」
ぐっと胸元の前で、ペンダントを握る鈴原。中に入っているのは恋人の写真だろうか。
目を瞑り一呼吸置いた後、鈴原は山崎に向き直った。
鈴原「了解しました、えーと……」
山崎「山崎だ」
鈴原「山崎さん。決行は……」
山崎「すぐにでもだ。七時までに脱出が確認されなかった場合、仲間は撤退する手はずになってる」
とここで考え込むそぶりを見せる鈴原。
山崎「なんだ、何か不安なことでもあるのか?」
鈴原「えぇ…… 私以外の隊員達のことなんですが……」
山崎「さっき下にいた奴らのことか?」
鈴原「えぇ。彼女達が果たして納得するか……」
妙なことを言うものだ。山崎は眉間にしわを寄せる。
山崎「この状態から開放されるんだぞ。なんでそれを納得しないんだ?」
鈴原「それは……」
といって鈴原は目を逸らす。と、そのとき扉からノックの音が聞こえた。
衛生兵1「婦長、入ってもよろしいでしょうか」
鈴原「もう全員そろっているの?」
衛生兵1「はい、六人全員揃っております」
山崎(六人? 話じゃ八人と聞いていたが……)
鈴原「そう、じゃぁ入ってきなさい」
山崎は立ち上がり部屋の壁際へと身を移す。
入ってきた衛生兵とは名ばかりの看護婦達は、鈴原に一礼すると横一列に並ぶ。
鈴原「それじゃぁ、始めてちょうだい」
凛とした鈴原がそういうと、看護婦達は脇に抱えたボードを前に持ち、報告を始める。
衛生兵1「山田洋太郎さん。本日特に異常なし。三食ともに食べ、リハビリも良好な模様」
衛生兵2「雪島勝さん。体の不調を訴え、本日は一度も起き上がらず。食事も半分ほどしか喉を通っていません」
山崎「こ、これは…… ミーティング?」
山崎の額を一筋の汗が流れ落ちる。
看護婦達は山崎に気づくでもなく、ただ黙々と宇宙人の患者の容態を告げていく。
鈴原を、それをさも当然のように聞く。
果たしてここは敵の本拠地の中なのか。病院ではないのだろうか。
山崎が当惑している間に、報告は終わりを告げた。
鈴原「だいたい分かったわ。引き続き担当の患者のケアをお願いします」
衛生兵ALL「はい!!」
元気な声で返事をする衛生兵。と、ここで山崎の存在に気がついた。
衛生兵3「鈴原婦長。その方はいったい……」
手に持っている銃に機がついたのか、おそるおそる質問する衛生兵。
鈴原がにこりと微笑むとこちらに近づく。
鈴原「私たちと同じで退却に失敗したそうなの。ねぇ、山崎さん?」
いきなり話を振られて当惑するも、ここはそう答えたほうが無難なのかもしれない。
山崎「あ、あぁ……」
山崎は軽く頷く。
にこりと鈴原は微笑むと居並ぶ衛生兵たちのほうを向く。
鈴原「患者さんたちには黙っておいてね。おびえるといけないから……」
衛生兵ALL「はい……」
衛生兵たちの顔から疑心の色は消えていないが、とりあえず納得はしてもらえたみたいだ。
鈴原「さぁ、みんな持ち場に戻って!!」
鈴原が手を二回たたくと、衛生兵たちは一礼して入ってきたドアから出て行った。
残された山崎は鈴原のほうを向く。
山崎「…… いったいどういうことだ。宇宙人を看護するだなんて。何か弱みでも握られてるのか?」
鈴原「いえ……」
鈴原は残念そうに首を振る。
山崎「んじゃ、操られてるのか?」
鈴原「いいえ、全員が全員、自分の意思で看護を行っているの」
山崎「な、何でそんなことを……」
鈴原「怪我をしている人、体調の優れない人がいたら、それがどんな悪人だって放っておけない。
看護婦なんてそんなものなのよ……」
うつむき気味の鈴原。
ここで言わんとせん事を察した山崎も黙り込んだ。
ようは、彼女達がけが人の宇宙人たちを見捨てられないということだ。
山崎「何とかならないのか?」
鈴原「だまして丘陵地まで連れ出すことはできるわ、けど…… 多分彼らをおいていくことに戸惑うでしょうね」
山崎「宇宙人への未練を断つ…… 何かいい策はないか?」
鈴原は黙り込み。そして意を決したように山崎を見た。
鈴原「一つだけ」
その目に答えるように見つめ返す山崎。
山崎「成功の見込みは?」
鈴原「まず間違いなく、彼女達は宇宙人に対する未練を断ち切ります。ただ……」
鈴原「あなたの協力が必要です……」