第十二話 古今東西編 後編
卓球王子と山崎はネットを挟んで互いににらみ合う。
卓球王子「純粋に卓球で勝負するのも面白いが、私も忙しい身でね、時間が惜しい。そこでだ、君たちが今さっきやっていた、古今東西ゲームで勝敗を決めようじゃないか」
山崎「いいぜ。だが、お互いフェアな題目で行こう。地方駅とか、マニアックな題目は無しな」
卓球王子「勝負は三回。先攻は、ハンデだ。君からでいいよ……」
山崎「後悔するなよ?」
山崎は、玉を片手に構えに入った。
浜田「山さん大丈夫なの?」
山崎「まかせろ、浜田。俺は昔、東洋のフォレストガンプと呼ばれた男だぞ」
大島(またしても、微妙な例えだお)
五十嵐「頑張ってね山ちゃん。応援するよ」
浜田「頑張って」
頷き大島はラケットを持つ手の親指を立てる。そしてゆっくりとラケットを後ろに引き、ボールを前に出し前かがみになった。サーブの体勢。
山崎「古今東西!!」
山崎の鍛えられた四肢が隆起する。右手にもたれたラケットは微動だにせず、見れば万力のように右手は絞られている。
一瞬大きく後ろに引いた右腕が、振り子のように球へと向かい戻っていく。
山崎「寿司のネタ!! マグロ!!」
力強く球筋は対角線上の台の隅へと飛ぶ。白線上で弾けたボールは鋭く宙を舞う。
そこに吸い込むように現れる、赤いラバー。
卓球王子「ヅケ!!」
空中で一旦静止したように見えた球が、オレンジのラインになり山崎の目前へと迫る。
止めるのが精一杯、勢いを殺すように山崎はラケットを止めて前へと出す。
山崎「イクラ!!」
卓球王子「玉子!!」
山崎「ウニ!!」
卓球王子「イカ!!」
山崎「タコ!!」
両者ともに一歩も引かず、球は空中を激しく舞い飛ぶ。
と、ここで卓球王子が、甘い球を中空にあげる。弧を描き大きく舞った球に狙いを定め、山崎は大きくラケットを振りかぶった。
山崎「シャコ!!」
風きり音を伴った大きな振り。その軌跡は球に伝わり、一直線を描いて飛ぶ。
卓球王子のラケットとは反対側に弾けて飛んだ球。
少し遅れて、山崎の力強い地面を踏み抜く音が辺りにこだました。
ファン「キャー、王子〜!!」
ファン「いや〜負けないで卓球王子〜!!」
五十嵐「いいよいいよ、山ちゃ〜ん!!」
浜田「山さん、ナイススマッシュ!!」
不適な笑みを顔にたたえ女の子たちに手を振る王子。向き直り山崎に目をやる。流し目気味だった目の端が、鋭さを含んでいる。
卓球王子「やるじゃないか。初めてだよ、僕から点を取った人は」
山崎「さっきの様子じゃ、初めての敗北もそう遠くないぜ。卓球王子?」
ニヤニヤと、ラケットを肩に山崎は笑う。卓球王子のファンたちからのブーイングが上がった。
とうの卓球王子は、ファンから投げられた球を受け取り、済ました顔でサービスの体勢に入る。
が、その腕はまるで大木の枝のように力強く、ゆっくりと大きく開かれていく。
卓球王子「古今東西……」
ピタリとその腕の動きが止まった、その刹那。風を斬り、ラケットが球を叩く。
卓球王子「花の名前!! ラベンダー!!」
コート手前。浅いところに球が落ちる。山崎はすくうようにラケットを下に滑り込ませると、大きい弧でそれを返す。
山崎「バラ!!」
卓球王子「ユリ!!」
防戦一方。先ほどとは違い、初手より鋭い手で攻め一辺倒の王子の球筋に、山崎は合わせることしかできない。
山崎「ハイビスカス!!」
卓球王子「スズラン!!」
山崎「え〜と…… ラフレシア!!」
卓球王子「アサガオ!!」
山崎「え〜と…… くそっ!!」
山崎は球こそ返したが、お題を言うことができなかった。が、本来ここで終了なのだが、王子は大きく振りかぶり止めとばかりのスマッシュを放つ。
山崎のほほを掠めたスマッシュは、そのまま後ろにいた浜田に当たった。
ファン「キャー、王子〜!!」
ファン「素敵よ、卓球王子〜!!」
ファン「抱いて〜、卓球王子〜!!」
五十嵐「なっちゃん、大丈夫!?」
浜田「いてて…… ど、どんまい、山さん……」
痛そうに額をさする浜田。山崎は舌打ちすると卓球王子をにらみつけた。
卓球王子「ふふふ、花の知識も、卓球の腕も今ひとつ僕に及ばなかったようだね?」
山崎「けっ、悪いか?」
卓球王子「君のような男に花は似合わないさ。君のような男にはね……」
山崎「なら俺らしいお題で次はいかせてもらうぜ……」
ラケットで口元を隠しながら笑う卓球王子。
浜田から返された球を、ラケットの上で転がすと、山崎は構える。先ほどよりも慎重にかつ力強い構え。武士のような気迫すら漂ってくる。
その、武士が微かに揺れた。
山崎「古今東西!! 麻雀の役!! タンヤオ!!!」
山崎の鋭いサービスが、卓球王子の肘もとめがけて飛ぶ。一歩引いた卓球王子は、少し苦悶の表情でそれを返す。
卓球王子「チンイツ!」
山崎「イッツー!」
卓球王子「イーペイ!」
山崎「リャンペイ!!」
両者の球筋はまるで矢の如し。ネットすれすれを鋭く、そして素早く飛んでいく。どちらも決して譲らない大激戦だ。
卓球王子「サンショクドウポン!」
山崎「トイトイ!!」
卓球王子「スーアン!」
山崎「コクシ!!」
だんだんと、本当に少しずつではあるが、山崎が押され始める。的確に相手を振り回す王子の球筋に、体力を奪われ始めたのだ。
卓球王子「チートイ!!」
山崎「小三元!! っつぅ!?」
斜めに入れたラケットに辺り、大きなロブが卓球王子のコートに舞い込む。しまったという表情で次の一手に備える山崎。
そこに、正面から挑戦するかのごとく、鋭いストレートのスマッシュが入った。
卓球王子「大三元!!!!」
山崎「うぉりゃ、ジュンチャン!!」
何とか返した、山崎にたたみかかけるように卓球王子が、もう一打と迫る。
が、そのとき。
卓球王子「…… っ、大車輪!!」
答えにつまった所為か、少しばかり球筋が緩かった。そして、そこを山崎は見逃さない。
十分にひきつけ狙い済ます、山崎。
山崎「天和ぉぉおおおお!!!!」
終りと言わんばかりに、思い切り振り切った山崎。球は風を斬る。
そして、卓球王子のラバーの先に直撃する。
際どい入射角で当たったそれは、明後日のほうへと飛んでいく。そのとき、山崎は勝ち誇った顔でラケットを振り上げた。
山崎「いよっしゃぁあああ!!!!」
吼える山崎。汗が輝くその顔は、日光に照らされてきらきらと光った。
五十嵐「やったぁ!! 山ちゃん流石だよ!!」
浜田「すごいよ山さん!!」
喜び勇んで二人は山崎に駆け寄る。
山崎はそんな二人の顔を見て、歯を出して笑って見せた。
山崎「いっただろ、俺は卓球界のタイガーウッズと呼ばれた男だって」
大島(わけわかんない喩えだお)
やいのやいのと騒がしい山崎たち。それとはよそに、卓球王子のほうも騒がしい。
ファン「キャー、王子〜!!」
ファン「負けちゃうなんてあんまりよ、卓球王子〜!!」
ファン「あなたの子供を産ませて〜、卓球王子〜!!」
大島(なんか一人とてつもなく痛いファンがいるお)
膝をつき崩れ折る卓球王子。悔しさで涙が出るということもないのだろうか、ただ信じられないといった悲壮な表情で、地面の一点を凝視していた。
山崎「良い試合だった…… これが、古今東西じゃなかったら、負けてたかも知れねえな」
卓球王子「僕は…… 僕は、何故負けたんだ?」
山崎「それは、言葉に詰まったお前が一番良く分かってるんじゃないか?」
卓球王子「ローカルルール…… くそっ…… 僕の乾杯だ」
卓球王子は何度も何度も地面に拳をぶつける。
ファン「もー。弱い王子になんて興味ないわ」
ファン「そろそろ門限だし、帰りましょう、みんな」
ファン「もっともっとちょうだい、卓球王子〜!!」
大島(いいかげん止めたほうが良いお……)
大島君、気絶しながらのツッコミご苦労様。
それはそうと、わらわらと王子の前から去っていくファンたち。ついには、王子は一人だけになってしまった。
五十嵐「なんだか、かわいそう……」
山崎「よしとけ、こういう奴には良い薬だ…… それに、放っておいてくれた方が、あいつも気が楽なはずだ」
浜田「勝負の世界は厳しいな……」
山崎たちは崩れ折る卓球王子に背を向けた。
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卓球王子「うぅ…… うぅぅ……」
夕日に向かいむせび泣く卓球王子。と、そこに一枚のハンカチが差し出された。
卓球王子「せ、先輩!! どうしてここに!?」
真っ黒に日焼けした丸刈り長身のナイスガイが、そこには立っていた。先輩と呼ばれたナイスガイは、ハンカチで卓球王子の涙をぬぐう。
先輩「大事な後輩が心配でない奴がいるかよ…… 一人卓球星から飛び出したお前のことが心配でこっそり後をつけていたのさ」
卓球王子「先輩…… そこまでに僕のことを心配してくれてたんですね……」
先輩「当たり前だろ」
卓球王子「先輩!!」
先輩に力強く抱きつく卓球王子。よしよしと、先輩は卓球王子の背中をさする。
先輩「王子、お前はまだ強くなる。俺なんかよりずっともっと強くなる」
卓球王子「本当でしょうか」
先輩「あぁ、俺が保障する。お前は紛れもない卓球の天才だ」
卓球王子が潤んだ瞳で先輩を見上げる。そして、ふと何かに気づいたように、顔を赤面させた。
卓球王子「先輩…… その…… 先輩のあそこが……」
先輩「ふふふ、かわいい後輩に見つめられたら、そりゃ元気になるさ」
卓球王子「あ!? もう…… 先輩……(はぁと」
先輩「それじゃ、汗もかいたことだし。シャワー室で汗の流し合いでもしようか」
卓球王子「ほんとうにそれだけですかぁ?」
先輩「ほんとうに、流すだけだよ?」
卓球王子「う・そ! 先輩のここは正直ですよ?」
先輩「こいつ!」
筋肉質な男たちの顔が二つ、夕日の中で赤らんだ。
ダン!! ダン!!!
音がするや否や、二人のこめかみをゴム弾が襲った。そのままくるくるとその場で回ると、しりに折り重ねるように倒れる二人。
山崎「他所でやりやがれ!!」
山崎の右手にはやたら古めかしいライフル銃が握られていた。