第十話 鬼が来たりて
「ピリリリピリリリ」
大島のPCから電話の着信音が鳴り出す。夕食の後片付けをしていた五十嵐は、不意の音に肩をすくめた。
五十嵐「なっちゃ〜ん!! 電話!電話!!」
浜田「うん、わかった〜」
夕涼みにキャンプ地から少し離れたところで寝ていた浜田は、すぐさま起き上がるとちゃぶ台へと駆ける。
浜田「もしもし、兄ちゃんだよ!!」
浜田は嬉々とした表情でヘッドホンをつけると、開口一番そういった。
が、次の瞬間浜田の顔が青ざめた。
と、同時にヘッドホンが音声出力から外れる。
高部「誰か知らんが、不肖この高部。一人たりとも兄を持ったことは無いぞ」
浜田「ギャ、ギャ、ギャァアアアアーーーーーーー!!!!」
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山崎「ついにばれたのか……」
浜田「やばいよ、僕達絶対軍規違反で銃殺刑だ……」
山崎「鬼の高部ならやりかねんな……」
五十嵐「そんなこと無いって、大丈夫だって…… 多分」
浜田「そうだよね……」
山崎「死にたくないな……」
浜田「そうだよね……」
五十嵐「ふ、二人ともぉ、元気出してよぉ!!」
げんなりとした表情で縮こまる山崎・浜田。既に生きた心地がしないというのを、顔全体を蒼白に染め上げて示している。そんな二人をかろうじて元気、というよりも現状を把握しきれていない、五十嵐が慰める。
余りの驚きに大声しか上げられなかった浜田にあきれた高部は、後でかけ直すと言付けていったん電話を切った。その為彼らは今、かかってくるであろう高部の電話と、その用件がなんであるかに怯えているのだ。
山崎「で、次は何時かけてくるんだって」
浜田「11時位だって……」
既に、パソコンの時計は11時を指している。いつ電話がかかってきてもおかしくない。
浜田「あぁ、こんな時に大島はどこ行ってんだよ……」
山崎「大体こんな夜中に、用事だ何て……」
山崎・浜田((まさか、逃げたか?))
大島「よんだかお?」
茂みを割って大島が出てきた。と、いっせいにつかみかかる山崎と浜田。
山崎「大島!! お前の所為で、今大変なことになっているというのに、どういうつもりだぁ!!」
大島「へ? なんのことだお?」
浜田「どうするんだよ大島ぁ!! 僕達もう、生きて日本に帰れないよ!!」
そのとき、パソコンから呼び出し音が鳴り響く。
大島「ん、電話だお。早く出るお、浜田」
浜田「い、いやだ…… 出たくない」
がくがくと振るえ首を振る浜田。きょとんとした顔で首をかしげると、パソコンに向かう。
山崎「まて、大島何をするつもりだ!!」
大島「何って、電話をとるに決まってるお。居留守は流石にまずいお」
山崎「ちょ、マテ!! 早まるなぁああああ!!」
必死の形相で止めようと迫る山崎。が、それよりも早く、大島が電話に出た。
大島「もしもし、大島だお」
高部「高部だ」
大島の目が見開く。途端に険しい顔になった大島は口を一文字に結んだ。
高部「その声、大島か。久しぶりだな。どうだ、輸送部隊の任務は?」
大島「あぁ、おかげさまで楽しかったお。藻前も相変わらず嫌味ったらしいところは変わってないようだお」
高部「それは良かった」
皮肉が通じていないのか、帰ってきた言葉は本当に安心しているようだ。それが癇に障るのか、大島の頭に青筋が走る。
大島「良かったお」
高部「フフフ。おっと、そうだ。今日はお前に聞きたいことがあって、電話をかけたんだ」
と、ここで山崎・浜田が身構える。自分達の探りを入れている。
山崎(もし、本軍からはぐれて、こんな山の中で毎日のんびりしてるなんて知られたら)
浜田(生かしていられるはずが無い。さらに輸送品に手をつけたから軍法会議ものだ)
大島「一体なんだお? どうせ、くだらないことだお」
山崎・浜田((そんなわけねえだろ!!))
高部「いや、その。すまんがな……」
大島「なんだお!! 早く言うお!! まさか、またOSの終了のさせ方が分かんないんじゃないだろうなお!!」
山崎・浜田((んな、失礼だろ!! いまどきそんな人居る訳無いじゃん!!))
高部「ち、ちがうぞ…… その…… あの……
パソコンの終了の仕方がわかんないだけ……」
大島「同じ事だお!!!」
山崎・浜田((えぇぇぇぇぇーーーーー!!!))
緊張が一気に吹っ飛んだ感じで、二人はのけぞった。
高部「わ、私は、機械を使うのは苦手なんだ!! 人には得意・不得意があるものだろう!」
大島「だからって毎回毎回。漏れに聞きに来て…… いい迷惑だお!!」
高部「いいからとっとと教えろ大島。どうやって終了するのだ」
大島「最近のPCは起動する時に押すボタンを押せば自動で終了するお。押してしばらく待ってるお」
高部「わ、わかった。まだ切るなよ、ちゃんと終了するまで、待っていてくれ……」
というや、ごそごそと言う音がパソコンから聞こえてくる。
高部「…… よいしょっと。 ……消えたぁ♪」
山崎・浜田((…… 何か聞こえてきたんですが))
大島はイライラと机を指で叩きながら、高部を待っている。
高部「うむ、今消えたのを確認した。ありがとう、大島。恩に着る」
大島「そう思うなら、二度とかけてくるなお。大体、どうやってここの電話番号調べたお」
高部「む、最新版のタウンページに乗っていたぞ?」
山崎・浜田((嘘だぁ!!))
二人の目が白目を向く。まさしく、信じられないといった様相とでもいおうか。
大島「…… まぁ、どうでもいいお。とりあえず、二度とかけてくるなお」
高部「そ、そんなことを言うな大島。私にはお前しか…… その……」
大島「分かったかお!! それじゃ、切るお」
高部「あ、大島!!」
と、ここで大島が電話を強引に切った。
大島「あーもう。あいつの声聞いた瞬間、どうせこんなことだろうと思ったお」
立ち上がると地面を踏み荒らし、怒りをぶつける大島。そんな大島に山崎・浜田が近づく。
山崎「あのー大島さん。高部さんにあんなふうな事言って、良かったんですか?」
大島「なんでだお? 何を遠慮する必要が在るお?」
浜田「いや、というか。何でそんなタメ口で話せるんですか。相手上官ですよ?」
大島「何でって、あいつとは仕官候補生の時同期のサクラだったお。同級生に敬語使う奴なんていないお」
山崎・浜田に電撃が走った。
山崎(ということは、今の階級は)
浜田(危険人物とみなされて、落とされたということ?)
大島「まったく。漏れだってちょっと頑張れば、あいつくらい……」
五十嵐「ねーねー。仕官候補生って何?」
五十嵐は、何も気付いていなかった。
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高部「はぁ…… これで104回目か……」
高部の右手には某夢の国の入国チケットが握られていた。
高部「いかんな…… 私は。こんな時しかチャンスは無いというのに」
憂鬱げに頬に手を付く高部。その視線の先には、仕官生の制服に身を包んだ高部と大島の姿があった。