第九話 一つ屋根の下
浜田「はぁ……」
五十嵐「……」
浜田「はぁ……」
山崎「……」
浜田「はぁ〜〜……」
簡易台所で皿を洗いながらため息を連発する浜田。誰が最初に気付いたのかは知らないが、五十嵐たち三人はそれを不安げに見つめる。
五十嵐「なっちゃんどうしたんだろ?」
山崎「浜田らしくないよな」
大島「めずらしいお、浜田がため息なんて」
そこでまた、中空を見つめてため息をつく浜田。先程から一向に食器洗いは進んでいないらしい。というか、さっきから同じ皿を何べんも何べんも繰り返し洗っているだけだ。
五十嵐「私ちょっと聞いてくる」
山崎「頼んだぞ、五十嵐」
五十嵐は立ち上がると、そっと浜田の後ろに歩み寄った。
五十嵐「な〜っちゃん?」
浜田「…… はぁ」
五十嵐「ちょっと、なっちゃん?」
浜田「え、あ。何? へ〜ちょ。何か用?」
ここでやっと浜田が五十嵐の方を振り返る。
五十嵐「どうしたの、何か少し変だよ今日のなっちゃん。心ここにあらずって感じで…… 何か悩み事でもあるの?」
五十嵐は上目遣いで心配そうに浜田を見つめる。
浜田「そ、そうかな……」
照れくさそうに頬を掻く浜田。少し照れた感じで頬を赤らめると、頬に汗を伝わせる。
五十嵐「皆心配してるよ? 遠慮しないで言ってみてよ」
浜田「え?」
浜田がちゃぶ台の方を覗き込む。急いで山崎は熱くも無い湯飲みに向かい息を吹きかけ、大島はノートパソコンを打っている振りをした。少しばかり、浜田の動きが止まる。
山崎「お、おほん…… いやー、熱いな今日のお茶は」
大島「むむむ、このネタはダウトっぽいお」
五十嵐「ちょっとみんな!!」
五十嵐が、知らん顔するなといわんばかりにこぶしを振り上げる。ずたずたと山崎の方へ向かうといきなり殴りかかった。山崎が持っていた湯飲みが転がり、ちゃぶ台の周りが水浸しになる。大島はすかさずノートPCを持ち上げ、別の場所に避難。二人の戦いに参加した。
どんどんと大きくなる砂埃。
と、ここで浜田が唐突に笑い出す。
浜田「ふふふ、はははは」
五十嵐「なっちゃん?」
大島・山崎「「浜田?」」
浜田「ごめんね皆、心配かけちゃって」
そういって、台所から布巾を持ってくるとちゃぶ台を拭く浜田。濡れた布巾を台所で絞るとちゃぶ台に戻り、居並ぶ三人の前に座った。
浜田「僕は全然大丈夫だよ。ただ、少し家族のことを思い出してナイーブになってただけなんだ」
五十嵐・大島・山崎「「「家族?」」」
浜田「うん。宇宙人と戦うために強制徴兵されてから、一度も連絡取ってないからね。ちゃんと生活できてるか心配で……」
大島「それで、あんなにため息をついてたのかお」
五十嵐「家族想いなんだね、なっちゃん……」
感心といった視線を浜田に送る三人。浜田は俯き気味に照れ隠しをすると、少し寂しげな表情をする。やはり心配という気持ちの方が勝っているのだろう。
山崎「しかしまぁ、本土の方はまだ宇宙人の攻撃受けてないから大丈夫だろ」
山崎が中指を立てて言う。確かに、現在彼らが戦っているジャングルこそ、人類の宇宙人戦線の最前線であり、日本にはまだ一体たりとも宇宙人は上陸していない。
浜田「いや、それはそうなんだけど」
山崎「なら大丈夫だろきっと。心配し過ぎだって」
五十嵐「そうだよ、お父さんもお母さんもついてるんでしょ? ちゃんとご飯食べて、元気に暮らしてるよ」
少しばかり浜田の顔に影が指す。
浜田「そ、そうだね。きっと皆元気で暮らしてるよね」
はにかむように浜田が笑う。五十嵐も山崎もそれにつられて笑い出した。
が、大島だけは何か感じ入ったように、立ち上がった。
大島「浜田、少し待つお」
浜田「大島?」
大島は非難してあったノートPCをちゃぶ台に持ってくると、何やらし始めた。何を始めるのか、不安そうに見つめる三人。
山崎「大島、また高部大佐に迷惑かけるようなことをする気じゃ……」
大島「まぁ黙って見ておくお」
大島は黙々と何やらマウスを動かしている。
しばらくした後
大島「浜田、電話番号を教えるお」
浜田「え、何でまた?」
大島「Skype使って電話をかけるお。家族とこれで話せるお」
淡々とした口調で言う大島。目つきは真剣だった。はじめてみる大島の顔に、三人唖然とする。
大島「どうしたお、話したくないのかお?」
浜田「い、いや。今言うよ」
そう言った浜田の顔は嬉々としていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
浜田「もしもし?」
浜田「うん、うん。兄ちゃん。夏雄兄ちゃんだよ!!」
目を潤ませて会話をする浜田。三人はそれを微笑ましく見守る。
浜田「元気にしてたか? 幸一は、雄太は? 弘子は今年から大学だったよな、ちゃんとやってる?」
五十嵐「なっちゃん、とっても嬉しそうだね」
山崎「そうだな……」
浜田が袖で涙を拭う。
それにしても良いところあるじゃないかと、五十嵐・山崎は大島を見直す。じっと、視線を注がれると、気恥ずかしくなったのか流石の大島も顔をちゃぶ台にうずめた。
大島「なんだお、別に漏れがこんなことしたっていいお」
五十嵐「ちょっと見直しちゃったよ、島ちゃん」
山崎「そうだな、俺も少し見直したよ」
大島「なれないことはするもんじゃないお」
顔を真っ赤にして伏せる大島。二人は微笑んだ。
山崎「それにしても、今回もやっぱり高部大佐の……」
大島「山崎。野暮なことは詮索しないお」
五十嵐「そうだよ、なっちゃんはまじめに頑張ってるんだから、これくらいのご褒美はOKだよ」
山崎「そうだな…… そうしておくよ」
山崎は幸せそうに笑う浜田を見てそうつぶやいた。
浜田「そうか。うん。兄ちゃんが居なくても、ちゃんとご飯食べてるんだな。うん。今度帰ったら、食べさせてもらうよ」
大島「浜田、今出てる画面上の番号に電話すれば、いつでも会話できるお、弟さんたちに番号を伝えておくお」
浜田がぐっと親指を立てる。五十嵐と山崎は、再び大島を見てはやし立てた。
浜田「え、あ、うん。 へ〜ちょ、ちょっといいかな?」
五十嵐「え、あたし?」
急に呼ばれた五十嵐がきょとんとした顔で答える。
浜田「妹が、お世話になってる隊長さんにお礼を言いたいって」
五十嵐「え〜。お世話になってるだなんて、そんな。照れるな〜」
えへへと赤ら顔で頭をなでる五十嵐。
山崎「どっちかって言うと、お世話されてるよなへ〜ちょは」
大島「まったくだお」
無論、鋭いツッコミが入った。五十嵐はむっとして二人を睨みつける。
浜田「ほら、へーちょ。早くして?」
五十嵐「あ、うん」
五十嵐は浜田から渡されたヘッドホンマイクを、装着した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
五十嵐「どうもかわりました、なっちゃんの上官の五十嵐兵長です」
浜田妹「え、こんにちは。いつもお兄ちゃんがお世話になってます。え〜と、五十嵐さんは女性の方なんですか?」
五十嵐「そうですよ〜。ちょっとびっくりしました?」
浜田妹「ええ。隊長って言うから、おじさんみたいな人なのかと思ってました」
五十嵐「あははは、そんなこと無いですよ〜。世の中実力主義ですから」
山崎「本隊からはぐれた中で、たまたま一番階級が上だっただけだろ」
五十嵐「山ちゃんうるさい!!」
五十嵐はそこら辺にあった石ころを山崎に向かって投げつけた。
浜田妹「あの、お兄ちゃん元気にしてますか? 身勝手な話かもしれませんが、お兄ちゃんあんまり体丈夫じゃないので、無茶させないでくださいね」
五十嵐「うんうん。まかせて。私が誓ってなっちゃんを、無事本国までつれて帰ってあげるよ」
浜田妹「お、お願いしますね。五十嵐さん」
五十嵐「どーんと大船に乗った気でいてね!」
浜田妹「…… よかった、やさしそうな隊長さんで。
私達兄弟、小さいころにお父さんとお母さんを事故で亡くして、それ以来お兄ちゃんが私達の親代わりだったんです」
五十嵐の笑顔が一瞬止まった。
五十嵐「……」
浜田妹「それで、お兄ちゃんが強制徴収されちゃってとっても不安だったんです。それにとっても悲しかった。もし、お兄ちゃんが死んじゃったらどうしようって。私たちのことに一生懸命で、まだ自分の幸せも何も手に入れてないのにって。
けど、隊長さんが優しい方で安心しました」
五十嵐「え…… うん」
浜田妹「隊長さんお願いします、お兄ちゃんをどうか死なせないでくださいね?」
五十嵐「わかったわ、約束する」
浜田妹「よかった……」
五十嵐「じゃあ、なっちゃんに変わるね?」
浜田妹「いえ、弟達の食事の準備もありますので、今日はこの辺で」
五十嵐「そ、そうですか……」
浜田妹「それじゃあ、今日は本当にありがとうございました」
五十嵐「う、うん…… バイバイ」
浜田妹「さようなら、五十嵐さん。お兄ちゃんをよろしくお願いします」
電話が切れた時の電子音がヘッドホンに流れる。五十嵐はゆっくりと耳にかかっているヘッドホンをはずし、ちゃぶ台の上に置いた。
浜田「あれ、切っちゃったの?」
五十嵐「え…… う、うん。ご飯の準備があるから、今日はこのへんでって……」
浜田「そっか。まぁ、電話番号も言ったし、またいつでも話できるしね」
浜田はにっこりと微笑む。五十嵐も、釣られたように声を出して笑い始めた。
いつしか、ちゃぶ台は四人の笑いで囲まれていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
五十嵐「なっちゃん……」
既に寝入ってしまった浜田の方を五十嵐は向く。隣で寝ている浜田の寝顔はいつもより幾分か幸せそうだった。
五十嵐「…… 私だけじゃないんだね……」
そういうと、自分の上にかかっているタオルケットに顔をうずめた五十嵐。少しして、そのタオルケットの一部が濃くなった。
五十嵐「お父さん、お母さん……」
涙声で五十嵐は言った。