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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

掌編作品集

君想う時、その恋慕はローストチキンのように

作者: 空ノ

ホラーです。お気をつけを――

 私は今夜も彼のために腕を振るう。


 買ってきた『鶏の形そのまま』の丸チキンを見て表情が和らいだ。ほのかに蝋燭の火が揺れるテーブルに向かい合い、淡く照ったローストチキンを二人で堪能する。そんな甘いクリスマスイヴを夢見ていた。


 頭は十五分前に切り落とした。いくら料理好きの私でも、丸ごとさばくのは初めて。勇気を振り絞るのにちょっと時間がかかっちゃった。次に、モモ肉を切り出す。意外と楽に切れる。さすがに肉付きがいい。美味しそうだ。滲んでくる濃厚な血液が生々しい。

 ふとリビングにいる彼が気になった。いったん手を止めて、リビング中央に位置する円卓を覗き込む。いる。瞬きもせずにボーっとしている。昨日はよっぽど疲れたのかな。帰ってきたの、深夜三時だったもんね。私も待ちくたびれちゃった。二十年もの間、誰一人として見てくれなかった私の長所。彼は心と料理の腕を見てくれた。本当に嬉しかった。だからこうやって同棲して、もう半年が経つ。早いね、優ちゃん――



 ◆



 小学校時代。

「おい、ゾンビが来るぞ! みんな逃げろぉ!」

 教室に入るたび、男子たちからそんな罵声を浴びる。抱き続けていた怒りと悲しみは次第に憎悪へと変わり、ある日の体育の授業、私は一人教室に残り彼らのランドセルを焼却炉へ放り込んだ。

 中学校時代。

「ねー聞いてよ。修学旅行、サダコと一緒とか最悪なんだけど。すぐ睨んでくるしさ」

 そんなこと言われても、この目は生まれつきだ。相変わらずいじめられっ娘な私。ただ苦しいだけの毎日の中で修学旅行は最大の難関だった。そんな地獄イベントなんて、もちろんスルーだ。

 高校時代。

「俺さ、君のこと好きだから、付き合ってほしいんだけど」

 嬉しすぎてその場に泣き崩れた。何の取り柄もない私のどこがいいの? 返ってきた答えはこうだ。

「や、やっぱ無理。お、おい! もういいだろ!?」

 え? 混乱する私の耳に入ってきたのは、男女たちの悪魔のような笑い声。私に告白するっていう罰ゲームらしい。人間が嫌いになった。

 社会人一年目。

「こんな単純作業でどうしてミスをするんだ? 紙作って押印して封筒に入れる。それだけだろう。個人情報の流出は大問題になるんだぞ!」

 私じゃない。几帳面さは人並み以上だと思っているし、どんな単純作業でも集中して頑張る。ミスったことなんて一度もない。

「あら、またやらかしたの? 勘弁してほしいわね。上司である私の立場も考えてほしいわ」

 この女、自分のミスをなすりつけておいて何をほざく。勘弁してほしいのは私の方だ。

 この世に別れを告げようと思ったことは何度もあった。屋上の端っこに立ってみたり。部屋の天井から輪っかの付いたロープをつり下げてみたり。ひと瓶の睡眠薬を全部一気に口に入れようとしたり。けれど、そのたびに私を引き止める『存在』がいた。人かどうかもわからないその『存在』に、私は希望の灯を感じた。

 そして運命の出会いは突然に訪れる――



 ◇



「ふう」

 汗をぬぐう。冬の寒さも奥深くなってきた十二月二十五日、決して暑いわけじゃない。実は力作業だったらしい。丸ごとさばくのは思っていたよりずっと大変だ。モモ肉の切り落としが終わり、今度は胸の辺りに移行する。これまたスルスルと切れる。肉って案外軟らかいよね。中から出てきた部位を取り出して、別々の皿に移していく。そしてラップをかけて冷凍庫へ。そうそう、この冷蔵庫も一緒に買ったんだった。ね、優ちゃん――



 ◆



 社会人二年目。

「今日の料理、本当に美味しかったよ。あのソース、オリジナルだよね。良かったら今度作り方を教えてほしいな」

 泊りがけとなったその日の仕事。私が作らされた料理を口にした彼は、深みのある澄んだ声を私に向けて発してきた。けれど私は極度の人間嫌い。仕事なんて生きるために黙々とこなしてきただけだ。別に仲良くもない。無視した。

「僕、独り暮らしなんだけど、調理器具の種類ならきっと負けてないよ」

 家に誘っているの? 騙されるのはもうゴメンなんだけど。そんな考えとは裏腹に、私は「簡単だよ」と、即答していた。

 一週間も経たないうちに、私は彼の家にお呼ばれした。

「ようこそ、我がキッチンへ」

 彼は白く輝く歯を見せて、満面の笑みで迎えてくれた。確かにすごかった。ボールだけでも十種類以上あったし、引き出しを引くと大きさの違うフォークとスプーンがずらりと並んでいる。几帳面。私以上かも。なんとなく気が合いそうだけど、期待させておいて落とすっていう恒例のパターンかも。その警戒心から私は無言を貫く。家から持ってきた材料で、彼お望みのオリジナルソースを淡々と作り始めた。

「ふわぁ……手際いいね。すごいや」

 私はいつも通り体を動かしているだけだったけれど、彼には宇宙人的に見えたらしい。

「見てたから作り方分かったでしょ。それじゃ」

 そう言い放ち玄関に向かう私は、突然腕を掴まれる。ビックリして、つい彼を睨んでしまった。しかし彼は表情を変えず「やっぱりね。心の奇麗さって目に出るんだよ。知ってた?」そう言って、私をリビングまで引っ張っていく――



 ◇



「よし、こんなもんかな」

 キッチンにところせましと並んだ、様々な部位の肉たち。何日もかけてゆっくりと食べつくしていく。想像しただけで、口内に唾液が溢れてきた。今日食べるのはやっぱりモモ肉。最初に感じたひらめきに素直に従うことにしたってわけだ。モモ肉は照り焼きが美味しい。王道だけど二人とも大好物なんだ。ね、優ちゃん――



 ◆



 あれから一ヶ月、毎週彼とどこかへ出かけた。それがデートだったと理解したのは、彼が告白してくれたあの日。私が彼のキッチンでいつものように料理を作っているその後ろで、

「僕はルックスなんて気にしない。心を見た方が、幸せになれる可能性はずっと高いんだ」

 彼はそう言ってくれた。デートのたびに散々言ってきた、「私、容姿最悪だから、あんまり外へ出たくない」そんな言葉にも、彼は動じずにこう答える。

「じゃあ、僕の家で料理教室を開いてよ。ただし、生徒は僕だけ。ね?」

 幼いころからずっと感じてきたあの『存在』。それは彼自身だったと確信した。運命。悪い意味でしか使うことのなかったその言葉は、身を翻し、あっという間に私を幸せの絶頂へと迎え入れる言葉になり変わった。彼と共に生きたそれからの四ヶ月間、私は本当に幸せでした――



 ◇



「とろけそう……」

 フライパンの上で香ばしい香りを放ちながらモモ肉が歌っている。皮はパリパリ、中身はジューシー。残る作業はあとひとつ。リビングを覗いてみる。まだボーっとしている。急がなきゃ。待っててね、優ちゃん――



 ◆



 交際を始めて五ヶ月、彼が別部署へ異動して一ヶ月。態度が急におかしくなる。彼の仕事が終わるのを待って、二人一緒に帰っていた毎日。なぜか、待っている間にメールが送られてくるようになった。

『今日も遅くなりそうだから、先に帰ってて』

 そればかり。毎日毎日。私は彼の言う通り先に帰宅する。毎日違う料理を作って彼を待つ。しかし彼が部屋の扉を開ける時刻は、どんどん遅くなっていった。

 ある日の仕事帰り。オフィスに忘れた私物を取りに戻った時だった。ビルから出てくる彼らを視界にとらえる。

「誰よ、その女」

 声が出ていた。心臓が張り裂けそうなくらいに脈打つ。その場を立ち去ることしかできなかった。浮気。そんな言葉が頭に浮かぶ。それでも……それでも私は彼を信じていた。彼が私を捨てるわけがない。

 ――僕が惹かれたのはルックスじゃない。必死に生きようとする君の、その心だよ。

 そう言ってくれた彼の言葉は絶対に嘘なんかじゃない――



 ◇



「優ちゃんの大好きなソース。全力で作ったよ」

 お揃いのお皿に、お揃いのナイフとフォーク。ご飯も飲み物も野菜もいらない。モモ肉の照り焼きが主食であり主菜であり、副菜なのだ。そして、彼と私を繋げてくれたオリジナルソースをモモ肉の照り焼きに垂らす。ついに完成。今そっちに持って行くよ、優ちゃん――



 ◆



 一週間前、彼は私に向かって「別れよう」とだけ言った。私は驚かない。あの女との関係はすべて把握していたから。私がファーストキスを交わした公園で、あの女ともキスを交わしていたことも。しかも二十一秒間。私より九秒も長い。あの女と会って帰宅する彼は、決まって不要なものまで携えてきた。柑橘系の香水の匂い。いつの間にか私は、蜜柑を見ただけで鳥肌が立つようになった。

「クリスマスイヴまで待って」

 本心だった。最愛の人とクリスマスイヴを過ごしたい。そんな想いを彼は快く了承してくれた。恋の終わりを許してくれたことに安堵したのだと思う――



 ◇



「はい、優ちゃん。あーん」

 テーブルの上に置かれた二つのお皿とモモ肉の照り焼き。自分のお皿からモモ肉をひとかけらだけフォークに刺し、左手を添えながら彼の口元に持っていく。けれど彼が口を開かないものだから、自慢のソースが唇に付いてしまった。もう、子供みたいなことしないでよ、優ちゃん――



 ◆



 昨日のクリスマスイヴ。彼の手によって玄関のドアが開かれたのは深夜三時だった。

「ごめん」

 彼は一言だけ告げると着替えもせず、そのまま寝室へ消えていった。追って寝室を訪れた私の鼻をつく、あの匂い。柑橘系。吐き気に耐えられず、トイレへ駆け込む。そこでようやく、私の心は固まった。

 そう、ようやく――



 ◇



「舐めてあげるね、優ちゃん」

 身を乗り出して、ソースの付いた彼の唇に自分の唇を重ねる。ちょっと遠い。もっとこっちに来て、優ちゃん――


 彼の両耳の下あたりに手を添えて、スッと持ち上げる。首から下は冷蔵庫とお皿の上、そしてお腹の中に少々。


「他の女になんか渡さないよ。優ちゃんはずぅっと私と一緒。お肉は全部私が食べてあげるからね」

この作品、構想から執筆完了までほんの二時間でした。

今考えるとホント、感性だけで書いたんだなぁと驚きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 落ち着いた狂気が好みでした。 短い間隔の場面転換も混乱せずに読めました。 [一言] どうも、こんばんは。汁茶です。 またかよ……と私事で恐縮ですが、食人の話を読むのは先週と今週で六作目。…
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