第九十三話「カロリーナ・ヘールストレーム」
「お姉ちゃん?」
男の子の言葉に二人は戸惑う。
カロリーナはリカルドと同年代で、どう計算してもお姉ちゃんと呼ばれる様な歳ではないはずだ。
どうしてもお姉ちゃんと呼ばれていることに違和感を覚えてしまう。
「違うの?」
「…………君が言っているのは、カロリーナで合っているんだよね?」
「うん!!」
改めて確認してみるが、男の子は笑顔で頷いた。そして街の外に向けて走り出した。
「早くー!! こっちだよ!!」
このまま男の子だけで街の外を歩かせるのは危険だ。二人は慌てて男の子を追い掛けた。
男の子に導かれるまま、二人は森の中を歩いていた。街の近くの森で、凶暴な魔物は生息していないが、地元の人間は近づかない。
男の子に尋ねてみたが、いつも遊び回っていて、危険はないと言う。それでも危険だと諭しながら、二人は案内を頼んだ。
そんな森を男の子は迷うことなく進んでいく。まるでいつも遊びに行く道を進んでいるようだ。
「いつも遊びに行っているの?」
「うん、カロリーナお姉ちゃんが面白い話いーっぱいしてくれるの!!」
スキップしながら進んでいく男の子に幾つか質問する。話の内容を纏めると、男の子はカロリーナに助けられ、それ以来親しくしているようだ。
「前にね、カロリーナお姉ちゃんが僕の病気を治してくれたの」
医者ですらさじを投げ、治る見込みが無いと言われていた。息子がそんな病気に掛かってしまい、両親は絶望に嘆いた。
そんな時に現れたのが、カロリーナだった。幾つかの薬と紋章術を使用し、男の子の病気を直ぐに治療した。
多額の報酬を要求されたが、その辺りの事情を知らない男の子はカロリーナに感謝した。
それから男の子は暇を見つけてはカロリーナに会いに行っている。
「あそこだよ!!」
しばらく進むと、開けた場所に建っている一軒の家が見えた。木造の建物で、人が一人で住むには十分すぎるほどの大きさだ。
「おねえちゃーん!!」
男の子は大きな声でカロリーナを呼びながら走り寄っていく。
ガチャ。
その声が聞こえたのか、玄関の扉が開いた。そして、そこから若い女性が現れた。
肩ほどまでの黒い髪。Tシャツにジーンズ。女性なら誰もが羨むほどのスタイル。肌はつやつやで、老人には全く見えない。
何より気になったのは、力強い眼だ。まるで全てを見通しているようでもあり、若者ののような迷いない意思が込められているようでもある。
「…………来たようだね」
まるで来るのが分かっていた様に、カロリーナは小さく呟いた。
「まあ、飲みな」
家の中に案内され、居間へと通された。今には中央にテーブルとイス、壁際の棚には様々な書籍や薬が並べられている。
カロリーナが薬に詳しいということを知っていることもあり、さほど驚く様な要素はなかった。
『…………』
それでも部屋の中を見渡してしまう。そんな二人に苦笑しながら、カロリーナは二人の正面に座った。
ちなみに、ここまで案内してくれた男の子はカロリーナにお守りを貰い、街へと帰っていった。
お守りは魔物から男の子を護ってくれるもので、安心して送り出すことが出来た。
「…………貴方がカロリーナ・ヘールストレームなんですか?」
「ああ、そうだよ。何が疑問なんだい?」
「年齢が合わない」
カロリーナはリカルドの元仲間で、年代からいって初老の年齢のはずだ。以前読んだ本の奥付けの年と書かれた当時の年齢を考えると明らかにおかしい。
しかし、目の前の女性はどう見積もっても20代前半にしか見えない。ミズハ達が探している人物とは思えないのだ。
ブレアの言葉に苦笑しながら、カロリーナは真相を話し始めた。
「確かに、私の年齢は老人といっても過言ではない年齢だよ」
「しかし…………」
「まあ、最後まで聞きな」
そう言って、何処からともなく一冊の本を取り出し、それを二人に向けて差し出した。
そこには「時の紋章」という単語が記されていた。
『!?』
「こいつは私の戦友が残した研究成果。理論を開発したはいいが、結局あいつは完成まで至らなかった。そこでこれを引き継いだ私が完成させ、時の紋章を肉体に発動させたのさ」
「凄い…………」
紋章を完成させたカロリーナにブレアは尊敬の目を向けた。
カロリーナが差し出した本には、確かに「時の紋章」に関する記載があった。
しかし、それは完成した理論ではなかった。幾つもの問題点があり、リカルドが持っていた完成した紋章とは程遠かった。
そんな未完成な紋章を完成させ、更には自分で実践しているのだ。天才といっても過言ではない。
「さて、要件を聞こうか」
肩肘をつき、不敵な笑みで二人を見つめるカロリーナ。そこには実力のある者だけが発することの出来る何かが感じられた。
その何かに圧倒されそうになるが、それでも強い意志を持ってミズハとブレアはカロリーナに向き合った。
「スレッドを、仲間を助けてほしいんだ」
「なるほど。『竜の血』、ね…………」
話を聞き終えたカロリーナは、難しい顔をしていた。先ほどまでの余裕は無くなっており、二人の話しを思い出しながら何かを考えているようだ。
「報酬はどんなに高くても、必ず支払う。だから頼む!! 仲間を助けてくれ!!」
「お願いします」
ミズハとブレアはカロリーナに深々と頭を下げる。
たとえどれだけ掛かっても、スレッドを助けたい。どれだけの犠牲を払ってでも、スレッドを元に戻したい。その思いが二人を動かしていた。
「…………確かに私なら治せるだろうね」
「本当か!?」
一筋の希望が見えた。カロリーナは自分ならスレッドを治療することが出来ると言う。これでスレッドを助けることが出来るのだ。
二人は笑顔で喜びを表わした。
「言っておくが……そんなに簡単なものじゃないんだよ?」
しかし、喜ぶにはまだ早かった。カロリーナは少し意地悪そうな笑みを浮かべながら、二人を見つめる。
そんな表情に二人は一抹の不安を覚えた。
「さて、何処から説明しようかね」
今週末は母校の大学の学祭に行きますので、土、日に執筆は出来ません。
ですので、次の更新は少し遅れるかもしれません。