第九十一話「占い師」
リカルドから紹介状と地図を受け取ったミズハとブレアは、紹介された占い師の元にやってきた。
やってきた場所は裏通りに面する場所で、人通りはほとんどない。いるとしても浮浪者が乞食をしているぐらいだ。
そんな寂しい場所にポツンと占い小屋があった。看板は無く、目印になる様な物もない。教えてもらわなければ通り過ぎてしまうだろう。
実際ミズハとブレアも一度は通り過ぎていて、やっと探し当てたところだ。
「やっと見付かったな」
「分かりにくい」
あまりの分かりにくさにブレアは少々苛立っていた。
この通りまではすぐに来ることが出来た。しかし、小屋は見付からない。更に歩いていると男達がナンパ目的で声を掛けてくる。どれだけ攻撃を我慢したことか。
気を取り直して、小屋の中に入っていく。小屋に入ると、中は薄暗かった。壁には黒い布が掛けられ、明かりは小屋の中央にあるテーブルに置かれた蝋燭だけだ。
「…………いらっしゃい」
テーブルには水晶が置かれ、その奥にフードを深々と被った人物が座っている。聞こえてきた声から女性と分かる。
どうやら彼女が占い師の様だ。
『…………』
あまりにも定番過ぎる雰囲気に、二人は言葉もなく勧められた椅子に座った。
「さて、何を占えばよろしいですか?」
二人が話しださないのを見て、占い師が声を掛ける。
「ある人物が何処にいるのか占って欲しいんです」
「その人物の名前は?」
「カロリーナ・ヘールストレーム」
「…………」
カロリーナの名前を聞いて、占い師の身体が微かにだが反応した。一瞬身体が震えたが、二人には気付かれなかった。それほどに微かなものだった。
占い師は占う前に幾つかの質問をしてきた。
「なぜ、その人物を探したいのですか?」
「…………理由を言わなければなりませんか?」
「別に構いませんが、理由を知ると知らないとでは占いの結果が変わってきます。出来れば教えていただいた方が、占いの結果も良い方向に変化していきます」
「…………」
占い師は優しく提案する。
占いにとって情報は重要なファクターの一つだ。占い師の実力も重要だが、情報があるとないとでは当たる可能性も違ってくる。
人探しにおいて、その人物を探す理由は占う上で重要だ。
どうするべきか迷っていたが、カロリーナを見つけるためには迷っていられない。二人はカロリーナを探す理由を話し始めた。
「……仲間を助けたいんだ」
ミズハの口からカロリーナを探し出す理由を語り出した。
仲間であるスレッドがリディア共和国の武術大会で魔族に襲われたこと。その際にスレッドが「竜の血」を飲んだこと。それにより命の危機に陥り、スレッドを治すためにカロリーナを探していること。
本来なら全てを話す必要はなかったかもしれない。
それでも二人は全てを話すことに決めた。スレッドを助けるために嘘をつくつもりはない。
「…………」
ミズハの話を占い師は静かに聞き入っていた。フードを被っているので表情は見えないが、真剣に聞いていることが雰囲気から分かる。
「……分かりました。では、占ってみましょう」
話を聞き終え、占い師は占いを開始した。両手を水晶にかざし、水晶に紋章が浮かび上がる。紋章は次々と形を変え、マナが水晶の中で動き回っている。
「…………」
ブレアは水晶の紋章に見入っていた。占いに紋章術を使用するのは珍しい。どのように占うのか興味があった。
しばらくすると、水晶の中の紋章が定まった。水晶は輝きを増し、占い師はゆっくりと手を戻し、頷いた。
「…………結果が出ました」
『…………』
ミズハとブレアは緊張した面持ちで占い師の言葉を待った。
「正確な位置は分かりませんでしたが、おおよその場所は占えました。場所は南ハイロウ。森が見えます」
「南ハイロウ…………」
「ちょっと厄介…………」
南ハイロウという単語を聞き、二人は顔をしかめた。
ハイロウとは国の名前で、現在は二つに分かれているが、元々一つの国だった。リディア共和国の東に位置し、リディア共和国の東側を覆う様な形をしている。平和でのどかな国だったが、ある時突然二つの宗教が国に蔓延した。二つの宗教はお互いの価値観から衝突し、最終的には内戦へと突入した。
その後国は北と南に分かれ、国境はお互いの軍隊が見張っている。
現在は停戦状態だが、ちょっとした衝撃で破裂しそうな風船の様に緊張状態が続いている。
戦争をしていないとはいえ、あまり治安の良い国ではない。ギルドの規模も小さく、女性二人で行くのはお勧めできない。
それでも、スレッドを治療する可能性があるなら行くしかない。
「ありがとう。お代は?」
「結構ですよ。リカルド様から既に頂いております」
「……そうか。お礼を言わないとな」
リカルドに占い師を紹介してもらい、更には支払いも済ませてある。ここまで支援してもらっては申し訳ない。お礼を言うだけでは足りない。
だが、今は少しでも時間が惜しい。直ぐにハイロウに向かおうと小屋を出ようとした。
「少々お待ちください」
占い小屋を後にしようとした二人に、占い師が声を掛ける。振り返ると、占い師のフードの奥に輝く瞳が見えた。その瞳を見た瞬間、二人は動けなくなった。
「よろしければ、貴女方の未来を占って差し上げましょう」
「いや、急いでいるので――――」
「まあまあ、すぐに済みますから」
そう言って、二人を椅子に座らせる。
占い師は再び水晶に手をかざす。今回は質問を一切しなかった。そのことを問いかけようと思ったが、早く終わるならいいかと二人は黙って占いを受けた。
「…………どうやら、二人の先には困難な道が見えますね」
その言葉に二人は動揺しない。占いで良い結果が出なければ、誰でも気分が悪くなるだろう。人によっては激しく落ち込むこともあるだろう。
しかし、二人にはそういう反応が見えなかった。
「困難な道に挫折し、失敗してしまう。もしくは強大な敵に殺されてしまう。どちらにしろ、お二人の先に未来の希望が見えません」
あまりにも失礼な結果を占い師は淡々と語っていく。普通の客なら怒って出ていってしまうだろう。
それでも、二人は表情を変えない。そして、結果を聞き終わった二人は、そのまま後ろを向いて入口に向かう。
占い師は二人が結果に落ち込んで出ていくつもりだと考えていた。フードの奥では少しの落胆が見えた。
だが、それは占い師の勘違いだった。
入口の前で振り返ると、二人は自信満々の顔で思いを語った。
「確かに結果は悪いけど…………どんな困難が来ようと仲間と一緒に打ち破って見せるさ」
「どんな強敵が来ようと、決して諦めない」
ミズハとブレアは言うだけ言って、小屋を後にした。
占い師は二人の言葉を聞いて呆然としていたが、唐突に笑いだした。
「あっはっは!! 言うじゃないか……………………面白い子たちじゃないか、リカルド」
その後も占い師は楽しげに笑い続けた。二人の答えに占い師は満足そうだった。