第八十九話「キングゴブリン」
更新再開は前の話数ですので、読んでない方はこの前から読んでください。
「ふう…………」
「…………」
キングゴブリンを前にしたミズハは軽く息を吐き、身体の緊張をほぐす。身体が固まったままでは全力を出しきれない。
だが、こんな状況で準備運動など出来ない。息を整えることで身体に酸素を取り込み、余計な力を抜いていく。
ブレアはキングゴブリンの動きをその眼で観察していた。キングゴブリンの周りには大量のマナが漂い、キングゴブリンの魔力と反応して、それを力に変えている。
どこかに攻め入る隙はないかと探してみるが、これといったところが無い。
そんな二人に向けて、キングゴブリンは右手に持っている棍棒を振り下ろした。二人は咄嗟に後方へと回避し、棍棒は地面に巨大な穴を作り出した。
「シネ!!」
部下を殺されたキングゴブリンは、怒りを露わにして攻撃を繰り返す。その動きはそれほど早くない。紋章術師であるブレアでも回避することが出来る。
しかし、攻撃力は無視できないほどの威力だ。一撃入れば、それだけで致命傷だろう。
「はあぁぁ!!」
ミズハは素早くキングゴブリンの背後に回り込み、刀を振り下ろす。その隙にブレアは「魔女の眼」を封印し、紋章を展開する。
今回、二人は自分達の能力を出来るだけ使用しない様に決めていた。その理由は、自分達を成長させるためである。
確かに「血の紅」も「魔女の眼」も強力だ。その力を使えばキングゴブリンもそれほど苦戦することなく倒せるだろう。
だが、力に頼っていてはいつまで経っても成長出来ない。自身を高めなければ、この先スレッドの横には立てない。
「アイスブレッド」
氷の塊がキングゴブリンに向かって飛んでいく。氷はキングゴブリンの身体に直撃したが、殆どダメージを与えられない。
ブレアの顔に変化はない。この程度の攻撃ではダメージを与えられないのは分かっている。この攻撃は牽制でしかない。
前後からの攻撃で片方に集中できないキングゴブリンに対し、ミズハは背中に攻撃を繰り返す。その間にキングゴブリンからの攻撃が行なわれるが、その攻撃を紙一重で回避し、刀を振り下ろす。
「ムダダ!! ヒリキナニンゲンノコウゲキナド、キカンワ!!」
ミズハの攻撃もキングゴブリンに効果はない。多少の斬り傷をつけることは出来るが、致命傷は与えられない。
ミズハはちらっとブレアの方に視線を向ける。そこには紋章を完成させたブレアの姿があった。
タイミングを計り、攻撃を回避しながら後方へと飛んだ。
「…………エンドオブファイア」
先ほどゴブリン達を焼き殺した炎の数倍はあると思われる炎が形成される。巨大な球だった炎はその姿を変えていく。
炎は巨大な蛇の形となり、素早くキングゴブリンに捲きついていく。
ジュー!!
「ギャアアアーー!!」
凄まじい力で巻きつかれ、灼熱の炎がキングゴブリンの皮膚を焼いていく。肉の焼ける臭いが漂い、二人は一瞬顔をしかめた。
だが、そこで立ち止まるわけにはいかない。すぐさまミズハが動き出す。
刀を振り上げ、キングゴブリンの頭部に向けて振り下ろした。
そこで、信じられないことが起こった。
パキィィン!!
「ッ!?」
刀がキングゴブリンの頭に直撃した瞬間、ミズハの手にあった刀が折れてしまった。折れた刃は地面に刺さり、ミズハは刀を見つめて呆然としている。
「ウオオォォ!!」
炎の蛇に巻かれながらも、キングゴブリンは唸り声を上げながら抵抗する。炎の蛇はその形を維持しているが、このままでは抜け出してしまうだろう。
呆然としていたミズハだが、状況に気付いて動き出す。キングゴブリンの頭部に向けて折れた刀で突きを繰り出す。全力の攻撃はキングゴブリンの片目に突き刺さり、ミズハは更に刀を差しこもうとした。
「――――!!」
獣の叫び声を上げながら、キングゴブリンは頭を左右に振った。遠心力でミズハは吹き飛ばされた。刀はキングゴブリンに刺さったままだ。
「オノレ、ワルアガキヲ!!」
ミズハは吹き飛ばされる瞬間、刀に刻まれた重力の紋章を発動させる。キングゴブリンは地面に引っ張られる様な凄まじい重力によって動きが鈍くなる。
「ブレア、刀を狙ってくれ!!」
「でも、あの刀は…………」
完全に刺さったわけではないが、ミズハの刀はキングゴブリンに繋がっている。そこを攻撃すればダメージを与えられるだろう。
既にミズハの刀は使用できない状態だ。刃は折れ、修理することは難しいだろう。それでも戸惑ってしまうには理由がある。
ブレアはミズハから刀を受け取った経緯を聞いていた。その話を聞いて、ミズハの刀がどれだけ大事なものであるのかも知っている。
それを破壊する様なことはブレアには出来ない。
「…………いいんだ。やってくれ!!」
「…………分かった」
ミズハの決意は固かった。少しの悲しみはあるものの、それでもブレアが説得できるようなものではなかった。
ブレアは頷き、刀に向けて紋章を展開した。
炎の蛇を操っているブレアにとって、次の紋章術を発動させることで同時発動になる。二つを同時に発動させることは宮廷紋章術師でも難しい。
ブレアであっても同時発動は難しい。その証拠にブレアの額には汗がにじんでいる。「魔女の眼」を使えば簡単に展開できるが、今は封印している。
それでもブレアは紋章を展開していく。
「…………サンダースピア」
紋章から雷の槍が刀に向かって飛んでいく。強力な雷は刀に直撃し、キングゴブリンの全身を雷が襲う。雷は刀を通してキングゴブリンの内部まで破壊していく。
断末魔を上げるキングゴブリンは、炎と雷によって地面に倒れ伏した。
「…………今までありがとう」
キングゴブリンの頭部から刺さっていた刀を抜きとり、刀に向かって礼を言う。
本当なら刀を攻撃したくなかった。だが、あの状況では仕方がなかった。
他にも方法はあったかもしれない。このような方法を取らなくても、キングゴブリンを倒すことはできたかもしれない。
しかし、全ては後の祭りだ。あの時ミズハ自身が決意した。それを後悔するつもりはない。
それでも、愛刀を失った悲しみは胸の内にあった。
「…………」
そんなミズハの姿を見て、ブレアも何とも云い切れない気持ちになった。
その後、二人は気を持ち直し、ゴブリンの生き残りがいないかと調査した。
巣の中も調査する。中には食料や財宝が置かれていたが、ブレアの紋章術によって中のものはぐちゃぐちゃになっていた。おそらく生き残っているゴブリンはいないだろうが、それでも一応探さないといけない。
「…………ブレア」
「…………しょうがない」
少々冷ややかな目でブレアを見つめると、ブレアは顔をそむけながら作業を進めていった。
ミズハも同意したこととはいえ、これはさすがにやり過ぎだ。
そして、生き残りはいないことが確認できた二人は、村へと帰還した。
二人が無事に戻ると、村人たちはゴブリンが討伐されたことを知り、大いに喜んだ。
帰還した二人は村長の家に案内され、村長は二人に対して深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。これで平和に暮らすことが出来ます」
土下座までしそうな村長に二人は慌てる。自分達はクエストを誠実にこなしただけで、そこまでお礼を言われることをしていない。
そこまでする必要はないと、二人は慌てて頭を上げさせる。
どうにか普通の会話が出来るまでになったところで、村長は袋に詰めた報奨金を持ってきた。
「どうぞお納めください」
「ああ」
差し出されたお金を受け取る。
そのお金は村長が村人の少ない収入からかき集めたお金だ。それを出すことで、村人たちの生活は苦しくなるだろう。
それでも二人は冒険者として受け取らないわけにはいかない。
仮に善意で受け取らない場合、彼らはこれから冒険者に依頼する際にお金が必要ではないと勘違いしてしまう。そうなると困るのは他の冒険者だ。
正当な報酬を受け取るのも、冒険者の正しい姿だ。
こうして、ゴブリン討伐のクエストは大成功で終了した。
どうだったでしょうか?
本来はここでミズハの刀を破壊させる予定ではありませんでした。
もう少し先で破壊させる予定でしたが、少し早めました。
今後新しい武器を手に入れるタイミングなども考えますので、
次話は少しだけ更新が遅れるかもしれません。
さて、話は変わりますが、以前に書いた作品で
改訂したい作品が出てきました。
ただ、この作品を書いていますので、
ちょっとずつちょっとずつ直していこうと思います。
「格闘家な紋章術士」に影響ないよう書いていきますので、
そういうのが更新されるかもしれない程度に思って
更新したら読んでいただけるとありがたいです。
それでは、これからも私の作品をよろしくお願いいたします<(_ _)>