第八十八話「ゴブリン退治」
クエストを求めて仕事にやってきたのは、バルゼンド帝国南東部にある小さな村だった。
村では今ある問題に悩まされていた。それは森の奥から現れ、人を襲うゴブリンの存在だった。
ゴブリンは畑を荒らし、人を襲って怪我をさせる。以前はそれほど被害が無かったが、最近になって被害が大きくなった。
そこで村長がギルドに依頼することを提案。村人からお金を集め、僅かなお金で冒険者を雇う。
本来なら中央から兵士を派遣してもらうのだが、こんな僻地まで兵士はやってこない。一応依頼は出してあるが、要望は上層部まで上がることなく握りつぶされるだろう。
それならば、自分たちで解決するしかない。
そんな僻地にやってきた美人二人の冒険者に村の男たちは舞い上がり、村長の家に押しかけていた。
「……大変お見苦しいところをお見せしまして」
「気にしないでください」
恐縮する村長にミズハは苦笑いを浮かべる。
ミズハにとって、こういった村で珍しがられるのは初めてではない。これまでも地方の村に行くと注目を集め、中には求婚する男性までいた。
「…………」
対するブレアにとっては珍しい光景だった。
これまで自身の眼によって忌避され、遠ざけられてきた。特に独特な文化を持つ地方では、人と違う力は恐れられ、迫害される。
どうにも落ち着かない状況だ。
「それで、依頼の内容は?」
「あ、はい……依頼は、村を襲うゴブリンを退治してもらいのです。ゴブリンは森の奥に巣を作り、村までやってきます」
「数はどれくらい?」
「おそらく十数匹はいると思われます。それと…………」
村長は俯きながら言いよどむ。
「…………キングゴブリンの姿を見た者がいるそうです」
『!?』
キングゴブリン。その言葉を聞き、二人の間に緊張が走る。
キングゴブリン――――ゴブリンの親玉であるが、その実力はゴブリンの比ではない。ゴブリンの三倍の体格で、巨大な棍棒を振り回す。スピードはそれほどでもないが、力は岩をも砕くほどだ。ゴブリンのランクはEと低いが、キングゴブリンとなるとランクがAまで跳ね上がる。力だけならSランクの魔物に相当する。冒険者の中には、ゴブリン討伐でキングゴブリンに遭遇し、逆に殺されてしまうこともある。
それほどまでに危険なキングゴブリン。キングゴブリンがいるだけで、クエストの難度が上昇する。
「…………やはり、受けていただけないでしょうか?」
予想外の事態に言葉を失っていると、村長が話しかけてきた。どうやら黙っていることを違う意味に捉えたようだ。
不安に思わせてはいけない。ミズハは笑顔で応えた。
「いえ、大丈夫ですよ」
「私達にお任せ」
無表情でピースサインをするブレアに、村長は少しだけ不安になっていた。
多くの村人に送り出されたミズハとブレアは、ゴブリンの巣があると教えられた場所に向かっていた。
森は自然に溢れ、あちこちに木の実などが生っている。木の上には鳥が休んでおり、その中には一匹のカラスが二人を見下ろしている。
「……まさかキングゴブリンとはな」
村長の話を思い出し、ミズハは刀の柄を握る手に力が入る。どうやら知らないうちに緊張しているようだ。
「二人なら大丈夫」
そんなミズハとは対照的に、ブレアは気楽な様子で辺りを見渡しながら森を歩いている。
ブレアは「魔女の眼」を発動させ、マナの流れを確認しながら進んでいく。ゴブリンは低ランクの魔物であり、紋章術を使うことはない。
だが、魔力で構成されている魔物は、存在するだけで世界に漂うマナに干渉する。
その為、マナの動きを読み取ることで魔物を発見することが出来るのだ。
「そろそろ、だな」
「(コク)」
声の音量を落とし、警戒を強くする。話を聞いた限りでは、この近くに巣があるはずだ。注意深く歩きながら、辺りを見渡した。
少し進むと、前方にゴブリンの巣と思わしき穴が見えた。二人は草の陰にしゃがみ込み、巣を観察する。
巣の周りには数匹のゴブリンが見張りをしている。手には木の棒を持ち、常に動いて警戒している。
「(紋章術を放つから、攻撃よろしく)」
「(了解)」
作戦を決める。まずブレアが紋章術を放って数を減らす。ある程度減ったところでミズハが飛び出して残りを倒していく。
二人は小声で話しながら準備を進める。ブレアは紋章を展開し、ミズハは鞘から刀を抜いた。
「…………ファイアショット」
タイミングを計り、ブレアは杖を前方に向けて紋章術を放った。紋章から巨大な炎が生み出され、ゴブリン達を飲み込んでいく。
「ギャア!?」
炎を逃れたゴブリンにミズハが攻撃する。刃がゴブリンの身体を真っ二つにして、地面に転がる。その死体を気にすることなく、ミズハは次のゴブリンに向かう。
しばらくして、その場にいたゴブリンは全滅した。
「ふう…………」
「まずは完勝」
「後は巣の中だな」
巣に視線を向ける。どことなく二人の間に緊張が走る。巣の中にキングゴブリンがいるかもしれない。ここからはより一層気を引き締めなければならない。
キングゴブリンは強靭な肉体を備えている。中途半端な攻撃では傷一つ付けることはできない。
「…………」
「…………」
視線を合わせ、お互いに頷く。ゆっくりと近づき、先ほど同様にブレアがまず紋章を展開する。光の球が幾つも生み出され、ブレアの上空に浮かび上がる。
「レイ」
光の球から幾筋もの光線が巣の中へと吸い込まれていく。穴の奥で何度も爆発音が響き、ゴブリンの悲鳴が二人の耳に届いた。
巣の中の気配がどんどん減っていく。順調に討伐が進んでいる様に見えた。
しかし、本番はこれからだった。
紋章術の発動を止め、ブレアは「魔女の眼」で巣の中を観察する。すると、そこに大きなマナの動きを確認する。
ブレアが警戒を強めたことで、ミズハも巣の中を警戒する。巣の中から立ち上る砂埃が晴れていき、そこに巨大な影が見えた。
「まさか、本当にいるとは…………」
二人の額から汗が流れる。じっと影を観察し、いつでも動ける様に意識する。
「ヨクモヤッテクレタナ!!」
野太い声が聞こえてきた。影はゴブリンが持っていた木の棒の何倍もある棍棒を持ち、堂々とした動きで近づいてくる。
そこに現れたのは、怒り心頭のキングゴブリンの姿だった。
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