第七話「クエスト受注」
「…………ん」
窓から差し込む朝日にスレッドは眼を覚ました。
上半身を起こし、部屋の中を見渡す。昨日と同じ風景がそこにあった。
どうやらかなりぐっすりと眠っていたようだ。
スレッドは基本的に深く眠ることはない。フォルスと暮らしている時には修行と称してフォルスが寝込みを襲ったり、またこれまでの旅でも魔物に備えるために警戒しながら眠ったりと、安心して眠ることはあまりなかった。
浅く眠り、いつでも戦闘に入れるように身体に言い聞かせているのだ。
やはり宿という安全な場所ということでぐっすり眠ることが出来た要因だろう。
「ガウ!!」
「おはよう、ライア」
リンクによって主人が起きたのを知り、ライアがベッドに近づいてきた。スレッドはライアの身体を撫でる。その感触を味わうのがいつもの習慣だ。
ちなみに、氣獣であるライアは睡眠を必要としない。睡眠を取らずともスレッドから与えられた氣が無くなるまで活動することができる。また、スレッドからの氣の補給がある限り、ライアは死ぬことがない。
それでもライアは睡眠をとる。どうして眠るのか、その理由は造り手のスレッドでも分からない。
屈伸などの軽くストレッチをして、身支度を整える。
「よし、飯に行くか」
「ワウ!!」
飯と聞いて嬉しそうに跳ねるライアを連れて、スレッドは食堂に行くため一階へと降りていった。
「おはよう、スレッド、ライア」
「おはよう」
「ガウ、ガウ!!」
一階に降りると、椅子に座って待っているミズハの姿があった。
起きた時には部屋にいなかったから、おそらく先に食事に向かったのだろうと想像していたが、テーブルを見る限りスレッド達を待っていたのだろう。
挨拶を交わしながら、席に着く。
「起きたかい。食事は?」
「お願いします。出来れば昨日と同じくらいの量で」
席に着くとリーネが出てきた。
朝食の量を増やしてもらう願いに、多少の遠慮が入る。だが、リーネは豪快に笑いながら了承する。
すぐにカウンター奥へと大きな声を掛け、食事の準備に入った。
「ミズハはもう食べたのか?」
「いや、スレッドと一緒に食べようと思ってね」
「待たせたみたいだな。すまない」
「いやいや、私が勝手に待っていただけだよ」
暫くして、大量の料理が運ばれてきた。早速食事を開始した。本日の食事スピードも凄まじいものだった。
「そろそろ行くか」
「そうだな。ギルドカードもそろそろ受け取れるだろう」
食事が終わり、代金を払う。大量に食べたのだが、一か月単位で宿代を支払っているので割引して貰った。さすがにあの量を通常料金で貰うのは、リーネとしては気が引けたようだ。
二人はリーネにお礼を言って、宿を後にした。
先日の戦いで防具がボロボロに壊れたミズハは、防具なしの楽な軽装で歩いていた。防具に関しては武器と共に購入する予定である。
この後購入するため着替えやすいようにしているのだが、その姿はとても魅力的だ。道行く男たちの視線を集めていた。しかし、ミズハはまったく気にしていない。
スレッドは昨日と同じ服装だ。
紋章術師であり、拳士であるスレッド。接近戦が主体であるが、スピード重視であるスレッドは基本的に防具をつけない。
その代わり、服には紋章を書きこみ、防御力を上げているのだ。
スレッドの横で歩くライアには特に装備品はない。ライアは鋭い爪や牙があり、武器を装備する必要はない。防具は、姿を変化させることから装備していない。また、狼の姿で防具を装備してはせっかくのスピードを殺してしまう。
そんな二人と一匹がギルドに向かっていた。
「ギルドはもう開いてるのか?」
「ギルドは基本的に一日中開いてるさ。依頼によっては夜に行なう場合もあるから、いつでも冒険者や依頼人に対応できるようになっているんだ」
「なるほど」
そうこうしているうちにギルドに辿り着いた。中に入ると、昨日と同じように冒険者で賑わっていた。
だが、夕方であった昨日よりも朝方である今日は冒険者の数は少ない。
総合カウンターに近づき、要件を伝える。受付の女性が引き出しからギルドカードを取り出した。
「こちらがギルドカードとなります。クエストを受注する際必ず必要になりますので、紛失にはご注意ください」
「ありがとう」
銀色のカードは昨日見た時とは違い、紋章が刻まれているのが分かる。かなり複雑な紋章で、紋章術師であるスレッドであっても解析するのはなかなか難しい。
それでもどうにか解析できないか、好奇心で解析を開始してしまう。
「? どうした?」
カードを手にして、じっと眺めていると、不審に思ったミズハが話しかけてきた。
「いや、カードの紋章を解析してみようと思ったんだが…………難しいな」
「そのカードはギルドでも上位の紋章術師が紋章を刻み込んでいるからな。解析は難しいと思うよ」
「仕方ないか。諦めるよ」
がっかりと肩を落とすスレッド。意外と解析できる自信があったようだ。
ギルドでの用事が終わり、これからどうするか話し合う。
「これでクエストを受けられるが、どうする?」
「そうだな……試しに一つ受けてみるか」
紋章の解析を諦め、ミズハと共に掲示板へと歩いていく。
建物の壁側に設置されている掲示板はランク別に分かれている。掲示板には依頼の紙が貼られており、それをカウンターに持っていって、受注できる。
また、ランクとは別に賞金首の掲示板も存在する。そこには人間の犯罪者や凶悪な魔物の絵が描かれた紙が貼ってあり、賞金首に関しては事後報告でも問題ない。
「クエストは一つ以上受けられるのか?」
「いや、クエストは一つずつが原則だ。どのランクであっても、二つ以上受けられないよ。ちなみ私達が受けられるのは、ランクFかEのどちらかだ」
「となると、この二つの掲示板だな」
ランクFとEの掲示板を眺める。掲示板を眺めていたスレッドはなんとも言いがたい表情を浮かべている。
「…………」
「なんとなく言いたいことは分かるよ」
そこに張られている依頼書。そこには猫探しや荷物運びなど、冒険とは程遠い依頼があった。
ランクEに上がったら街の外でのクエストもあるが、それでも採取などが主となっている。
「雑用ばかりだが、ギルドの基礎だからな。これをおろそかにはできない。真面目にこなせば、直ぐにランクも上がっていくさ」
「了解。どれがお勧め?」
クエストを眺めながら尋ねる。こういったことは経験者に尋ねるのが一番だ。
「そうだな……これなんてどうだ? 山で暮らしていたスレッドなら問題なくこなせるだろう」
クエストランク:E
依頼人:ブレドル・フォーラー(研究員)
依頼:首都近くの森に自生しているシエルの実を10個取ってきてください。
報酬:銀貨1枚
加算ポイント:8ポイント
「ランクEで、スレッドに加算されるポイントは半分だが、初めにしてはちょうど良いだろう」
「よし、これでいこう」
紙を掲示板から剥がし、カウンターに持っていく。
「これを受けたいのだが」
「ではギルドカードの提示と、こちらに参加される方の名前をご記入ください」
ギルドカードを見せ、書類に名前を記入する。職員は幾つかの書類にサインをして、紹介状を発行する。
紹介状はギルドが冒険者が信用できるということを表すもので、これを依頼者に提示することで、この冒険者はギルドが保障していますという証明になる。
「こちらをお持ちになって、依頼人のいる場所に向かってください。頑張ってください」
「ありがとう。行ってきます」
紹介状を受け取り、依頼人の元に向かおうとした。
だが、簡単にギルドを出ることは出来なかった。
「待ちたまえ!!」
入口に近づいた瞬間、後ろから男の声で呼び止められた。
後ろを振り向くと、そこには所々に装飾の施された服を着た、キザな笑みを浮かべた男が取り捲きを連れて立っていた。