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格闘家な紋章術士  作者: 愉快な魔法使い
第四章「武術大会」編
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第八十四話「時の紋章術」

「ごほ、ごほ!!」


 破壊尽くされたリング上にスレッドは空を見上げながら大の字に倒れている。


 既に竜の血は全身を巡り、絶え間ない痛みがスレッドを襲う。今はもう指一本動かすことすら難しい。

 意識もなんとか保っているのがやっとだ。


(…………ここで、終わりか)


 自分の身体のことは自分が良く分かっている。このままでは助からないだろう。


 死が怖くないとは言わない。このまま一人で死んでいくと思うと、激しい不安がスレッドを襲う。


 だが、それ以上にミズハとブレアと別れることが寂しい。


「ぐっ!!」


 溢れ出る魔力が更に激痛を増していく。まるで自分が風船になって、破裂しそうな感覚だ。一瞬意識を失いそうになる。


 ゆっくりと、しかし確実に死が迫っていた。






「これは…………」


 ミズハとブレアがVIPルームに到着すると、ミラ達がマドックの遺体を処理していた。


 VIPルームには既に各国の要人の姿は無く、ミラ達とリカルド、そしてジョアンの姿だけだった。

 どうやら危険が無いと判断し、別の部屋に移動させたようだ。


 部屋の隅には座りこんだヨルゲンの姿があり、ミラ達の部下が治癒の紋章術をかけていた。無理に動いたことにより傷が開き、更にここまでの移動で疲労が噴き出したのだ。


 ノア達が消えた後、ジョアンはヨルゲンに駆け寄り、大いに慌てていた。医務室で大人しくしているものと思っていたので、重傷の身体でここまで来たことは驚愕だ。

 だが、ジョアンには怪我を治すことは出来ない。ミラに戦力外通告を言い渡され、窓の近くでリング上を見つめていた。


「無事でよかった」


 ジョアンの無事な姿を見つけ、二人は安堵する。


 しかし、ジョアンの顔は悲痛に歪みながら、窓の外を見ていた。その視線の先にはリングが見える。そしてそこに見えるは、スレッドが倒れている姿があった。


 その姿を見たミズハとブレアは、目を大きく見開き、ガラスに張り付いた。


『スレッド!?』


 それからの彼女たちの行動は早かった。

 ミズハは刀に炎を纏わせ、ガラスを切り裂く。灼熱の炎がガラスを溶かし、ガラスに穴が開いていく。

 ドラゴンの一撃も絶えることのできる強化ガラスと言われているが、脱出しやすいように内側からは比較的簡単に破壊できるようになっている。


 すぐさま穴から飛び出し、ブレアが紋章を展開する。紋章術が発動し、落下するスピードが低下する。ゆっくりとリング上に降り立ち、スレッドに駆け寄る。


「スレッド、大丈夫か!!」


「しっかりして!!」


 すぐさま回復薬を取り出し、治癒の紋章術を展開する。次々と薬を飲ませ、紋章術を掛けていく。


 だが、回復する気配は一向にしなかった。それでもブレアは紋章術を掛け続けた。


「どうして……!!」


「……無駄……だ……もう……助からない」


「スレッド!!」


 二人に気付いたスレッドの口から掠れた声が聞こえてくる。小さい、本当に小さい声だった。今にも目を閉じてしまいそうなほど弱々しい姿がそこにあった。


 しかし、スレッドの表情は笑顔だった。


「最後に、会えて…………良かった」


 竜の血を飲んだことは自分の決断であり、最後まで足掻き続けた証拠だ。それを後悔する気はさらさらない。


 それでも、仲間に別れを告げずに死んでいくことは出来なかった。

 もしかしたら、彼女達に別れを告げるための時間を神様が与えてくれたのかもしれない。


「…………最後なんて、言うな!!」


「絶対に死なせない」


 涙を流しながら、二人は考え続けた。でも、簡単に答えが見つかるわけない。劇薬を治す手段を二人は持っていない。


 無常に時間が過ぎていく。


 何も出来ないのか。そう思ってしまった時だった。




「うむ、諦めるには早いのう」


『ッ!?』




 突然声を掛けられ、振り返る。すると、そこにはリカルドが立っていた。


 ゆっくりとミズハ達に近づき、スレッドの姿を観察する。目を細め、無言で考えている。

 しばらく観察した後、リカルドは懐から一冊の本を取り出した。その本をブレアに手渡した。


「これは?」


「それはのう、スレッドの育て親、フォルスが己の技術や知識を記した書じゃ。国立図書館に保存されていたものをスレッドに渡そうと思って持ってきたのじゃが。思わぬところで役立ちそうじゃ」


「…………すごい」


 本をめくっていくブレアの目が見開いた。そこに書かれていたのは、ブレアでは思いつかないほどの技術や今までにないほどの画期的な知識だった。


 物凄いスピードで目的の知識を探していく。時間があればゆっくりと読みたいところだが、今は時間が無い。

 すぐにでも処置を施さないと、スレッドの命が尽きてしまう。


 次々ページをめくっていくが、ブレアが知りたい知識は見付からない。


 そして、あるページでめくる手が止まった。


「これは…………時の、紋章?」


 そこに記されていたのは、見たことも聞いたこともない、『時の紋章術』だった。


「そいつはフォルスが研究し、最後まで操ることの出来なかった唯一の紋章術じゃ。あやつに操ることは出来なかったが、お前さんの眼なら使うことが出来るじゃろう」


『ッ!?』


 リカルドの言葉に二人は驚愕し、ついリカルドを睨んでしまう。対するリカルドは笑顔で二人から洩れる殺気を受け流す。


「そう警戒しなくともよい。お前さんの眼のことは以前から知っておった。それをどうこうするつもりはない」


「…………」


 真面目な口調で語るリカルドが嘘をついているようには見えない。ギルドマスターであることからも多少信用は出来そうだ。


「それより、時間が無いのではないかね?」


「!? ブレア、すぐに!!」


「うん!!」


 急いで魔女の眼を発動させ、マナをかき集める。本を参考に難解な紋章を描いていく。数分後、紋章が完成する。


 本にはスレッドの毒を治療する方法は記されていなかった。ならば時間を稼ぎ、治す方法を探し出すしかない。

 『時の紋章』でスレッドの身体の時間を止め、毒の進行を遅らせる。それが今出来る最善だ。


「スレッド、必ず助けるから」


「待ってて」


「…………頼んだ」


 三人は笑顔で一時の別れを告げる。そこに悲壮感はなく、絶対に助ける、助かるという信頼があった。


「…………ストップ」


 紋章術が発動し、スレッドの身体が硬直する。あらゆる活動を止め、スレッドの時間が止まった。


 ミズハとブレアは目に涙を溜めながら、絶対に助けると心の中で決意していた。



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