第八十三話「六人」
「はああぁぁぁぁ…………」
スレッドは気力を振り絞り、身体の周りに雷を纏う。
ラファエーレを見据え、重心を落とす。足に力を入れ、飛び出すタイミングを計る。
「…………」
「…………」
ダン!!
先に動いたのは、スレッドだった。
真っ直ぐラファエーレに突っ込み、拳を大きく振り上げる。歯を食いしばり、一気に振り下ろす。
ガン!!
力のある拳だったが、ラファエーレの前で見えない何かに止められてしまう。
ラファエーレは瞬間的に防御の紋章術を展開し、スレッドの拳を防御する。その硬さはスレッドの全力の拳を受けて、一切ダメージを負っていない様子だ。
防御している間に次の紋章を展開する。目の前に真っ黒な紋章が浮かび上がり、紋章から黒い帯の様な物がスレッドに襲いかかる。
「ちっ!!」
黒い帯を避ける様に後方へ飛び退くが、黒い帯は高速でスレッドに迫る。捕まらない様に黒い帯へと拳を振るうが、手応えが無い。
「無駄だ。影を攻撃することは出来ない」
「…………なら、これでどうだ!!」
スレッドも目の前に紋章を展開し、紋章から黒い帯と同数の光が飛び出した。光は黒い帯を相殺し、更に光がラファエーレに向かった。
だが、光は当たる直前でかき消された。
「次――――!?」
攻撃が失敗したことを気にすることなく、次に動き出そうとしたスレッドの身体が急に止まった。
纏っていた雷とオーラが消え、合体紋章が解けてしまった。一気に竜の血による毒が全身を駆け巡り、激しい痛みがスレッドを襲う。
「ぐふっ!!」
膝をつき、口元を押さえる。口の中に血の味が広がり、地面に血を吐き出す。思考が低下し、身体が上手く動かない。
「う…………あ…………」
口も上手く動かなくなり、地面へと倒れ伏した。
「……私が手を下すまでもなかったな」
倒れたスレッドを見下ろし、ラファエーレは空へと浮かぶ。終わったとでも言う様に攻撃を止めた。
「終わったようだな」
突然空間の一部が裂け、そこから黒い鎧の男が現れた。
「あーあ、折角楽しもうと思ったのに。残念だ」
リングの陰からノアが現れた。肩を落とし、表情が暗い。どうやら自分に対抗できたスレッドが倒れていることに落胆したようだ。
「人間がここまで対応できたのだ。尊敬に値する」
ゆっくりと宙に姿を現す僧侶風の男。落ち着いた雰囲気を醸し出し、ゆったりと空中で静止している。
「ふふ、なかなか良い男じゃない」
続いて現れたのは、妖艶な服装に眩しいほどに綺麗な肌、輝くほどの金髪を煌めかせる女の姿だった。男なら誰もが振り向く様な絶世の美女だ。
「目的は達した。引き上げるぞ」
最後に現れたのは、眼鏡を掛けたインテリ風の男だった。線は細く、一発で倒せそうなほど脆そうに見える。
しかし、六人の中で一番危険な雰囲気を纏っている。
「はあ……はあ……」
現れた六人を見上げ、睨みつける。最早指先を動かすことすらままならず、睨みつけることすら苦痛だ。
それでもスレッドは六人を睨みつけた。動けなくとも心は折れていない。
「ほう、まだ戦意を失っていないと見える」
「見上げた精神力だ」
「ふふ、頑張る男の子は好きよ」
鎧の男と僧侶風の男がスレッドに称賛を贈る中、妖艶な女は恍惚とした表情で倒れているスレッドを見つめる。その視線だけで世の男達は彼女に堕ちてしまうだろう。
微かな殺気すら放つスレッドを危険に感じたのか、ラファエーレは右手に紋章を展開する。
「やはり、不確定要素は取り除くべきだな」
紋章に魔力を注ぎ込み、術を放とうとする。だが、それを止める者がいた。
「まあ、待ちなよ」
「……邪魔をするな、ノア」
ラファエーレの攻撃を阻んだ者、それはノアだった。ノアはラファエーレの前に移動し、スレッドから攻撃を護るように位置取った。
二人の間に剣呑な空気が流れ、殺気が空間を歪ませていく。
人ならざる者の力が垣間見える。
今にも戦いが始まろうとしていた。
「そこまでだ」
『ッ!?』
突然二人の間にインテリ風の男が移動した。あまりにも突然のことに、さすがのノアとラファエーレも驚かずにはいられなかった。
二人が動きを止めた隙を見て、インテリ風の男はラファエーレが展開していた紋章を消し去る。
「これ以上は時間の無駄だ。さっさと行くぞ」
「だが、危険要素をそのままにしていくのは――――」
「構わん。どうしようと死に逝く命だ」
「…………分かった」
有無を言わせない男の言葉に、ラファエーレは反論しつつも了解する。フードに隠れて顔は見えないが、不満げな感情だけは読み取ることが出来た。
男の指示に従い、五人は順々に消えていく。そしてインテリ風の男だけがその場に残った。
「…………」
男は冷めた目でスレッドを見下ろす。その内興味を無くしたのか、振り返って消えていった。
六人が消えた後、しばらくしてノアが再び姿を現した。いつも通り楽しそうな表情でスレッドに声を掛けた。
「再び生きて僕の前に現れることを期待しているよ」
そう言い残し、ノアは陰へと消えていった。
「…………」
意識を保っているのがやっとのスレッドは、ただただ虚空を睨みつけているだけだった。