第八十話「竜の血」
起き上がったスレッドからは、大量の魔力が溢れていた。その量は魔族であるラファエーレですら戸惑うほどだった。
ラファエーレはゆっくりと立ち上がるスレッドを睨みつけていた。
「……貴様、何を食べた」
「お前に教えてやる義理はない…………が、俺もお前に倣って教えてやるよ。俺が食べたのは――――『竜の血』だ」
「何だと!?」
スレッドの言葉を聞き、ラファエーレは動揺する。魔族であっても驚かずにはいられなかった。
なぜなら、スレッドが飲み込んだ丸薬のような真っ赤な玉『竜の血』は人間にとって毒であるからだ。
『竜の血』――――膨大な魔力を含み、強者の遺伝子が古代より連綿と受け継がれている。その血はあらゆる生物にとって毒であり、たった一滴飲んだだけで激痛に苛まれ、数分で血によって内部から喰い殺される。更に膨大な魔力は人の器には納まりきらず、暴発してしまう。
スレッドが飲んだ物は、昔ファルスと共にドラゴンを討伐した際、手に入れた血を凝縮させ、中和剤と共に固めたものである。
だが、中和剤を持ってしても毒が消えることはない。中和したとしても、致死量の毒に変わりない。
そんな劇薬を飲んだスレッドが立ち上がり、戦闘態勢を取っているのだ。ラファエーレにとっても信じられない事だった。
「ふう…………」
軽く息を吐き、両手に紋章を展開させる。一見すると、いつも通りの動きに見える。
しかし、スレッドの身体の中は激痛に苛まれていた。微かな動きでも全身が痛み、気をしっかり持たなければ意識を失い、命すら奪われるだろう。
溢れだしそうな魔力は、常に紋章術による身体強化で消費していくが、それでも追い付かないほどの量が溢れてくる。
パン!!
合体紋章を発動させ、雷を身体に覆う。
「まさかそれが人間の底力か? …………舐められた物だな。その程度では私の研究成果に勝てるは思えないな」
確かにスレッドが発動させたのは、いつもの合体紋章だ。
先ほどまでの戦いでは発動させていなかったが、それでも合体紋章だけで倒せるほど今のエリックは弱くない。
「本番はこれからだ」
不敵な笑みを作り、スレッドは再び両手に紋章を展開させ、胸の前で重ね合わせた。
「うおおお!!」
反発する紋章を抑えつけ、合掌する。その瞬間、先ほど以上の雷を身体に纏い、オーラがスレッドから立ち上る。
身体に纏う雷によって感覚を麻痺させ、激痛をやわらげようとする。だが、『竜の血』は感覚を麻痺させた程度では抑えられるものではない。
未だに身体は痛みを発している。
「…………それが切り札か」
「ああ、重ね掛けは俺も初めてだ。それ故に時間が無い。さっさと終わらせてもらう」
ヒュン!!
「ッ!?」
まるで光になったかのようにスレッドが消えていく。そのスピードは魔族であるラファエーレでさえ捉えることが出来なかった。
次にスレッドが現れたのは、エリックの真正面だった。
「はあぁぁ…………」
拳に雷と氣を集中させ、渾身の一撃をエリックの顔面に叩きこんだ。
バリバリ!!
エリックは激しい衝撃と大量の雷をその身に受け、後方へと吹っ飛んでいった。地面に倒れた後も帯電は終わらず、痙攣が止まらない。
タン!!
倒れた後も追撃は終わらない。
地面に倒れているエリックの上空へと飛び上がり、重力に従う様にエリックの腹に拳を突き刺した。
「――――!?」
拳を突き刺した後、めり込んだ拳に紋章を展開させる。そして拳を引きぬくと同時に紋章術を発動させた。
肉体の内側から氷の紋章術がエリックを凍らせていく。全身が凍ったところで、スレッドは反対の拳で氷を打ち砕いた。
エリックを完全に消滅させたことを確認し、上空で眺めているラファエーレに視線を向けた。
「次はお前だ」
「……調子に乗るなよ、人間風情が」
一瞬でエリックを撃破され、ラファエーレは研ぎ澄まされた殺気をスレッドに向ける。スレッドも殺気を放ち、二人の間の空気が軋んでいく。
スレッドは気合いを入れ直し、ラファエーレもリング上へと立ち、スレッドに向き合った。
戦いはまだまだ続く……。
ミズハとブレアの前をジャンが立ち塞がっている頃。
ミラとその部下たちはミズハ達とは違うルートでVIPルームに向かっていた。
「隊長、そろそろVIPルームに到着します」
「よし、総員戦闘準備」
「はっ!!」
既に諜報部隊からVIPルームがマドックに占拠されていることは報告されている。突入すれば戦闘になることは確かだ。
各国の要人が人質となっている為、慎重に突入しなければならない。近づくごとに足音がしない様にゆっくりになっていく。
『…………』
扉の前に辿り着く。どうやら警備兵はいないようだ。
(怪しいね。ここまでの道のりも人が少なすぎる)
あまりにも順調にいき過ぎていて、どうしても怪しんでしまう。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。時間が過ぎれば過ぎるほど、自体はどんどん悪化していく。
懐から書類を取り出し、確認する。書類にはマドックを役職から解任する旨と長老のサインが記されている。
これがあればマドックを拘束することが出来る。
「(コク……)」
頷きで合図をして、ミラは勢いよく扉を開けた。
「ッ!?」
扉を開けた瞬間、驚きの光景が待っていた。