第七十九話「立ちはだかる者」
闘技場内の廊下をミズハとブレアが走っている。
走る二人を遮る者は誰もいなかった。エリックが巨大化し、触手で襲いかかったことで兵士たちが混乱し、城から出払っていた。
その為、二人は問題無く目的の部屋へと向かっている。
「…………静かすぎるな」
「うん。空気がおかしい」
誰一人いない。そのことがかえって嫌な予感を二人に抱かせていた。
兵士たちが観客の避難に向かっているとはいえ、それでも警備する兵士がいるはずだ。それに密閉された空間である廊下でも、リング上の戦いの音や観客たちの声が聞こえてくるはずだ。
しかし、そういった音は一切聞こえてこない。
この先に何かがいる。二人の直感が告げていた。
しばらく走り、目的の部屋近くまでやってきた。そして、それは二人の前に立ちはだかった。
「やっと来たか」
「お前は!!」
「……どうして」
二人の前に立ちはだかった者、それはスレッドに負け、三人の前から立ち去ったはずのジャンの姿だった。
ミズハ達は立ち止まらざるをえなかった。
ジャンは相変わらずチャラけた笑みを浮かべ、二人の肢体を舐める様に眺めている。その視線を受けて、ミズハもブレアもジャンを睨みつけている。
「なぜお前がここにいる!!」
「つれないことを言うなよ」
「キモイ目で見るな」
「共に戦った仲じゃないか」
怒る二人にジャンは軽い調子で受け答えする。そこには反省の色は全くと言っていいほど見えなかった。それが更に二人の怒りを増していく。
「そこを退いて貰おう」
「そいつは出来ない相談だ。お前たちは俺の物になるんだ」
睨みを利かしたまま、ミズハはジャンに退くよう要求する。手は刀の柄に乗せ、今にも抜き放ちそうなほど臨戦態勢を取っていた。口調がどうしても棘っぽくなってしまう。
今までの態度から友好的な態度は取れない。
しかし、ミズハの睨みを受け流し、ジャンは要求を跳ねのけた。
『なっ!?』
ジャンはにやけた笑みを崩すことなく、手を広げて身体を変化させ始めた。筋肉を肥大化させ、魔物の様に化してしまった。
それはまるで変化したエリックの様だ。
「オレハチカラヲテニイレタ!!」
「こいつもか!!」
「…………」
嬉しそうに吠えるジャン。力を手に入れた者の典型的な酔い方だ。そんなジャンをブレアは少しだけ悲しそうな目で見つめていた。
頭の中に昔の記憶が思い出される。嫌な記憶もあるが、いい思い出もあった。そんな昔の仲間が魂を売ってまで力を手に入れた。
悲しまずにはいられなかった。
「さっさとこいつを倒――――」
「……待って、ミズハ」
抜刀しようとしたミズハをブレアが止める。そして一歩前に出る。
「ここは私だけでやる……」
「!? それは!!」
「お願い。ここは私がしなければならない」
「…………分かった。でも、決して無理は駄目だ」
「ありがとう」
迷い無いブレアの笑顔に、ミズハは自身も笑顔を浮かべて了承した。
目の前の男にブレア一人で戦うなど無謀だ。普通ならこの先のことを考えて、二人で相手をした方がいい。その方が勝率も上がるし、何より安全だ。
それが分かっていても、ミズハはブレアの決意に水を差すことが出来なかった。
ブレア一人で戦わなければ、必ず後悔する。ミズハはそう思ってしまった。
「グッフッフ!! オレサマニヒトリトハナメラレタモノダ!! マアイイ、ヒトリズツナブリモノニシテヤル!!」
「……可哀想な人。力で全てを支配できるはずが無い」
一瞬沈んだ表情を浮かべるものの、すぐにジャンを睨みつけ、前方に紋章を展開させる。その数はブレアが展開できる紋章の数を大きく超えていた。
「貴方を倒して…………私は先に進む!!」
迷いを振り払うかのように、ブレアは紋章を開放させた。
タッタッタッタ!!
城の中をダニエルとその部下達が執務室のある地下に向けて走っていく。何事かと見てくる兵士たちを無視して、どんどん進んでいく。
「ダニエル副隊長」
「どうした?」
「ミラ隊長の部隊が無事に闘技場内へと突入したと報告がありました」
「そうか。よし、引き続き報告してくれ」
突如現れた隊員の報告を受け、ミラが無事であることに安堵する。意外なところでミスをするミラ。ダニエルは失敗しないかと心配していた。
だが、部下からの報告で無事が確認できた。順調に作戦が進んでいるようだ。
報告してきた部下は報告を終えると、すぐさまその姿を消した。彼は部隊内で隠密を専門に行なっており、特殊な訓練を行ない、消える移動法を編み出した。
他にも部隊内には鍵開けの名人や情報収集の名人がいて、それぞれが様々な分野で活躍している。
地下への階段を進んでいくと、強固な扉の前に辿り着いた。そこには先客がいた。
「ガウ!!」
「魔物!?」
「待て!!」
扉の前にはライアが待ち構えていた。部下たちは武器を手に立ち向かおうとするが、ダニエルが部下達を止める。
ライアの姿はミラから窺っていた特徴と一致する。
「……彼は味方の様だ」
「ガウ、ガウ!!」
ライアは大きく頷き、尻尾を大きく左右に振っている。愛嬌のある姿に部下たちは臨戦態勢を解く。
ダニエルは部下に指示し、辺りの調査と鍵開けを行なっていく。
ガチャン。
「開いたか?」
「いえ、どうやら紋章術で鍵が重ね掛けされているようです」
「……どうするか」
「ワウ!!」
どうしたものかと悩んでいるダニエル達に、ライアは彼らに退く様に吠える。
何かを感じ取ったダニエルは部下達を下がらせ、ライアに任せてみることにした。失敗しても、他の方法を考えればいい。
「グルルゥゥ…………ガア!!」
口を大きく開き、紋章を展開させる。大気中のマナをかき集め、紋章を扉の紋章術に重ね合わせる。
パァン!!
破裂するような音と共に、扉を封印していた紋章術が破壊された。
「おお、やった!!」
扉が開き、すぐさま部下達が部屋の中を探っていく。ダニエルもライアに礼を述べ、調査を開始する。
「どうだ、何か見付かったか?」
「副隊長!! これを見てください!!」
そう言って部下が差し出してきたのは、一束の書類だった。何やら難しい数式などが記載されているが、理解できるところだけを抜粋していく。
そして、ダニエルの顔が驚愕に染まる。
「そんな…………ッ!? 隊長達が危ない!!」
書類に記載されていることが本当ならば、VIPルームに向かっているミラ達が危険であることが分かる。
ダニエルはすぐさま数人を部屋に残して、闘技場へと急ぐよう指示した。
(無事でいてください、隊長!!)
心の中でミラの無事を祈りながら。