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格闘家な紋章術士  作者: 愉快な魔法使い
第四章「武術大会」編
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第七十六話「脅迫」

 VIPルームはエリックの変貌に騒然としていた。


「何だ、あれは!?」


「一体どうなっているのだ!!」


 各国の要人が観戦するVIPルームは安全に配慮され、強固な造りと幾重にも張り巡らされた紋章術で覆われている。その強度はドラゴンの一撃すら通さないという噂だ。

 その為、エリックの身体から伸びる触手もVIPルームまでは届かなかった。


 窓の外を見つめるジョアンは小さく見えるスレッド達を心配そうに見つめていた。


「…………」


「皆さん、よろしいですかな?」


 誰もが動揺する中、部屋の入り口近くから全員の注意を集める声が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、入口の前にはマドックと数人の兵士がそこにいた。


 注目を集めたマドックはニヤリと不気味な笑みを浮かべ、大仰に腕を広げながら語り出した。


「皆さん、不安に感じておられるとお思いですが、ご安心ください。あちらは我が国の研究成果にございます」


「研究だと!?」


「人と魔物との融合。まだまだ研究段階ですが、順調に進んでおります。実験も大会に勝ち進むことによって行なえました」


「ッ!?」


 実験という言葉にジョアンは動き出そうとした。

 ヨルゲンはエリックによって重傷を負わされ、左腕に至ってはもう元通りにならない。


 その行為が全て実験だったと言われ、一瞬にして怒りが頂点に達した。


 だが、それを止めた者がいた。


「早まってはいけません」


 ジョアンの腕を掴んだのは、アーセル王国のギルドマスター、リカルド・クロッカートだった。

 彼はギルドを代表して招待され、ジョアンと同様にVIPルームで観戦していた。そこでこの事態に巻き込まれ、飛び出そうとしたジョアンを発見した。


 昔のリカルドならジョアンと一緒で飛び出していただろう。それだけの実力もあったし、何より数人の兵士程度相手ではなかった。


 しかし、リカルドも歳を取った。今でも兵士数人程度問題ないだろうが、ここにいる要人を守りながら無力化するのは難しい。


 しばらく様子を見ることとしたのだ。


「今しばらく機会を窺うべきです」


「しかしっ!?」


「焦っては正確な判断を行なえません。それに彼らはここにいる人の命を何とも思っていません。必要とあらば全員皆殺しにするでしょう」


 長年の経験から、リカルドは相手の雰囲気を観るだけで大抵の考えを理解できる。

 マドック達は今のところここにいる者達に危害を加える気はない。彼らの目的は違うところにあるだろうと予測する。


 そして、その予測は的中する。


「皆さんには今ここでこちらの書類にサインを頂きたい」


 そう言ってマドックが提示したのは、一枚の書類だった。誰もが怪訝な顔で書類に視線を集める中、マドックは楽しそうに説明を始めた。


「この書類は、今後各国はリディア共和国に隷属していただくと言う誓約書でございます」


「何だと!?」


「ふざけるな!! そんな誓約書、サイン出来るか!!」


 マドックの要求に要人たちは騒ぎだす。さすがにそのような要求に応じるわけにはいかない。要人たちは控えていた部下に指示を出そうとした。


「おっと、勝手に動かないでいただきたい」


『っ!?』


 各々が武器に手を掛けた瞬間、マドックが右手を上げる。すると、マドックの後ろに控えていた兵士の身体が変化していく。


 エリック同様に身体から触手を生やし、マドックを護るように蠢いている。


「下手に動かれては、我が国の研究成果をお見せしなければなりません」


 これは明らかな脅迫だ。実際に魔物と融合した兵士の強さを大会で確認している。誰もが口を閉ざしてしまった。


「さて、サインしていただきましょうか?」


 まるで商売人が契約書に差し出すように、マドックは笑顔で彼らに迫った。






 ミズハとブレアが兵士の手助けをしている頃、スレッドは巨大化したエリックと向き合っていた。

 目の前の巨体を見上げ、何処から攻めるか、どうやって攻めるかを考えている。


「よし!!」


 戦い方を決めたスレッドは早速戦闘準備に入る。

 気合いを入れ、両手に紋章を展開させる。胸の前で紋章を重ねる様に合掌する。


 ゴオォ!!


 両手が重なった瞬間、スレッドから冷たい風が吹き荒れる。周りに粉雪が舞い、冷気が辺りを徐々に凍らせていく。その冷気が触手の動きを鈍らせる。


 スレッドが使用した紋章は、水と身体強化の紋章術だ。水を氷に変化させ、身体を強化させることで冷気を纏えるようにする。

 しかし、それでも限界がある。いつまでも冷気を身体に纏えば、身体中の体温が奪われ、動けなくなってしまう。


 この戦いは時間との勝負だ。


「…………ふっ!!」


 迫ってくる触手に攻撃を行なう。攻撃を受けた触手は凍り、凍った触手を更に攻撃する。凍った触手は簡単に砕け、細胞が凍ることで再生スピードが遅れる。


「おらっ!!」


 スレッドは拳を地面に叩きつける。同時に地面が凍りつき、冷気が更に充満していく。


 次々襲いかかる触手を回避していくが、徐々に逃げ場が無くなっていく。そこに四方から触手が迫る。


「アイスシールド!!」


 スレッドを覆う様に氷の壁が造り出される。触手はスレッドまで届かず、壁に触れた瞬間に凍っていく。


 雷の紋章を使用した合体紋章とは違い、氷の紋章を使用した場合はどうしても速度が落ちてしまう。雷の紋章は電流を身体に流すことによって強制的に反応速度を上げているのだ。

 だが、氷の紋章は護りに秀でている。紋章を展開するという手順を省き、瞬時にアイスシールドを張ることが出来る。


 氷の壁に囲まれたスレッドは、方角を確認しながら壁を叩き割る。


 パキィィン!!


 割れた氷が地面に散らばり、再び触手が迫ってくる。すぐさま移動して、徐々に本体へと近づいていく。


 そして、巨体の足元に辿り着いた。


「ラスト!!」


 巨体の足元に拳を叩きつけ、地面を凍らせる。それによってリング全体に巨大な紋章が氷によって描かれた。


「――――!?」


「お前も被害者かも知れんが…………ヨルゲンのことは許せねえ」


 エリックの巨体を中心に渦を巻くように冷気が集まってくる。触手の先端から徐々に凍りついていく。その勢いは触手が再生するスピードを大きく上回る。


 スレッドは巨体に背を向け、左手を肩の高さまで持ってきた。




 パチン。




 軽く指を鳴らすと、集まった冷気が一気に巨体を凍りつかせた。エリックの巨体はもう、動くことはなかった。


 戦いは意外なほどあっけなく終了した。



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