第七十三話「幕間」
カツ、カツ、カツ!!
医務室を後にしたジョアンは、城の中を急ぎ足で移動していた。
先ほどまでの落ち込みは無く、決意に満ちた表情で歩いていく。道行く人はその勢いに押され、道の脇へと避けていく。
その後ろには慌ててついてくる兵士たちの姿があった。
しばらく行くと、ジョアンは大きな扉の前で立ち止まった。
コン、コン!! バン!!
「失礼する!!」
激しくノックした後、部屋の扉を勢いよく開け放った。
「おや、どうされましたかな、ジョアン様?」
「どうした、じゃない!! あれはどういうことだ!!」
愛想のいい笑みを浮かべながら、部屋の主であるマドックはジョアンを部屋に招き入れた。
マドックとは反対にジョアンは怒り心頭でマドックに近づいていく。それに反応するように控えていた兵士が動こうとする。
だが、マドックは兵士を抑え、ジョアンをソファに勧める。
「まあまあ、落ち着いてください」
相手が怒っているのにも関わらず、マドックは楽しげな笑みを崩さない。その態度が更にジョアンを苛立たせる。
「エリック選手によるヨルゲンへの追撃の件だ!! かの選手は貴殿の推薦だったはず」
「確かにエリックは私が推薦しましたが、戦いの中で起こったことです。どうしようもありませんな」
「しかし、あれはやり過ぎだ!!」
戦いでのことと主張するマドックに対して、エリックの追撃はやり過ぎだと非難する。
確かに戦いの中では何があるか分からない。選手の中には興奮してなかなか戦闘を止めない者もいる。エリックも同様で、強敵であるヨルゲンとの戦いで興奮し、攻撃を止めなかった。
しかし、ジョアンは納得がいかない。
ヨルゲンは左腕を砕かれ、もう使い物にならない。親衛隊長まで成り上がった男の鍛えられた腕が最早使うことが出来ないのだ。
笑顔を浮かべていたヨルゲンだが、長い付き合いのジョアンには分かった。心の中では悲しんでいることを。
「大会前に誓約書も書いていただいたはずです」
「…………くっ!!」
契約を盾にするマドックに、ジョアンは言葉に詰まる。
「ご安心ください。我が国の医師は優秀です。必ずヨルゲン殿の腕を治して差し上げます」
「…………」
最高の治療を約束して、マドックは話し合いを終了させた。マドックは終始笑顔を絶やさなかった。
「さて、準備はどうだい?」
「はっ、いつでも大丈夫です」
郊外のアジトでミラは部下と話しあっていた。
遂に明日武術大会の優勝者が決定する。スレッドとマドックの推薦したエリックが勝ち進んだ。
これでエリックが優勝すれば、マドックは更に研究を進めるだろう。また優勝者を出したことにより、マドックに有利になってしまう。
その為にもスレッドに優勝してもらわないといけない。
決勝戦が行われると同時に執務室への捜査が行なわれる。
「……彼は大丈夫でしょうか?」
「あたいが目を付けた男だ。大丈夫に決まってるよ」
「はあ~…………」
「なんだい、その深いため息は? あたいの眼が信用できないのかい!?」
自信満々に語るミラに、部下は諦めの込められた溜息を洩らす。
一応ミラは上司にあたるが、たまに信用できない時がある。それはミラが女性としての勘を感じた時である。
以前任務である森に向かったことがある。そこでの任務を終え、帰還する途中ミラ達は迷ってしまった。
そこでミラが自信満々に女の勘を頼りに進み始めた。部下たちは半信半疑だったが、隊長を信じて付いていった。
しかし、結果は散々だった。森を脱出するつもりが、更に迷い、森を出ることが出来たのはそれから三日後のことだった。
だからこそ、ミラの勘は当てにならないのだ。
「まあ、仕事はしっかりしてくれますから、文句は言いませんよ」
「……気になる言い方だねえ」
部下は肩を竦め、首を横に振る。その仕草にミラは額に怒りマークを浮かべる。
しばらくふざけた後、二人は真面目な表情で話し合いを再開した。
「では、決勝戦前までに部隊を召集させます」
「ああ、よろしく頼むよ」
部下はミラに向かって敬礼し、ミラも部下に対して答礼した。そして部下は部屋を後にした。
その姿を確認し、ミラは椅子の背もたれに身体を預けた。
「……無事に済めばいいんだけどね」
この先を考えて、ミラは少しの不安を胸に秘めていた。
「ちっ…………面白くねえ」
スレッドの治療を受けたジャンは、不機嫌な顔で裏通りを歩いていた。
大会には敗戦し、ブレアとの賭けにも負けた。正に踏んだり蹴ったりの状態だ。どうしても機嫌が悪くなってしまう。
これから裏通りにある酒場でやけ酒を飲むつもりだった。
「今日は飲むぞー!!」
「…………」
「……ん? なんだ、てめえ?」
意気揚々と酒場に向かうジャンの前にフードを被った人物が立ちはだかった。
格好は怪しいが、裏通りでは物乞いなどがこのような格好をしている。それほど珍しい格好ではない。
しかし、どこか異様な雰囲気がフードの人物から感じられる。ジャンはその雰囲気を全く感じ取っていなかった。
「…………」
「ちっ…………気分悪いぜ」
何も喋らないフードの人物を無視して、ジャンは横を通り過ぎようとした。
「っ!? うわああーー!?」
フードの内から伸びる黒い影にジャンは手足を掴まれ、引き摺りこまれていく。その力は凄まじく、抗うことが出来ない。
「…………」
「や、やめてくれ!!」
恐怖で叫ぶジャンをフードの奥に見えるナニかが見つめている。そこには何の感情も読み取ることが出来ない。
しばらくして、ジャンの姿は完全にフードの奥へと消えていった。そこにはジャンの存在を示す物は何も残されていない。
「…………」
フードの人物は終始言葉を発することが無かった。そしてそのまま暗闇の奥へと静かに消えていった。