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格闘家な紋章術士  作者: 愉快な魔法使い
第四章「武術大会」編
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第七十二話「決意」

「ヨルゲン、大丈夫か!?」


 ジョアンが慌てた様子で医務室に入ると、そこは戦場と化していた。


「そっちを押さえろ!! 止血剤はまだか!!」


「包帯が足りないぞ!! 直ぐ持ってこい!!」


 部屋の中では白衣を着た者たちが忙しく動き回っていた。あちらこちらで怒号が飛び交い、看護婦らしき女性が薬品や包帯を持ってベッドと棚を往復している。


 中央に設置されたベッドには重症のヨルゲンが寝かされている。意識が無いのか、目を閉じて微動だにしない。

 エリックによってつけられた傷からどんどん血が溢れてくる。


 医師が次々に傷口を止血し、紋章術師が治癒の紋章術を施していく。

 だが、一向に回復する気配がしない。


「邪魔だ!! 下がれ!!」


 呆然と立ち尽くしているジョアンに、医師の怒鳴り声が飛ぶ。どうやらジョアンが皇子であることに気付いていないようだ。


 勢いに押され、ジョアンは後ろによろける。


「大丈夫か?」


「…………スレッド」


 よろけたジョアンを支える様に後ろから現れたのは、心配そうに事態を見ていたスレッド達だった。






 医務室を退室したスレッド達は、近くの椅子に座って現状を話していた。


「で、ヨルゲンの状態は?」


「……医師の話では、かなり危ないようだ」


 椅子に座り、俯いた状態でジョアンは先ほど看護師から聞いた状態を話す。


 ヨルゲンの傷自体は浅いものの、傷の数と出血の量が状態を悪化させていた。身体中のあちこちに傷を付けられ、そこから流れ出した血液を補うために輸血しているが、その血が不足しているのだ。


 元々医務室にはある程度の血液のストックが用意されていたが、本戦で負傷したのはヨルゲンだけではない。傷の大小はあるが、それでもストックはどんどん無くなっていく。

 準決勝まで来るとどうしても不足するのだ。


「そうか……」


「ヨルゲンなら大丈夫」


 ジョアンの両脇に座るミズハとブレアがジョアンを慰める。傍から見れば、酒場で女性に慰められている客の様だ。


 しばらく沈黙が続いていたが、突然沈黙が破られた。


「ヨルゲンさんが意識を取り戻しました!!」


『!?』


 医務室から飛び出してきた看護師が、ヨルゲンの意識が回復したことを告げた。






 部屋の中に入ると先ほどの戦場は無くなっており、通常の医務室の様に静まっていた。


「……ヨルゲン」


「申し訳……ありません、ジョアン様。負けて……しまいました」


「気にするな!! お前は良くやった!!」


 苦悶の表情でかすれた声を出しながら謝罪するヨルゲン。全身から悔しさがにじみ出ている。


「生きてるみたいだな」


「当り、前だ。ジョアン様の、結婚までは、死ねん」


 スレッドの皮肉に皮肉で返すヨルゲン。そこに険悪な雰囲気はなく、むしろ二人とも笑みを浮かべている。

 この程度の怪我でヨルゲンが気落ちする訳が無い。スレッドは同情することなく話しかけている。


「よろしいでしょうか?」


 無事を喜んでいた一同に、横で控えていた医師が話しかける。医師の表情には疲れの色が色濃く表れており、治療の大変さを物語っていた。


「全身の刺し傷はさほど深くなかったので、輸血で一命を取り留めました」


 医師は手に持った書類に目を落としながら症状を読み上げる。

 書類には様々な値が記されており、どうやら値には問題は見えないようだ。


 だが、書類が二枚目に続くと、医師は声のトーンを落とした。顔色も悪くなり、これから語られる言葉が良いものではないことを予感させる。


「左腕ですが…………」


 話しだそうとする医師だが、なかなか言葉が続かない。

 これから良くない結果を話さなければならない。その思いが医師から言葉を奪っていく。


「構わない……話して、くれ」


 その先を進めたのは、本人であるヨルゲンだった。どうしたものかと戸惑っていた医師にスレッドが軽く首を縦に振り、話を先に進める。


「…………左腕は筋肉・神経・骨、全てがボロボロで完全に修復することは不可能です。おそらく二度と動かすことは出来ないでしょう」


「そんな……」


「どうにかならないのか!!」


 どうしようもない結果に納得がいかないジョアン。ついつい医師の胸元を掴みあげ、どうにか出来ないのかと問いただす。

 掴み上げられた医師は慌てて引き下がろうとするが、あまりの力に動くことが出来ない。


「落ち着け、ジョアン」


「落ち着いていられるか!!」


 スレッドがジョアンを羽交い絞めにしながら後ろに下がり、ミズハ達が医師を気遣う。その間をライアが遮るように座っていた。


「いいから落ち着け。暴れるんじゃない」


「くそっ!! …………そうだ!! スレッド、父上を治したあの薬はもうないのか?」


 どうにか抜けだそうとするジョアンは、スレッド達に助けてもらった時のことを思い出し、スレッドから提供された最高級の回復薬「イクセール」が無いかと尋ねた。

 しかし、スレッドは困ったような顔でジョアンの問いに答えた。


「さすがにもう無いな。あれが最後の一つだ」


「そんな…………」


 もうどうしようもない。そう誰もが思っていた。


「……いいのです、ジョアン様。たとえ左腕が無くなろうとも、ジョアン様を護れないわけではありません。ご安心ください」


「ヨルゲン…………」


 悲しみに暮れているジョアンに、ヨルゲンは笑顔で応える。顔には汗を流し、痛みに耐えているのが分かる。

 それでもジョアンを気遣うように振る舞う。


 そんなヨルゲンにジョアンは涙が溢れてきた。


「それに……俺は、諦めていません。必ず、左腕を回復させて見せます」


『…………』


 右手で左腕を触り、決意を表すように右の拳を天井へ向けて掲げる。その姿は重傷を負った怪我人ではなく、輝かしい戦士の姿に見えた。


 誰も何も言えない。ヨルゲンの姿に圧倒され、ただただ見ていることしかできなかった。


 そんな中、スレッドはヨルゲンに近づき、掲げた右手を握った。


「スレッド……後は頼んだ」


「ああ……勝ってきてやるよ」


 拳と拳をつき合わせ、スレッドはヨルゲンに勝利を約束した。



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