第七十一話「準決勝その2」
「あ、スレッド。こっちだ」
準決勝を終えたスレッドは、本日行なわれるもう一つの準決勝を観戦するために観客席にやってきた。
観客席には既にミズハ達が座っていた。どうやらスレッドの戦いからずっとそこにいたようだ。
手を上げてスレッドを呼ぶミズハに近づき、ミズハとブレアの間に開いている席に座った。
その周りには若い男達ばかりが席に座ってスレッドを睨みつける。どうやらミズハ達を目当てに集まってきた男達の様だ。スレッドの登場に男達は落胆し、怒りがスレッドに向かったようだ。
スレッドはそんな男達の視線を無視し、リング上へと視線を向けた。
「もうそろそろか?」
「ああ、ヨルゲンの出番だ」
「相手は強敵」
ぴったりと寄り添うようにスレッドを挟む二人。その距離はいつもより近い。
この大会中、ミズハとブレアはスレッドに対してどう接するのかを話し合っていた。その中で決まったことは、お互いが抜け駆けをしないこと。しかし、それでもチャンスがあれば積極的に進むこと。
二人は恋敵であり、仲間であり、そして友人なのだ。
だからこそのこの距離だ。
「……近くないか?」
「そうか?」
「いつもこの距離」
さすがにスレッドでもこの距離は気になった。顔を多少赤くしながら尋ねた。
スレッドの問いにミズハとブレアは同様に顔を赤くしながら応えた。それでも二人は平静を装うようにして、離れる気はない様だ。
「ほら、そろそろ始まるぞ」
まもなくヨルゲンの試合が始まろうとしていた。
『準決勝二試合目!! バルゼンド帝国の近衛騎士団長。巨大な棍を振り回し、敵を叩き飛ばす。帝国の守護神、ヨルゲン・ブルーニ!!』
『きゃああーー!!』
ヨルゲンが真面目な表情でリング上に現れた途端、若い女性の黄色い声が響く。
容姿端麗でイケメンなヨルゲンは女性に人気がある。帝国内でもかなり人気があり、街を歩けば良く女性に囲まれる。
しかし、男から疎まれていることはない。ヨルゲンは誰にでも優しく、そして誰よりも強い。その強さは力の強さだけではなく、心の強さも兼ね備えている。
男達はぶれることのない強さに憧れている。
『続いて登場したのは、我がリディアの戦士!! これまでの経歴はそれほどではありませんが、それでもここまで勝ち抜いてきた!! 気付いた時には相手を倒している。エリック・シュローダー!!』
「…………」
反対側から男、エリックは生気のない顔で登場した。背中を丸め、陰湿な雰囲気を纏っているその姿に観客は何とも言えない顔をしている。
本来ならここで歓声が聞こえてきそうなものだが、エリックには全く歓声が上がらない。
「よろしく頼む」
「…………」
中央まで近づくと、ヨルゲンはこれから戦う相手と握手するために右手を差し出した。
ヨルゲンは常に戦う相手に敬意を払っている。一回戦から戦う前に握手を交わし、正々堂々と戦うことが騎士であると思っている。
だが、エリックは光りのない目でぼんやりと前を見て、ヨルゲンの握手に応えない。
しばらく手を差し出していたが、応えないエリックに諦め、開始位置についた。
「…………始め!!」
「うおおぉぉ!!」
先に動いたのは、ヨルゲンだった。両手で持った棍を振り上げ、上段から振り下ろす。
誰もが一瞬で勝負がついたと考えた。細身のエリックにヨルゲンの棍を受け止めるだけの力も、回避するためのスピードも無いと。
実際エリックは避けることをせず、その場に立ち尽くしている。
しかし、予想は大きく裏切られた。
ガシ!!
「なっ!?」
エリックはゆっくりと右腕を上に上げ、ヨルゲンの棍をあっさりと受け止めた。その細腕の何処に受け止められるだけの力があるのか。その光景に誰もが呆然としていた。
その中で一番驚いている人物、棍を受け止められたヨルゲンは動きを止めてしまった。まさか片手で受け止められるとは想像もしていなかった。
だからこそ、絶対に作ってはいけない隙を作ってしまった。
「…………」
「うおっ!!」
エリックは無表情のまま、掴んだ棍を立てる様に持ち上げた。我を取り戻したヨルゲンは驚きの声を上げたまま棍ごと持ち上げられた。
持ち上げた棍をヨルゲンごと叩きつぶそうと、腕を地面に向けて振り下ろした。
「むん!!」
しかし、ヨルゲンも負けてはいない。振り下ろされながら体重を掛けて棍を押しこむ。押し込まれたエリックは体勢を崩し、その隙に掴まれている棍を強引に引き剥がした。
ヨルゲンは空中で体勢を整え、続いて攻撃を行なおうとした。
「ッ!!」
だが、攻撃は行なわれなかった。
今度は棍で突きを行なおうとしていたヨルゲンの眼の前には、いつの間にか現れたエリックの姿があった。
咄嗟に防御しようと棍を構えたが、その防御をすり抜けて攻撃がヒットする。エリックは人差し指をヨルゲンの身体に突き立てていく。
「ッ!! ぐああーー!!」
「…………」
一撃一撃のダメージは小さいが、それが積み重なることでダメージも積み重なっていく。その激痛にヨルゲンは声を上げる。
ヨルゲンの叫び声を聞きながらも、エリックは変わることなく無表情だ。機械的に作業をこなしていく。
ドサ!!
しばらくして、ヨルゲンは地面へと落下した。
ヨルゲンの身体は真っ赤に染まり、口から血を吐き出す。かなり危険な状況で、これ以上の戦闘は不可能だろう。
審判はその姿を見て、試合終了を告げようとした。
「勝し…………」
グシャ!! ボキ!!
「――――!?」
大の字に倒れているヨルゲンの左腕を、上から落ちてきたエリックが踏み潰す。筋肉は潰れ、骨は粉々に砕ける。
激痛で声にならない叫びを上げる。最早意識を保っているのがやっとの状態だ。
そんなヨルゲンに向かって更に追撃を加えようとしていた。
「!? 終了だ!! エリック選手を止めろ!!」
ガシ!!
これ以上は危険だと判断し、審判は周りに控えていた男達に止める様に指示した。男達はすぐさま反応し、エリックを取り押さえた。
取り押さえられたエリックは、それでもヨルゲンを攻撃しようとした。だが、屈強な男達数人に抑え込まれては上手く動くことが出来ない。
そこで周りの男達を排除しようと身体を振り回す。
「それ以上暴れるならば、失格もあり得るぞ!!」
「…………」
失格という言葉を聞き、動きが鈍る。どうやら失格になるのは嫌なようだ。
動きが止まったのを確認し、審判は一息吐いてから勝者を宣言した。
「勝者、エリック!!」
『…………』
審判の宣言にも歓声は上がらない。その前の凄惨な光景が観客から言葉を奪っていた。
「…………」
リング上にはすぐさま救護班が駆け付け、怒号が飛び交う。治癒の紋章術が展開され、応急処置が施されていく。
そんな騒がしい中を、エリックは気にすることなくリング上を後にする。その後ろ姿には相手を思いやる気持ちは一切表れない。
波乱に満ちたヨルゲンの準決勝は、残酷な結果が終了した。