第七十話「準決勝」
『ついにここまで来ました、準決勝!! 様々な戦いを乗り越え、勝ち進んだ男達の登場だーー!!』
『うおおおおーーーー!!』
会場は一回戦から更に熱気を帯びていた。
『まずは狂気の戦士、ナイフをこよなく愛し、相手を切り刻む!! 身体中にナイフを仕込み、その姿はまさに人間凶器。ワレリー・ヘールストレーム!!』
アナウンサーの紹介と共に現れたのは、サングラスを掛け、長い髪を剣山の様に立て、真っ黒のコートを着た男だった。コートのあちこちに仕込まれているナイフに光が反射し、触ったら怪我をしそうだ。
「けっけっけ。早く殺らせろ」
『…………』
狂ったように喜びながら歩いてくる。その姿だけでも危険なことが分かる。観客は少々引き気味だ。
『対するは、剛剣のランズを撃破し、現在大注目の冒険者!! その拳で全てを叩きつぶす。スレッド・T・フェルスター!!』
続いてスレッドがリングに姿を現す。ゆっくりと歩きながら対戦相手を観察している。
その姿は何処か疲れているように見える。
「…………大丈夫なのか、あれ?」
どうやら不気味に笑いながらナイフを弄っているワレリーが気になっているようだ。悪い意味で。
強敵ではあるが、どうにもテンションが上がらない。
まもなく準決勝が始まろうとしていた。
二回戦のジャンを撃破したスレッドはその後も順調に勝ち進み、準決勝までやってきた。
これまで数回の戦いがあり、難なく勝利してきた。相性が良かったのか、苦戦することはなかった。
そして本日準決勝が行われる。
VIPルームには各国の要人が観戦しており、その中にはジョアンの姿もあった。
(スレッド、久しぶりだな)
リング上で戦いの準備を整え、ワレリーと向き合っているスレッドを見ながら、ジョアンは軽く微笑みながら心の中で呟いた。
スレッド達がバルゼンド帝国を旅立ってからは会ってはいなかったが、ヨルゲンから大会に参加していることは聞いていた。
一度会って話がしたかったが、次期皇帝としての政務があり、時間を作ることが出来なかった。
嬉しそうに微笑んでいるジョアンにマドックが近づいてきた。
「いかがされましたかな、ジョアン様。気になる選手でもおりましたか?」
「これはマドック殿。いや、どの選手も有望そうで全員が気になっておりますよ」
にこやかに近づいてきたマドックに、当たり障りのない答えを述べる。
ジョアンは正直マドックが好きになれなかった。一見すると穏やかな好々爺の様な人物だが、その瞳の中には暗い野心が見え隠れしている。そして、言い知れぬ嫌悪感をジョアンに抱かせる。
隣国の長老故好意的に接しているが、そうでなければ避けていたい人物だ。
「それはよろしゅうございました。大会の中には我が国の戦士も多数参加しております。是非ご覧になってください」
「ああ、楽しみにさせていただくよ」
恭しく頭を下げて、護衛の兵士を引き連れながらマドックは去っていった。
「…………ふう」
マドックが立ち去ったのを確認し、周りに誰もいないことも確認してから溜息を洩らした。そこには軽い疲労が見えていた。
気を取り直し、リング上へと視線を向ける。今まさに準決勝が始まろうとしていた。
(頑張れ、スレッド)
心の中でスレッドを応援しながら、ジョアンは真剣なまなざしで戦いを観戦していた。
「始め!!」
ダン!!
開始の合図と共に、スレッドは一気に間合いを詰めようと走り出した。
「ひゃっひゃっひゃ!!」
「ッ!?」
ヒュン、ヒュン!!
しかし、ワレリーはそう簡単に近づけようとしない。戦闘服に仕込んでいたとは思えないほどの大量のナイフをスレッドに向けて投擲した。
その量は回避できるほどではなく、一旦停止して打ち落とさなければならない。
「ちっ!!」
急ブレーキをかけて、舌打ちしながらナイフを殴り、蹴り落としていく。
だが、全てを打ち落とせるわけではない。幾つかは身体を掠め、小さいが切り傷を作っていく。
それでもその場を移動することが出来ない。移動するよりも早くワレリーのナイフが飛んでくるのだ。
「刺され!! 刺されーー!!」
「この、狂人が!!」
ぼやきながらもナイフを落としていく。これだけのナイフを投擲しているのだ。必ずどこかで弾切れになるだろう。
その時がチャンスだと、スレッドは侮っていた。
(終わりがあるのか、これ!!)
いくら待っても、ワレリーのナイフが途切れることはない。ワレリーの投げる姿を観察しても、何処からナイフを取り出しているのか分からない。その為、観察だけでは残りのナイフの数が分からない。
狂ったように笑いながら、スレッドを寄せ付けないワレリー。奇声も上げながらナイフを投げまくる姿は、観客さえも引いていた。
このままでは消耗戦だ。スレッドはナイフを落としながら複数の下位紋章を前面に展開させた。
「ウインド!!」
幾つもの風が発生し、混ざり合って強烈な竜巻を生み出す。生み出された竜巻は投擲されたナイフを上空へと巻き上げる。
ナイフが一瞬で消えた様に捲き上がったのを見て、ワレリーは動きを止めた。
そしてスレッドは一瞬の隙を見逃さなかった。
「はっ!!」
「ひゃ!!」
キィン!!
一瞬で間合いをゼロまで詰め、右の拳をワレリーの腹部に叩きこもうとした。
しかし、ダメージを与えることは出来なかった。
スレッドの拳はワレリーの持っていたナイフによって受け止められ、手甲とナイフがぶつかり合う音が響いた。
防御されたことを気にすることなく、次の行動に移る。
右半身が前に出る様な形で身体を回転させ、左脚を踵落としの要領で振り下ろす。
「おっと」
スレッドの左脚は空を切った。ワレリーは瞬時に判断し、ナイフを引いて身体を後方へと移した。
一撃でもヒットすれば、大ダメージは必須だろう。それほどの威力だ。
それでもワレリーは狂った笑いを崩さない。
「もっとだ。もっと俺を楽しませろー!!」
すぐさまナイフを取り出し、スレッドに向かって再び投擲される。
「くっ!!」
ザシュ!!
致命傷になりそうなナイフは弾いたものの、幾つかはスレッドの身体に傷を付けた。小さな傷ではあるが、積み重なれば致命傷になってしまう。
かといって無計画に動くことは出来ない。
(なら!!)
再び紋章を展開する。だが、今度は地面に向けてだ。
ゴウ!!
紋章術によって炎が発生し、熱と衝撃でリングに穴が開いた。破片が空中に飛び散り、砂埃が発生した。
「うひゃ!?」
奇声を上げながら驚くワレリーだが、今度はナイフを投げる手を止めない。次々にナイフを投げていく。
だが、ナイフがスレッドに届くことはなかった。
ナイフは飛び散ったリングの破片に阻まれ、迎撃することなく落ちていく。
砂埃によってリング上は視界がゼロになる。そんな目の前が見えない中を移動し、ワレリーの側面へと近づく。
移動する間、スレッドは全く気配を消すことをしなかった。
「そこかぁ!!」
気配に気づいたワレリーは、すぐさま気配のする方へとナイフを投げた。
「はずれだ」
ナイフはスレッドがいた筈の場所を通り抜け、闘技場の壁に突き刺さった。
スレッドが現れたのは、気配があるはずの場所とは反対の場所だった。
氣を通常以上に纏い、相手にわざと気付かせることによって注意を引く。そして氣をその場に置く様に移動することで相手に錯覚させる。
出来た隙に全力の攻撃を叩きこんだ。
「うらっ!!」
氣を集中させ、紋章を展開させた拳をワレリーに叩きこんだ。
スレッドの拳はワレリーのナイフを弾き、遂に攻撃の届くところまで到達した。
そのまま手を止めることなく、連続で攻撃を繰り出した。一撃一撃が重く、まともにヒットすれば人体を破壊するだろう。
「ひゃっひゃ!!」
それでもワレリーは笑いながら格闘で対抗する。けれど、ワレリーの戦い方はナイフを使用したスタイルだ。格闘術は護衛術程度だ。
余裕があるように見えるが、額には汗が流れている。
「そろそろフィナーレだ」
数か所に攻撃を受け、ワレリーは身体が硬直して動けない。
スレッドは動けないワレリーの腹部に風の紋章を展開させた。これから何が行なわれるのか分からないのに、それでもワレリーは笑っていた。
ブォン!!
紋章に向かって、全力で拳を叩きこんだ。ワレリーは発動した風に包まれるようにしながら、場外へと吹き飛んでいき、壁に激突した。
「ひゃ…………」
ワレリーは呻き声を上げながら気を失った。
すぐさま審判が場外に移動し、ワレリーの状態を確かめる。ワレリーは眼を白くして気を失い、戦闘不能だ。
「勝者、スレッド!!」
『わあああーーーー!!』
「ふう…………」
審判によって勝者が高々と宣言され、歓声が巻き起こる。
スレッドは戦い以上にワレリーの性格に気疲れしたのか、深い溜息をもらしていた。ナイフによるダメージより、精神的なダメージの方が大きかった。
こうして、スレッドの決勝進出が決定した。