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格闘家な紋章術士  作者: 愉快な魔法使い
第四章「武術大会」編
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第六十九話「実験」

 控室までやってきたジャンは、一言も発することなく部屋に入ってきた。

 スレッド達は全く歓迎していなかったが、ジャンは半ば強引に入り込んできたのだ。


 仕方なく入ることを許可し、ミズハとブレアを護るようにスレッドとライアが前に出る。


「で、何の用だ?」


「…………」


 ジャンを睨みつけ、低い声で尋ねる。対するジャンは俯いたまま何もしゃべらない。俯いているので表情も見えない。

 スレッド達が段々と苛立ってきた時、ジャンは動いた。


「…………すまなかった!!」


 床に膝をつき、頭を下げた。所謂土下座だ。

 額を擦り付ける様に頭を下げ、これでもかというほどに謝ってきた。普段のジャンからは想像もできない。


「何に対して謝ってる?」


「……ブレアや君に対する暴言、彼女のことを考えていない賭け。色々と迷惑を掛けた」


 ジャンは真剣にこれまでのことを謝罪していた。

 自分があまりにもゲスな賭けをして、更にはスレッド達に迷惑を掛けていた。昔の仲間とはいえ、あまりにもマナーが悪い。


 とは、思っていなかった。心の中では全く違うことを考えていた。


「本音は?」


「頼む!! 機能を回復させてくれ!!」


 絶対に反省などしていないと考えていたミズハが尋ねると、ジャンは本音を叫んだ。それは心からの叫びだった。


 スレッドによって施された機能停止。今でも感覚はなく、試合後に医師の診断を受けたが、治る気配は全くない。

 このまま死ぬまで男としての尊厳が失われるなど、地獄でしかあり得ない。


 どのような事をしてでも、スレッドに頼み込むしかないのだ。


「…………ブレア、どうする? お前が決めていい」


「…………」


 ある意味で真剣なジャンの姿を見て、スレッドはブレアに判断を任せた。ブレアはジャンの土下座を黙って見つめていた。


(…………こんな男に)


 ジャンの情けない土下座姿を見て、ブレアは情けない気持ちになった。

 これまで秘密を知られていることで、どうしても萎縮してしまった。それがたとえどのような人物であろうとも、忌み嫌われていた自分の力のせいで自信を持つことが出来なかった。


 しかし、そんな萎縮していた男が目の前で情けない姿を晒している。それも男としての自信を無くしてから。


「…………どうでもいい、こんな男」


「…………そうか」


 何か吹っ切れたようなブレアを見ながら、スレッドは少しだけ微笑んだ。その顔は満足そうだ。


「う~~……」


 そんな二人を見ながら、ミズハは頬を膨らませて唸っていた。






 とりあえずジャンの不能を治療し、これ以上スレッド達に関わらないように約束させ、部屋から追い出した。

 不能が治ってからは、泣きながら喜び、感謝の言葉を叫びながら出ていった。


「いいのか、あれ?」


「いい。もう大丈夫だから」


『…………』


 いつも無表情のブレアが微笑んだ。とても柔らかく、綺麗な笑顔だ。スレッドとミズハはついつい無言で見惚れてしまった。


(……どうしてこんなにドキドキしてるんだろう)


 悩みの消えたブレアの綺麗な笑顔を見て、スレッドはドキドキしていた。鼓動が速くなり、ブレアの顔を見ていると顔が熱くなる。

 だが、そのドキドキは嫌なものではなかった。


(強敵になりそうだ……)


 ミズハは焦っていた。

 ブレアの笑顔にスレッドが見惚れ、自分自身もついつい見惚れてしまった。それほどまでにブレアが綺麗になったように感じる。


 ブレアの悩みが無くなったことは喜ばしいことだが、ライバルの前進に心の中で焦りが生じた。


「? どうしたの?」


「いや、なんでもない」


「ブレア、負けないから……」


「??」


「グゥ…………」


 目を逸らすスレッドに決意の表情を浮かべるミズハ。そんな二人にブレアが疑問符を浮かべる中、ライアは気持ちよさそうに寝息を立てていた。






 薄暗い地下。城の隠し階段を降りた先にある部屋に一人の老人が数人の研究者から説明を受けていた。


「こちらが実験体の一つです。間もなく最終段階に入る予定です」


「実戦に使用可能か?」


「可能ではありますが、希望されていた値までは出ません」


 研究者が指示した先には水槽があり、その中には異形の魔物が浮かんでいる。その姿は魔物ではあるものの、何処となく人の形に似ている。

 水槽の中の魔物が実験を繰り返して産み出した研究者達の結果である。


 自信満々に研究者が語る相手は、この国の長老の一人、マドックである。

 マドックは国のお金を横領し、危険な実験を幾つも行なってきた。この地下での実験もその一つだ。


 この実験結果を武術大会で試す予定だ。


「既に本戦出場の数人に例の薬を投与済みです。こちらからの指示でいつでも動かせます」


「……諜報部が動いておる。まだ動かさんでいい」


「了解しました」


 無表情で話す研究者にマドックはしばらく考えた後、今はまだ動くべきではないと判断した。


 現在マドックは危険な実験をしているではないかと目を付けられている。既に国の機関から接触があり、慎重に動かなければならない。

 今無理をして、捕まるわけにはいかない。長年の研究が実ろうとしているのだから。


 少しでも実験の発覚を遅らせなければならない。その為にはタイミングが非常に重要である。


「もうすぐだ。もうすぐで悲願が達成できる」


 水槽を眺めながら、狂気を含んだ笑みを見せる。狂った笑みは見る者を震え上がらせる。

 しかし、その場の誰も動揺しない。なぜなら、彼らも同様に狂っているのだから。


 そこに燕尾服を着た男が近づいてきた。


「マドック様、会議の時間です」


「うむ」


 軽く頷き、研究者達に実験を続ける様に指示した後、地下室を後にした。


 まもなくマドックの願いが叶えられようとしていた。多くの犠牲を払って。



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