第六十八話「二回戦」
「俺の実力を――――」
「悪いが、手加減する気はないぜ」
「ッ!?」
余裕で語り出したジャンの眼の前に、スレッドの姿が現れた。スレッドは一気に間合いを詰め、右の拳に氣を集中させる。
スレッドは時間を掛けるつもりも、手加減をする気もなかった。
この戦いはブレアの為に、必ず勝たなければならない。負ければ、ブレアの身体を差し出さなければならない。
決して負けるわけにはいかない。
(それと同時に、こいつに負けを認めさせないといけない)
一瞬で勝利してしまっては、ジャンは覚えていないと言い張り、負けを認めないかもしれない。こういう男は何かと言い訳がましいことが多い。
スレッドには良く分からなかったが、ミズハとブレアが熱く語っていたから一応理解していた。
瞬間的に現れたスレッドに、ジャンは反応できない。剣を構えたまま身体を硬直させる。
バキン!!
拳をジャンの手に持っている片手剣にぶつける。豪華な装飾のされている片手剣は、スレッドの拳が当ると同時にあっけなく真っ二つに折れた。折れた剣の刃が地面に乾いた音と共に転がっていく。
『…………』
誰もが言葉を失った。
ジャンの剣は誰が見ても、豪華なだけの粗悪品だ。切れ味も悪く、まともに打ち合えるとは思えない。
それでも金属で造られた武器だ。土や木で出来ているわけではない。そう簡単に破壊できるものではない。
だからこそ、目の前の光景が信じられなかった。
「は…………?」
そしてそれはジャンも同様だった。まさかたった一発で自慢の剣が破壊されるとは夢にも思っていなかった。
「呆けてる場合じゃないぞ?」
「うわっ!?」
呆然としているジャンの足を払い、体勢を崩させる。ジャンの身体は宙に浮き、その体制のまま腹部に掌底をぶち込む。
「ぐふ!!」
トレーニングをさぼっていた肉体にその威力は強力すぎて、激しい衝撃と共に軽く意識を無くしそうになる。
掌底で終わりではなかった。素早く移動し、側面から首筋にかけてハイキックを繰り出す。
「ぶっ!!」
ジャンは白目をむき、はっきり言って気絶したとしか思えない。おそらくこれでは簡単に戦いに関することを忘れてしまうだろう。
しかし、それでは意味が無い。
スレッドはそのまま背後に移動し、氣を集中させた掌底を今度は背中に叩きつけた。
「がっ!!」
ジャンの身体に氣を送り込み、強制的に意識を取り戻させる。さすがにこれ以上ダメージを与えては危険なので、意識を取り戻させると同時に身体を活性化させてダメージを軽減させた。
意識を取り戻したジャンはスレッドから距離を取ろうとした。だが、身体に衝撃が走り、動くことが出来ない。
動けないジャンの正面に立ち、構える。
「さて、お前に男としての地獄を味あわせてやる」
「な、何?」
ニヤリと悪役の様に笑うスレッド。まるでこれからいたずらをする子どもの様だ。
そんなスレッドに言い知れない恐怖を感じた。動けないことが更に恐怖を倍増させている。
「これからお前の中に流れる氣の流れを狂わせる。それによって…………お前は男性として機能しなくなる」
『!?』
スレッドの言葉を聞いたジャンと近くにいた審判の顔が歪む。男として機能が無くなるなど、最悪以外の何物でもない。
どうしたってついつい内股になってしまう。
「や、やめろ!!」
「ブレアからのリクエストだ。有り難く受け取れ!!」
慌てて懇願するが、スレッドは聞く耳を持たない。ジャンの身体を観察し、氣の流れを確認する。
そしてジャンの身体に氣を打ち込んだ。
「ぐべっ!!」
打ち込まれた氣は身体中を巡り、ジャンの身体の一部への流れを遮断する。それによって一部に氣が回らなくなり、機能が低下していく。
涙を流しながら、ジャンは自身の男が駄目になっていくのを実感していく。先ほどまであった感覚が喪失する。絶望が頭の中を支配した。
最早泣くしかない。
「う、うう…………何も、感じない」
「…………」
ポン、ポン。
跪くジャンの肩を審判が優しい笑みで叩く。その行為にまた涙が溢れてくる。
「勝者、スレッド!!」
『う、うおおお…………』
勝者が宣言され、男性からの微妙な歓声が上がる。なんとも締まりの悪い決着となった。
「ちゃんと勝ったぞ」
「あ、ああ…………」
「グッジョブ」
控室に戻り、ミズハとブレアに向けて親指を立てる。対するミズハは額に汗を流しながら返事をして、ブレアはスレッドと同じように親指を立てて応えた。
試合前に色々と指導したが、さすがにこれほどの苦痛を与えるとは思っていなかった。ミズハ自身は女性だが、それでも不能になるのは男として厳しいものがあるだろう。
これでどれだけジャンが迫ってきても、何も出来ない。あのような要求をする男に人権などない。ブレアは大変満足していた。
コン、コン。
勝利を喜んでいるところに、扉がノックされる。一回戦の時と同じように、関係者が説明に来たのだろうと思い、扉を開けた。
しかし、やってきたのは関係者ではなかった。
「…………何しに来た」
「…………」
部屋の前にいたのは、神妙な顔をして立ち尽くしているジャンの姿だった。