第五話「拠点」
冒険者としての登録を終え、待合に向かうと、そこには数人の男に囲まれたミズハの姿があった。
「なあ、いいじゃねえか。一緒に飲みに行こうぜ」
「さっきから言っている通り、私は人を待っているんだ」
しつこい男達に辟易しながら、断り続ける。だが、男達は聞く耳を持たない。
ギルド内ではこういった輩が多い。大した実力もないのに、冒険者としての地位を利用して横行を働く者はどこにでもいる。あまりに素行の悪いものは冒険者から除外されるが、ミズハを誘うものは数多く、この程度の男たちならミズハ自身でどうにかできる。
それを知っているギルドの職員は気にすることなく職務を遂行している。
「ミズハ、お待たせ」
「終わったか、スレッド」
手を上げながら近づいていくと、スレッドに気付いたミズハが笑顔で応えてきた。
これまでミズハを誘う人間は数多くいた。スタイルの良い黒髪美人で、更に実力もある。男なら誰でも誘いたくなる。
しかし、ミズハはどのような誘いにも乗らなかった。
そんなミズハが笑顔で男を待っていたのだ。周りの男達にとっては信じられない光景だった。
だからこそ、男共が殺気立たないわけがない。
「なんだ、てめぇ!!」
「今は俺達が話しかけてんだ。引っ込んでろ!!」
男達は殺気を込めた視線を向けられるが、そこらにいる冒険者程度の殺気ではどうということはない。
この程度なら、スレッドが暮らしていた山の魔物の方が数倍は強かった。
威圧が効いていないことに気付いていない男達は、スレッドの周りを囲み始めた。
「約束ならば、俺の方が先だ」
『ッ!!』
対するスレッドも殺気で威嚇する。スレッドの殺気に反応して、ライアも唸り声を上げながら男達を睨む。
それに対して囲んだ男達だけでなく、周りで観戦していた冒険者も反応した。
魔物を狩って生きてきたスレッドの殺気は、かなり異質だった。魔物と戦うことが生活の一部と化していた山の生活は、睨むだけで魔物を退けることが出来る領域まで達していた。
スレッドにとっては、自分が放っている殺気は魔物を軽く追い払う程度にしか思っていなかった。
しかし、絡んできた男達程度ではスレッドの殺気に耐えられなかった。固まったまま喋ることが出来ない。
「さて、行くか」
「あ、ああ」
ミズハもスレッドの殺気に動けずにいたが、殺気を弱められ、慌てて返事を返す。
先ほどまでの殺気で動けない男達の間を抜けて、ギルドを後にする。その後ろ姿を数人の冒険者が興味深そうに見ていた。
「ミズハはもてるんだな?」
「……あまり嬉しい理由ではないけどね」
先ほどまでの勧誘に辟易しているミズハ。
自身の容姿が良いことは自慢するわけではないが自覚している。その容姿に男達が寄ってくることも。
いつもならさっさと立ち去るのだが、スレッドを待っていたため絡まれてしまった。
「すまないな。俺のせいで」
「気にするな。私が勝手に待っていただけだ」
すまなそうに謝るスレッドに、ミズハは苦笑しながら気にしてないと語る。実際待つことを決めたのは自分だ。スレッドのせいではない。
話は終わりと次の話題に進める。
「次は、宿屋かな…………ミズハはどうしてるんだ?」
「私か? 私は一カ月単位で宿と契約しているよ。恰幅のいい女将さんが経営していてね。それなりに良くしてもらっているよ。ただ、ライア等の魔物に関しては……女将さんに聞いてみないと分からないな」
冒険者は基本的に月単位で宿屋に部屋を借りる。クエストなどで長期間街を離れることもあるが、大抵は数日でクエストは終了する。
長期間クエストを始める前などは契約を解消して、戻ってきたときに再び契約したりするのだ。そうすることで少しでもお金を節約する。
ミズハはアーセル王国を中心に活動しており、その中でも首都に近い場所でクエストを受けることが多い。その為、首都に宿を確保し、そこを拠点にクエストに出かけている。
「なるほど……その宿を紹介してもらっても構わないか?」
「構わないよ」
道中幾つかの店を眺め、男達の嫉妬を集めながら宿へと向かった。だが、スレッドはその視線をさほど気にしていなかった。
辿りついた宿は、一階が食堂になっている。食堂は騒がしく、様々な人々の声がいきかっていた。
「おう、ミズハちゃん帰ったのかい?」
「珍しいね。ミズハちゃんが男連れなんて」
宿に入ると、酔っぱらった男達が次々に話しかけてくる。彼らは近くに住んでいる住人で、食事の為にやってきている。
ここでお世話になっているミズハは、食堂にやってくる人たちと顔見知りで、一緒に食事をすることもある。ギルドの冒険者達のような感じではなく、家族のような付き合いができ、気兼ねなく付き合えるのだ。
そんな彼らに挨拶をしながら、ミズハはスレッドとライアを連れて奥へと進む。
「彼は命の恩人さ」
「がっはっは!! そうかそうか。ならこの坊主に感謝しないとな!!」
いつものテンションに横で聞いていたスレッドは戸惑う。
山で暮らしている頃、お酒は殆ど飲まなかった。たまにフォルスと一緒に飲むことはあったが、二人とも酔っぱらうことはなかった。それほど量を飲まなかったこともあるが、二人ともそれなりにお酒に強かった。
だからこそ、本格的な酔っ払いには戸惑ってしまうのだ。
「あまり気にするな。酔っ払いの話は話半分が一番だ」
そう言って、スレッドの腕を取ってカウンターへと歩いていく。腕を取っている姿に、客から更に冷やかしが飛んでくる。
「大人気だね、ミズハ」
「ただいま、リーネさん。食事出来ますか?」
「お帰り。ちょっと待ってな。そこのあんちゃんの分もかい」
「ああ。よろしく頼む。それとこいつの分も頼めるか?」
「ガウ!!」
「はっはっは!! いいよ、いいよ。美味しい肉を用意してあげるよ」
カウンターの奥から出てきた恰幅の良いリーネと呼ばれた女性が、再び奥へと戻って調理を開始した。その奥からは美味しそうな匂いが漂っている。
彼女がこの宿の女将。先代の父親から跡を継ぎ、豪快な性格で宿を続けてきた。カウンターの奥では亭主である料理長が黙々と料理を作っている。彼はリーネとは対照的に、寡黙な職人気質な性格である。
二人は空いているテーブルについて、食事が運ばれてくるのを待つことにした。ライアも嬉しそうに尻尾を振りながら肉が出てくるのを待ち遠しそうにしていた。
「食った、食った」
「……まさかこれほどの食事量とは」
「ガフゥ……」
「ライア……食べすぎだよ」
出てきた大量の料理を平らげ、食後の一息を入れる。
リーネはミズハにサービスをするつもりで、五人前はあるだろう料理が出てきた。二人で食べるにしても量が多すぎる。
ライアに出された肉もライアの身体に納まるとは思えないほどの量があった。
誰もが食べきれないと思っていた。
しかし、食事が始まると、見ている誰もが驚いた。
ミズハが上品に一人前食べるのに対して、スレッドは残り四人前を凄いスピードで食べていく。次々に皿が空いていき、更にはおかわりを頼むほどだ。
ライアは大きな口を開けて、肉をどんどん飲み込んでいく。食べるペースは全く落ちることなく、速攻で食べ終わった。
その食べっぷりに気を良くしたリーネは、サービスと言わんばかりに大盛りになった皿を次々と運んでくる。
「いい食べっぷりだねえ。美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
「とても美味しかったです。ごちそうさまです」
「ワウ、ワウ!!」
嬉しそうに机に積まれた皿を持って奥へと帰っていくリーネ。
しばらく会話も無く、コップに入った水を飲む。
「スレッド、少し相談があるんだが、いいか?」
「ああ、俺に応えられることなら」
真剣な表情で話しかけるミズハに、スレッドも真剣な表情で応えた。食後の昼寝を楽しもうとしていたライアも起き上がってミズハの目を見ていた。
しばらく口を閉ざしたまま向かい合い、ミズハは軽く息を吐きながら言葉を紡いだ。
「私とパーティを組まないか?」