第六十七話「再会」
「久しぶりだな」
「久しぶり、ジョアンは元気か?」
廊下から移動して、笑顔で握手を交わす。久しぶりの再会にスレッド達は喜んだ。
「ああ、明後日には観戦の為にこちらにお越しになられる。スレッド殿達がいると分かれば、お会いしたというだろうが、お忙しい方だからな。どうなるやら……」
「次期皇帝は大変だな」
会えるかどうか分からないほど忙しいジョアンに、苦笑が漏れる。
バルゼンド帝国の皇子であるジョアン。今では次期皇帝として様々な行事に出席している。
今回も武術大会を観戦するためにリディア共和国に訪問する予定になっている。
「で、ヨルゲンは大会に?」
「ああ、招待という形で参加している。二回戦にも勝ち進んだ」
ヨルゲンはバルゼンド帝国の近衛騎士団長だ。その実力も高く、各国でも有名だ。招待されてもおかしくないほどの実力者である。
予選も難なく通過し、一回戦も危なげなく勝ち進んだ。
「なら、戦う可能性もあるな」
「おう、その時は手加減なしだ」
互いにニヤリと笑い、拳を合わせる。二人ともに楽しそうだ。
以前は途中で戦闘を中断させた。不完全燃焼な結末に互い不満があった。だからこそ、ルールがある戦いとはいえ、互いに満足いくまで戦えるのだ。
実に楽しみだった。二人以外は呆れていたが。
「それより、君たちはあのジャン・フラウと知り合いなのか?」
挨拶を終えたスレッド達は世間話をしていたが、ヨルゲンが先ほどまで険悪な雰囲気だったジャンのことを聞いてきた。どうやらスレッド達と話しているのを見ていたようだ。
ジャンの名前が出たことによって、スレッド達全員が嫌そうな表情を浮かべた。ライアでさえ軽く唸っている。
「知り合いというか…………ちょっとな」
「あんな男、知り合いだと思われるのも癪だ」
「…………」
「ガウ!!」
複雑な表情を浮かべるスレッドに苦々しい顔で憤るミズハ、沈んだ雰囲気を醸し出すブレア、そして憤慨を表すように吠えるライア。
全員がジャンに良い感情を抱いていなかった。
「ヨルゲンはあいつを知っているのか?」
「知っているというか…………噂程度だ。それも悪い方の」
聞かれたヨルゲンも齧り聞いた噂を思い出して、表情を歪めた。なかなか公平な男であるヨルゲンにしては珍しいことだ。
「見た目は好青年で、女性には優しく、人気がある。だが、裏ではあくどい商売をして、ギルドからも目を付けられているらしい」
その後も噂話は続いた。
金に五月蠅く、報酬に難癖を付け、依頼者を脅したことは数知れず。同業者である冒険者を脅して、依頼の品を奪ったこともあるらしい。
だが、全てが噂でしかなく、実際には証拠らしい証拠が出てこない。証言者は数多くいるが、証言だけではなかなか有罪にするのは難しい様だ。
更には女性ファンが多く、そういったファンからの圧力もジャンの増長に拍車をかけている。
「悪いことは言わない。あの男とは縁を切った方がいい」
「…………切れるものなら、直ぐにでも切るんだがね」
真顔で忠告するヨルゲンに両手を上げて、肩を竦めるしかない。
不思議そうにしているヨルゲンに、ブレアの許可を貰い、賭けの話を説明した。話が進むにつれて、ヨルゲンは怒りを露わにしていく。
「奴め、不埒な真似を!!」
「落ち着け」
拳を握りしめ、今にもジャンを殴りに行きそうな様子のヨルゲン。さすがにこれを放っておけない。スレッドは肩を掴んで押し止める。
「……ありがとう、怒ってくれて」
「なんの、貴方達は我が国の恩人。もし我々に出来ることがあれば、遠慮なくおっしゃってください」
スレッド達のおかげでバルゼンド帝国は、軍事国家になるところを防止することが出来た。もし元宰相ブッシャルが権力を押さえていれば、国が崩壊していたかもしれない。
いつかは恩返しがしたいと思っていた。
「報酬は貰った。それほど気にすることじゃないよ」
「いや、あの程度で借りを返せたとは思っていない。ジョアン様には頼れないが、俺の部隊ならいくらでも使ってくれ」
「そこまでするほどじゃない…………あの程度なら問題ないさ」
以前や先ほどのジャンの動きから、スレッドはジャンが大したことが無いと判断した。
戦ってみないと分からないが、それでも苦戦する様な相手には見えない。
「まあ、見ててくれ」
『さあ、次に行ってみましょう!! 次なる戦いは見事一回戦で優勝候補を撃破したスレッド・T・フェルスター!! 現在絶賛で注目が集まっております!!』
『うおおおお!!』
アナウンサーの説明と共に姿を見せたスレッドに、観客は歓声を上げる。そのほとんどが男性の様だ。
その声に軽く手を上げ、ゆっくりと歩いていく。
『対するは、女性に大人気の冒険者、ジャン・フラウ!! 黄色い声援は個人的には少しだけムカつきます!!』
『キャアーー!! ジャン様ーー!!』
『ブーーーー!!』
反対側から登場したジャンの姿に、女性の黄色い声が、男性のブーイングが会場に響く。女性の声援にジャンは手を上げて応えていく。男性の声は一切聞こえていないようだ。
二人がリングの中央までやってくる。
「ふん、良く逃げずにやってきたな」
「逃げる理由が見当たらないからな」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるジャン。そんなジャンの態度を柳の様に受け流す。その程度で反応していてはきりがない。
「すぐに終わらせてやるよ」
視線をスレッドの後方、観客席側に移す。そこにはスレッドを応援するミズハとブレアの姿があった。
どうやら勝った後のことを考えているようだ。顔がだらしなく弛んでいた。
「そうだな、すぐに終わらせてやるよ。お前の負けで」
真剣な表情で、スレッドは構えに入った。
今でもジャンが強い様には見えない。適当に一発を入れれば、吹っ飛びそうな感じだ。
だが、スレッドは手を抜くつもりは毛頭ない。勝たなければならない。だからこそ、最初から全力で叩きのめす。
後で文句を言わせないほどの実力を見せつけるつもりだ。
「それでは、試合を始めます。お互い、位置について」
審判の声に二人は構える。スレッドは拳を胸の前で構え、ジャンは鞘から抜いた片手剣を構える。
緊張感が高まる。女性の歓声も鳴りをひそめ、静寂が闘技場内を支配する。誰もが始まりを期待して息を飲む。
そして、審判の右手が振り下ろされた。
「始め!!」