第六十五話「一回戦」
『さあ、本日最終戦。背中に背負いし大剣で全てを薙ぎ払い、叩きつぶす。剛剣のランズ・フレイスの登場だーー!!』
「…………」
『わあーーーー!!』
アナウンスと共にリングに登場した大男、ランズ・フレイスの姿が現れると同時に歓声が湧きあがる。
ランズはしっかりと前を見据え、ゆっくりと中央へ進んでいく。
厳つい顔に鋭い眼光。身体中を覆う銀色の鎧が相手を威圧し、背中に背負った大剣は相手を後退させるほどの迫力がある。
『ギルドランクAの冒険者だが、実力はランクSではないかと噂されるほどの実力者。その巨体から放たれる攻撃はドラゴンまで真っ二つにするとまで言われています!!』
アナウンサーの説明も熱くなる。それほどまでにランズの人気は高い。
『対するは、無名の冒険者、スレッド・T・フェルスター!! 果たしてどこまで追いすがることが出来るのか!?』
(負けること前提、か)
かなり雑な説明にスレッドは肩を落としながらリングに登場する。
確かにスレッドは無名の冒険者だ。これまで色々な活躍をしてきたが、世間一般には広まっていない。スレッド自身もギルドを通して情報を隠蔽しているが、ここまで言われる筋合いはない。
せめて勝てる可能性がある事も言ってほしかった。
スレッドとランズはリングの中央で向き合った。二人の間には審判が立っている。
戦いが始まろうとしていた。
リディア共和国の武術大会本戦は、予選で選ばれた参加者がくじを引き、トーナメント方式で行なわれる。
くじの順番は基本的に予選番号順で決定し、特例は認められない。
その為、どれだけギルドランクが高くとも、地位が高くても、有利に働くことはない。逆に無名な選手がシードに選ばれることもある。
トーナメントは二つのブロックに分かれている。それぞれのトーナメントを勝ち抜き、各ブロックの優勝者が決勝を行う。
本戦初日は一回戦が行われ、スレッドは一回戦の中でも最後の試合となった。
「それではこれより試合を始めます。本戦からは自身の武器を使用しても構いませんが、相手を死亡させては失格となります」
「了解だ」
「分かった」
試合を始める前に審判から注意が言い渡された。
審判が言ったように、本戦からは刃を潰していない自分の武器を使用することが出来る。たとえそれが飛び道具であっても、自分の武器だと言い張れば使うことが出来る。
但し、相手を死亡させてはいけない。
「降参もしくは相手が気絶、リングから落ちても試合終了です。私が危険だと判断した場合も終了となります…………それでは、準備はよろしいですか?」
相手を睨みつけ、既に臨戦態勢の二人。そんな二人から少し離れる様に、審判が一歩後ろへと下がった。
観客たちも今か今かと、固唾を飲んで見守っている。そんな観客の誰もがランズの勝利を確信していた。
(なら…………期待は裏切らないとな)
その場の雰囲気で、誰もがランズを応援していると分かる。中にはスレッドを応援する者もいるだろうが、ごく少数だ。
ならば、そんな期待は裏切ってやる。そんな意気込みを胸に、スレッドは軽く笑みを作る。
「む…………」
スレッドの笑みに、ランズは怪訝な表情をするも、直ぐにスレッドと同様に笑みを作った。
大抵の者は、ランズの威圧的な姿を向き合うと、表情を引き攣らせ、身体を硬直させる。動きは悪くなり、まともな勝負が出来る者は少ない。
しかし、目の前の男は自分との戦いを楽しもうとしている。これは久々に本気を出せそうだ。
審判が右手を上げた。静かなリングの中で、その動きがとても目立った。
「…………始め!!」
右手が下に降ろされると同時に、試合が開始した。
「ふっ!!」
ランズの動きは早くないだろうと判断し、スレッドはフェイントを入れることなく真正面から突っ込んだ。
右の拳に力を込め、ランズの顔面目掛けて突き出す。
「甘い!!」
「ッ!?」
動きが遅いと思っていたランズは、その巨体からは想像できないほどの動きを見せた。重心をずらして横に回避する。
拳は空を切り、スレッドは体勢を崩す。そこに大剣が上段から振り下ろされる。重力に従って落ちてくる巨大な鉄の塊がスレッドに迫る。
「うおおぉぉ!!」
雄叫びを上げながら、ランズは腕に力を入れる。
「ちっ!!」
迫りくる大剣を見ながら、スレッドは焦ることなく足の裏に紋章を展開させる。
ドン!!
足元が爆発し、後方へと吹っ飛ぶ。一気に視界が広がり、目の前ではランズが大剣を振り下ろしている姿が見える。
ガン!!
「なっ!?」
ランズの大剣がリングに直撃すると、あまりの威力にリングに罅が入る。衝撃がリングに伝わり、リング全体が揺れる。
たったの一合だが、ランズの実力が分かる。
「俺の剛剣を初見で避けるとは。なかなかやるな」
「あんたのこの威力もすげえな」
攻撃を止め、笑顔で会話を始める。
攻撃は当っていないが、今の一合で互いの実力が分かる。だからこそ、二人は嬉しそうに笑う。
十分に笑い合い、睨みあう。
「では、そろそろ行くぞ」
「ああ、こちらも全力お相手するぜ」
スレッドとランズは同時に動き出した。
リングでスレッドが戦っている姿をミズハとブレアは周りの観客席で応援していた。
本来ならミラ達への調査が残っているが、仲間が戦っているのを観戦したいというブレアの願いにミズハは苦笑しながらも了承した。ミズハ自身も観戦したかったのもあるが。
「あ、危ない!!」
「そこは危険」
「ワウゥ……」
まるで自分のことのように身体を動かしながら叫ぶ二人に、ライアは息を吐きながら首を振る。戦っているスレッド以上に興奮している二人に呆れていた。
リングに視線を戻すと、スレッドが連続で攻撃を繰り出していた。
ステップを踏み、左右へ移動する。テンポ良く身体を揺らし、そのスピードをどんどん速くなる。最初は目で追えていたが、徐々に追えなくなってくる。
ランズは落ち着いて大剣を肩に担ぎ、重心を落とした。一撃にかける様に力を集中させる。
目で追わなくなったのを確認し、突撃する準備を進める。氣を手足に集中し、相手の急所を観察する。
そして、その勢いのまま反動を付けて攻撃を開始した。
「はっ!!」
「ぐっ!?」
一瞬で五発の攻撃を繰り出す。その全てが急所に直撃し、魔物の攻撃も平気で受け止める強靭な肉体がグラついた。鎧を着ているにも関わらず顔を苦痛に歪め、集中していた力が抜けていく。
「なんの、これしき!!」
再び力を入れ、目を見開く。筋肉が盛り上がり、今にも爆発しそうだ。
「うおおおお!!」
これまでで最速の攻撃が振り下ろされる。スレッドを潰すかのような攻撃は、当たることはなかった。
「…………なかなかいい攻撃だ。だけど、一歩及ばなかったな」
拳に氣を集中させ、そこに紋章を展開させる。威力を調整し、相手を吹き飛ばすほどに抑える。本気で放てば、おそらくランズの上半身が吹き飛ぶだろう。
ドン!!
「ふんっ!!」
「はいぃ!?」
拳は確かにランズの腹に直撃した。爆発するように弾け、鎧を着けていても衝撃で吹き飛ばされてしまう…………はずだ。
しかし、ランズは衝撃を気合いで受け止め、その場に踏みとどまった。
「今度はこちらから――――ッ!?」
カラン、カラン。
振り下ろした大剣を振り上げようとしたランズだったが、大剣が上がることはなかった。
身体中から力が抜け、膝をつく。衝撃は確かにランズにダメージを与えていたようだ。
「…………参った。俺の負けだ」
「勝者、スレッド・T・フェルスター!!」
『う、うおおぉぉ!!』
これ以上は戦えない。そう判断したランズが降参を宣言し、審判が勝者の名を大きく叫ぶ。
勝者が決まり、観客が湧きたつ。耳をつんざく様な歓声が会場内に響いた。
膝をついて未だに動けないランズに近づいたスレッドが右手を差し出した。
「大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫だ。すまない」
ランズはしっかりとスレッドの手を握り、勢いよく引っ張り上げられた。少しよろめいたものの、足に力を入れて立ち上がる。
「参ったよ。まさか俺が負けるとはな」
「参ったのは俺もだ。まさか最後のアレを気合いで受け止めるとは思わなかった」
戦いを終えた二人が笑い合う。そこに悔しさはあっても、恨みはなかった。
全力で戦い合った者だけが分かる何かがあった。
「俺の分まで頑張ってくれ」
「勿論」
ランズの思いを受け取るように、スレッドは握手を交わした。
こうしてスレッドの一回戦は終了した。