第六十四話「信用」
「これで…………最後っと」
「ぐはっ!!」
『番号2345番!! スレッド・T・フェルスター、予選通過!!』
最後の一人が倒されると同時に、スレッドの予選通過が会場内にアナウンスされた。
森へと入っていったスレッドは、隠れている参加者一人一人の氣を感知し、居場所を探った。居場所を把握し、気配を消して背後から近づく。
参加者はスレッドに気付くことなく、静かに意識を狩り取られていく。そして次に気が付くのは大会終了後であった。
それを何回か繰り返し、スレッドは参加者全員を気絶させた。
戦闘の様子を紋章術の応用で監視していた大会関係者は、最後の一人が倒されると同時に予選終了を宣言した。
本来ならしっかりと自分達の眼で確認すべきなのだろうが、以前に戦闘終了後に不正を行ない、予選通過を偽った者がいる。その為、戦闘終了と同時に宣言することが義務付けられた。
「スレッドさんですね。こちらへどうぞ」
最初の広場に戻ってくると、関係者がスレッドを案内していく。
案内された場所で腕輪を預け、控えていた紋章術師が腕輪に紋章を刻み込んでいく。簡単な紋章とはいえ、時間が掛かる。その間に説明に入った。
「これより腕輪に加工を施します。その腕輪が本戦出場の証になりますので、決して無くさないでください。以前腕輪を奪われ、本戦に参加できなかった出場者もいます」
紋章が刻まれ、腕輪は銀色から蒼色に変化した。この腕輪が本戦出場の証になる。
「本戦ですが、これから一週間後に行なわれる予定となっています。後日改めて手紙で通知させていただきますが、覚えておいてください」
救護班が怪我人などを全員馬車に収容し、作業員が闘技場を整備していく。しばらくすると片付けが終わり、帰宅準備が整った。
「これより街に戻りますので、こちらの馬車にお乗りください」
「……他の奴とは違うみたいだが?」
指示された馬車には関係者が数人乗り込み、他の参加者は乗っていなかった。どうやらスレッドだけは違う馬車の様だ。
「本戦出場者と敗者を一緒にして、いざこざを起こされても困りますからね。勝者は別としても、敗者が耐えられませんよ」
「なるほど……」
訳を聞き、納得する。
勝者と敗者を一緒にすれば、敗者が勝者に対して妬みを生み、馬車の中で戦闘を開始してしまったことがある。その際には中にいた全員が大怪我をして、死亡した者までいた。
その為、現在では勝者と敗者を分けて乗せることになっていた。
「では、参りましょう」
こうして、スレッドの予選は無事に終了した。
カーン!!
『かんぱーい!!』
「ワウ!!」
予選が無事に終わり、本戦出場を祝って食事を取っていた。
酒場はいつも通り冒険者で賑わっていた。テーブルは全て満席で、あちらこちらで酔っ払いの大声が聞こえる。
中にはウェイトレスにセクハラし、殴られて気絶していく。あまりにいい殴りっぷりに声援が飛ぶ。
そんな酒場の隅、以前と同じテーブルにスレッドたちは座っていた。テーブルには多くの料理が並び、スレッドの本選出場を祝う。
「おめでとう。スレッドなら大丈夫と信じていたよ」
「さすがスレッド……もぐもぐ」
「ガウ!!」
「ん、ありがとな。もぐもぐ。まあ、もぐもぐ、本番はこれからだからな。もぐもぐ」
次々と料理がスレッドとブレアの胃袋におさまっていく。その光景がもう見慣れたミズハは、タイミングよく注文を繰り返す。
ライアの皿には、次の肉が運ばれていた。嬉しそうに尻尾を振りながら噛り付く。
「ゴク、ゴク、ゴク…………ふう、それでどうだった?」
「いろんな伝を使って調べてみたが、一応は彼女の言うことは本当のようだ。長老の一人に黒い噂が絶えないようだ」
「監視者の話もあった。正確な情報じゃないけど、確かに存在した」
声を少し落とし、ミズハとブレアの調査報告を受ける。
まずはミズハの報告。冒険者のネットワークを使ってリディア共和国についての情報を収集した。
どうやらミラが言っていた長老の一人マドックに良くない噂が絶えないようだ。実態を把握することはできなかったが、城で勤めている兵士の間でもマドックの執務室から怪しげな音がするという情報が流れている。
それ以外にも資金の流れがおかしいという情報もある。
次にブレアの報告。住民や情報屋から聞き込みし、ミラの言っていた監視者について調べた。
住民や情報屋に話を聞いてみると、リディア共和国には国を守る機関が存在し、裏で暗躍していると噂されている。中にはその存在に恐れを抱き、姿を見てしまっただけで秘密裏に消されると思っている者さえいた。
「あれは危ない……」
「……うちの部隊はそこまで危険なもんじゃないよ」
真面目な顔で危険を訴えるブレアに、静かに近づいてきたミラが呆れたように口を挟む。
「本選出場おめでとう。順調なようだね」
「まあな。勝たなきゃいけない理由が他にもあるからな」
ミラは祝いの言葉を送りながら、スレッドの正面に座った。その瞬間にミズハとブレアの鋭い視線がミラに注がれた。
そんな視線をものともせずに、ミラはニヤリと笑いながら話を進めた。
「どうやら色々調べているようだね」
「…………ああ。悪かったな、嗅ぎ回ったりして」
「いや、当たり前の行動だね。むしろあっさりと信用するような奴は、逆に信用できないね」
感心したように頷くミラ。どうやら本気で感心しているようだ。
依頼を受けるからには、下調べは当たり前だ。裏が無いか、危険が無いかを確認し、依頼人についても調べる。
冒険者なら誰もが行なっていることだ。
「勿論こちらも調べているさ。だからこそ信用しているよ」
依頼する側であるミラもスレッド達について調べていた。部下を使い、ギルドなども利用して調査する。
「あんたたちの能力についても、調べてあるよ」
『ッ!?』
ミラの発言を聞き、三人は殺気を込めてミラを睨みつけた。今にもミラを攻撃しそうな雰囲気だ。
一見すると平静な表情で座っているミラだが、顔は微妙に引き攣っている。それほどまでの殺気である。
「あ、安心してくれ。情報収集はあたい自ら行なった。情報を知っているのはあたいだけだ。資料も既に破棄している。だから……殺気を抑えてくれないか」
うろたえながら、ミラはなんとか言葉を紡ぐ。気を抜くと意識を失いそうだ。
スレッド達に何かを感じたミラは、彼らのことを調べるのに部下を使わなかった。ミラ自身が情報収集を行ない、知り得た事実に驚愕した。
「…………情報を流したら…………分かってるな?」
「ああ…………」
真剣な表情で頷くミラを確認し、三人は殺気を抑えた。息を吐くミラと同時に、周りにいた客も緊張感から解放された。
何の話かは分かっていなかったが、周りの客もスレッド達の殺気に息を飲んでいたようだ。
「それでも、あたいはあんた達を信用して依頼したんだ。信用してもらえれば嬉しいね」
笑みを浮かべながら、ミラは手を差し出した。
差し出された手を見つめながら考える。彼女が信用に値するかを。
所属は特殊で、裏の情報を扱っている。会ってからの時間も短く、信用できるかなど分からない。
だが、スレッドはミラの手を握った。力を込めて。
「信用するかはこれからの態度次第だ」
「今はそれで良いさ」