第六十二話「予選会場」
「参加者の皆さんは予選会場に向かってくださーい」
コロシアムに到着すると、参加者は全員くじを引かされた。くじには数字が書かれており、その数字によって予選の組み合わせが決定する。
今回の大会では4321人が参加する。それを約百人ずつに分けて、43の予選を行なう。各組から一人を選び、選ばれた43人で本戦を争うのだ。
スレッドが引いた番号は23番。23番の予選会場は郊外の闘技場で行なわれることになっている。
大会の関係者に説明を受けたスレッドは、郊外の闘技場までの馬車で移動することとなった。
「こちらになります。少々手狭ですが、我慢してください」
爽やかな好青年が馬車まで案内し、馬車に乗るように指示する。その馬車には多くの男達が乗っている。
どうやらこれに乗らないといけないらしい。
(……こりゃあ、到着するまでに疲れそうだ)
「くくく、やってやるぜ!!」
「キリキザンデヤル!!」
「血だ。血が俺を呼んでいる!!」
「…………おいおい」
参加者たちのあまりの変態ぶりに、若干腰が引けるスレッドだった。
スレッド達が予選を行なう闘技場は、森の中に広場を造り、境界線を引いた簡素なものである。
元々はそれなりに整備され、観客席なども設置されていた闘技場だったが、一年に一度の使用で設備が縮小されたり、自然による風化により老朽化したりしていった。
さすがに一年に一度しか使用しない闘技場に資金を投入し続けるわけにはいかない。そこで簡単に整備できるような闘技場へと造りかえられたのだ。
「では受付で参加証を提示して、闘技場内へ進んでください。武器は刃を潰した物をこちらでご用意しています。必要な方は受け取りに来てください」
事前に渡された腕輪を提示し、名前と自分を証明するための物を提示する。
スレッドの場合は冒険者である為、ギルドカードを提示する。ギルドカードは紋章で偽造できないようになっているので、信用度が高い。
スレッドは今回手甲を使用しない為、スムーズに確認が終了した。
無事に確認を終え、スレッドは闘技場内へと移動した。内とはいっても、少しの移動だが。
(…………癖者ぞろいだが、実力が高い奴はいないみたいだな)
馬車の中でも感じたことであるが、あまりにも危ない感じの奴が多いが、スレッドに匹敵しそうな強さを持った者はいないように感じられた。
単に実力を隠している可能性もあるが、それでも何かしら感じられるだろう。
そうこうしていると、確認を終えた最後の参加者が闘技場内へと移動し、全員を見渡せる小高い場所に大会関係者が立った。
「それでは、これより予選を行ないます!!」
大声を張り上げた監督者が参加者の注目を集める。これから予選内容が伝えられるようだ。
誰も次の言葉に注目した。
「予選の内容ですが、この闘技場内でのバトルロワイヤルです。気絶もしくは腕輪の破壊が勝利条件になります。相手を殺害した場合は失格となりますのでお気を付けください」
予選に内容が説明され、誰もが殺気立つ。周りにいる誰もが敵になるのだ。今から戦闘態勢だ。
「予選開始はこれから十分後。それまでは自由に動いていただいて結構。但し、開始までに戦闘を行なった者は、どちらに過失があろうと両者失格とします」
予選開始までは自由時間となる。その時間内に待ち伏せしたり、罠を仕掛けたりと各々の行動は様々だ。
中にはその場から全く動かず、開始と同時に戦闘を行なおうとする者もいる。
スレッドも特に待ち伏せたり、罠を仕掛けたりする気が無いので、その場に開始を待った。
「よっ……ほっ……」
手足を動かし、簡単に身体をほぐす。今回は紋章術を使うつもりはないので、身体の中で氣を循環させ、身体を強化する。
周りの敵に意識を集中して、いつでも戦えるように整える。
(さっさと終わらせるか……)
今の時点でも実力者がいる様な気配は感じられない。周りの奴らほどの実力なら、さほど時間は掛からないだろう。
予選開始まで後少し。
スレッドが予選会場に到着した頃。
調査を開始する前に食事にしようと、ミズハとブレアはライアを連れてオープンテラスのあるカフェにやってきていた。
そこでブレアの事情について話していた。
「なるほど……そういうことか」
「黙ってて、ごめん」
納得した顔のミズハに、ブレアが申し訳なさそうに謝る。
二人はブレアの問題について話していた。
既にブレアの力については知っていたが、以前の仲間と揉めていたことは知らなかった。ブレアにしても話していないことに罪悪感はあったが、なかなか話すことが出来なかった。
「しょうがないさ。なかなか気軽に話せる内容じゃない」
「……ありがとう」
ミズハの笑顔を見て、ブレアも笑顔になる。変わらず接してくれる事がとても嬉しかった。
「ブレアの眼は私の力の様なものだ。その程度で変わる絆じゃないさ」
「……うん!!」
目に涙を溜めながら、ブレアは大きく頷いた。
「ワウ、ワウ!!」
「ライアもありがとう」
ブレアに近づき、ブレアを肯定するように吠えるライアにお礼と共に頭を撫でる。ライアは気持ちよさそうに目を細めた。
話が途切れると同時に、ウェイトレスが飲み物を持ってきた。テーブルにグラスが置かれ、ライア用の水が床に置かれた。ライアは勢いよく水を飲み始めた。
「ところで、話は変わるが……その……」
「??」
珍しく歯切れの悪いミズハに、ブレアはコップに入ったジュースを飲みながら首を傾げた。
しばらく黙って見つめていると、決意が出来たミズハが真っ直ぐブレアを見据えて言葉を発した。
「……ブレアは、その……スレッドをどう思っているんだ?」
「ぶっ!?」
思ってもみなかった質問に、ブレアは飲んでいたジュースを少し吹きこぼしてしまった。いつも冷静沈着なブレアにしては珍しい。
「だ、大丈夫か!?」
「……大丈夫。ちょっとビックリしただけ」
ウェイトレスに拭く物を貰い、テーブルを掃除する。さすがに動揺が隠せないのか、ブレアの手は少しだけ震えていた。
テーブルを拭き終わり、多少は落ち着いたブレアはコップを置いてミズハの質問に答えた。
「…………少しだけ、気になってる。でも、この気持ちが何なのか良く分からない」
「そっか……」
嬉しそうな表情を見せるブレアを見ながら、ミズハは微妙な顔をする。
これまでのスレッドの態度を見て、言葉を聞き、ブレアの中には小さな何かが生まれていた。温かく、それでいて胸が苦しくなるような何かだった。
しかし、それが何に属するのか、経験の少ないブレアには分からなかった。
そんなブレアを見て、ミズハの心の中では様々な感情が渦巻いていた。
『…………』
「ハフウ…………」
それからしばらく、二人の間に会話が無かった。そんな二人の気持ちを知らずに、ライアは気持ちよさそうに机の下で眠っていた