第六十一話「顔合わせ」
宿に戻ったスレッド達は、武術大会に関しての話し合いをしていた。
「…………と、いうわけで優勝しなければならないようだ」
「…………なんというか」
「…………ごめんなさい」
スレッドの説明にミズハは苦笑し、ブレアは再びスレッドに対して謝っていた。
ミラからの依頼は突飛も無いものだった。
「あたい達は、抑止力さ」
「抑止力?」
「この国のお偉方が不正や反逆を起こさないように監視し、未然に防ぐ。それがあたい達の仕事だ」
裏路地から移動したスレッドとミラは郊外にある諜報部の隠れ家でテーブルを挟んで話しあっていた。
ミラは諜報部に所属し、国を監視する役を負っている。
ある時は国の金を横領した男の証拠を集め、それを元に告発する。またある時はクーデターを未然に防いだりと、国を監視して国の崩壊を防いでいる。
部隊の人間は普段違う部署に所属し、必要な時にのみ密かに召集される。だが、ミラだけは諜報部であることを公表している。そうすることでミラに注目を集め、その裏で部下達が暗躍する。
基本的に諜報部は非公式の部隊とされている。国民にはその存在を知らされておらず、それ故彼女らは「国の監視役」と噂されている。
ミラが連れていた部下はそれぞれの部署に戻り、ここにはスレッドとミラの二人だけだ。
「つまり、こうして俺と話していることも気付かれている、と」
「ああ。だけど大丈夫さ。これから頼むことは話を聞かれなければ問題ないよ」
部下が飲み物を運んできて、一息ついてから依頼の内容を話し始めた。
「現在長老の一人であるマドック・マルチェロが危険な実験を繰り返しているという情報を掴んでね。でもなかなか尻尾を出さない。そこで大会を利用し、マドックの証拠を掴むつもりさ」
ミラの説明では、リディア共和国の長老が怪しい実験を繰り返し、国に不利益をもたらすのではと見ているという。
そこでミラ達の出番だ。不正を調べ、事件を未然に防ぐのだ。
「君は大会参加者だ。私と君が会ったとしても、彼らは私が大会に関して調べているものと思う」
「…………そんなに簡単にいくか?」
「まあ大丈夫さ。今のところ彼らは実験に目を向けているからね」
大丈夫かと尋ねるスレッドに、ミラは笑いながら応える。その軽さにスレッドとしても不安を覚える。
「それで、俺にどうしろと?」
「私達は大会を利用してマドックの執務室に侵入し、証拠を集める。そこで、君には大会に参加し、長老推薦の選手に勝って欲しい」
「? どういうことだ?」
長老が推薦した選手に勝つ。それがミラの依頼だった。
確かに戦いなのだから勝たなければ意味が無い。スレッドも勿論優勝を狙うつもりだ。
「優勝者を出した部族には多額の予算が計上される。マドックはその予算を使用して、更に実験を進めようとしている。今回あたい達が証拠を見つけられない時の保険として、君には推薦者を倒してほしいんだ」
「……それなら俺じゃなくてもいいんじゃないか? もっと可能性がある奴もいるだろう?」
今回の大会にはスレッドに匹敵する冒険者や部族の強者も参加する。不確定なスレッドよりも確実な人間を選んだほうがいい。
だが、ミラの考えは違っていた。
「部族の人間では駄目だ。他の部族の人間では欲に釣られて裏切ってしまうことがある。そうならない為に部外者の方がいいのさ。他の冒険者でもいいんだけど、最初に眼を付けたのがあんただったから、ね」
妖艶な笑みで誘うように話すミラ。だが、スレッドにはあまり効かなかったようだ。
「……別にそこまで内部事情を話さなくてもよかったんじゃないか?」
「依頼をするなら、信頼を勝ち取らないとな」
推薦者に勝つ為ならば、ここまでの事情を話す必要はない。むしろ話が漏れないように重要な話はしない方がいい。
それでもミラはスレッドに教えた。それは信頼を勝ち取る為だ。
「詳しい話はまた今度。今は準備で忙しいんだ」
「次もここか?」
「……いや、あんた達が泊まっている宿にいかせてもらうよ」
そう言って立ち上がると、ミラは食事の代金を払い、酒場を出ていった。
「――――ということらしい」
「…………色々言いたいことはあるが、迂闊すぎだスレッド」
人差し指で額を押さえ、スレッドの不注意さに苦言を呈す。色々と請け負い過ぎだ。
ただでさえカグラ家の推薦ということで、周りの冒険者から目を付けられているだろう。妨害などはないだろうが、嫌みを言われるかもしれない。
まあ、スレッドなら気にしないだろうが。
それに加えてブレアとの賭けにミラからの依頼。実際には大会に参加し、特定の選手に勝つことだが、組み合わせによっては決勝までいかなければならない。
スレッドの実力ならば問題ないだろうが、色々と背負い過ぎだ。
「まあ、何とかなるさ」
「そう簡単な事じゃないんだ、スレッド」
軽い感じのスレッドに対して、ミズハは難しい顔をする。ミズハはミラからの依頼を聞いてからは更に難しい顔をしていた。
二クラスの推薦やブレアの賭けはさほど問題じゃない。問題はミラの依頼だ。
「そのミラという女の言っていることが正しいのかも分からないし、簡単に受ける依頼じゃない」
ミラが国の監視をしているというのが正しいのかどうか、はっきりとしていないのだ。彼女が犯罪者で、スレッドを利用していないとか限らない。
「…………すまん」
ミズハの説明を聞き、自分が本当に迂闊なことをしてしまったと落ち込むスレッド。その姿を見ていたミズハとブレアは母性本能をくすぐられ、少しだけ胸がキュンとなってしまった。
「受けてしまったものは仕方ない。とりあえず私とブレアでスレッドが大会に参加している間に色々調べてみよう。もし彼女の言っていることが嘘なら、その時に考えよう」
「頑張る」
ミズハもブレアも、スレッドに押し付けたような形だ。スレッドの迂闊さに呆れつつも、どうにかするために行動することを決める。
「…………」
「どうした、ライア?」
それまでお腹一杯で床に寝そべっていたライアが目を覚まし、入口の扉に近づく。扉の前に立つと、外を注意するように睨みつけていた。
どうしたのかと三人が扉に注意を向けると、扉がノックされた。
コン、コン。
「…………誰だ?」
「あたいだよ。話の続きをしに来たよ」
部屋の前から聞こえてきた声は、ミラの声だった。
「さて、話の続きだが…………あんたもやるね。二人も囲うなんてね」
「何を勘違いしているのか分からんが、彼女たちは俺の仲間だ」
ニヤニヤ笑いながらミラがスレッドを冷やかす。さすがにスレッドも憤慨するように憮然と答えた。
スレッドの怒りを軽く受け流し、ミラはミズハ達の方を向く。
「あたいの名前はミラ。スレッドから聞いてると思うけど、今回の武術大会であたい達はこの国をひっくり返す。よろしく頼むよ」
「…………よろしく」
「…………お願いします」
不敵な笑みで挨拶するミラとは対照的に、ミズハとブレアは軽く睨むように挨拶を交わす。
なぜ彼女達がミラを睨んでいるのか。
それはミラがスレッドの直ぐ近くに立っているからだ。なぜスレッドの近くに立っているからといって怒りが生まれるのか。二人は自分の気持ちが何なのか分かっていないが、なんとなくもやもやしていた。
「それで、何を話し合うんだ? 俺は大会に勝ち進むだけでいいのだろう?」
そんな雰囲気を読むことなく、スレッドは話を進める。
ミラは睨むミズハとブレアを微笑ましく眺めていたが、スレッドの言葉に笑みを濃くした。
「報酬に関してさ。依頼するからには報酬に関してもしっかり決めないとね」
「そうは言っても…………殆ど何もしない様なものだ。報酬を貰うほどじゃないぞ」
「いや、スレッド。ここはキッチリ払ってもらおう」
「お金は大事」
断ろうとするスレッドに、ミズハとブレアは報酬を貰うべきと主張する。そこにはかなりの力強さが感じられた。
あまりの勢いにスレッドは少しだけたじろいてしまった。
「出来ればお金は勘弁してもらいたい。部隊に支給される資金は少ないからね。なんなら、身体で払っても構わないよ」
ミラはしな垂れかかるようにスレッドの頬を優しく撫でた。その仕草はとても妖艶に見えた。
『ゴホン!!』
咳払いを聞いて、ミラは両手を上げてスレッドから離れた。だが、余裕の笑みは崩していない。
しかし、ミラの額には一筋の汗が流れていた。
「冗談だよ。そんなに睨まないでおくれよ」
『…………』
未だに両手を上げているミラをミズハとブレアは睨む。本日一番睨みが効いていた。
二人の胸には淡い思いが生まれていた。気付かないほどの小ささだが、確かに二人の胸にあった。
だが、それが愛情なのか、それとも友愛なのか。判断するにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
「ふふ、今回はお金にしておくよ」
「依頼は今回だけだ」
「次はない」
「…………一体、何なんだ?」
「ワフゥ…………」
未だに雰囲気が読めないスレッドに、ライアが珍しく溜息をついた。呆れる様に顔を横に振っていた。