第六十話「元パーティ」
突然のスレッド登場に、周りで眺めていた人々も驚きを隠せない。それほどまでに突然だった。
「なっ!! なんだ、てめえは!!」
「俺か? 俺はブレアの仲間だ」
男はいきなり自分の腕を掴まれたことに驚いた後、自分の邪魔をしたスレッドに怒鳴りつけた。更には殺気まで放って威圧する。
だが、その男程度の殺気でスレッドが怯むわけがない。さらりと受け流し、男の質問に答えた。
「それで、俺の仲間に何の用なんだ?」
「……ふん、お前もこの女に騙された奴みたいだな」
威圧が効いていないことに気付き、多少は冷静さを取り戻した男は、スレッドを可哀想な奴を見る様な眼で見ていた。
男にしてみれば、スレッドはブレアの力について知らないと考えていた。ブレアはこれまで力を使うことを忌避しており、たとえ仲間になったからといって簡単に明かせるわけがないと。
しかし、男の考えは直ぐに覆された。
「『アレ』について言っているのなら、そいつは間違いだ。俺達は知ってるよ。で、それがどうした?」
「ワウ!!」
「はあ!! お前、本気で言ってるのか!?」
ブレアの眼について知っていることを明かし、それを肯定する。スレッドに追従するようにライアも男に向かって吠えた。
何を言っているんだ、この男は。そんな態度が一人と一匹から感じられる。
対する男は、信じられないものを見ているような気分だった。
ブレアの力『魔女の眼』は呪いの象徴だ。その昔、『魔女の眼』であるという理由だけで、次々と女性が殺された。今では問答無用で殺されることはないが、それでも人々から避けられ、迫害されている。
そんな不吉な眼を『それがどうした』で済ませたのだ。男からしたら正気の沙汰とは思えない。
「どんな力を持っていようと、ブレアはブレアだ。その程度を気にしているようでは、仲間とはいえない」
「!?」
スレッドの言葉に、ブレアは泣きそうな表情をする。その顔には微かに嬉しさを滲ませていた。
これまで多くの人と旅や冒険をしてきた。中には恋人寸前までの仲になった者もいた。誰もが暖かく受け入れてくれた。
だが、皆ブレアの眼のことを知ると、途端に態度を変えた。中には仲間だと言ってくれた者もいたが、それでも態度は何処かよそよそしくなった。
自分には本当の仲間は出来ない。ブレアはスレッド達に会うまで何処かで諦めの気持ちを持っていた。
バルゼンドで秘密を明かしてから、スレッド達に対してもどうしても不安が付き纏っていた。言葉や態度では大丈夫でも、心の中ではどうなのか。
しかし、スレッドの今の言葉には、偽りの気持ちは一切感じられなかった。
スレッドはブレアの全てを受け入れてくれている。それがとても嬉しかった。
「ガウゥ……」
「……大丈夫。ありがとう」
心配そうにすり寄るライアに笑顔で応える。その笑みはとても柔らかかった。
「ちっ!!」
自分の言葉に揺さぶられないスレッドに男は苛立つ。優位に立てるはずだったのに。
なんとか主導権を奪おうと視線をめぐらすと、スレッドの左手首に付けられている腕輪に気が付いた。
「へえ、お前も大会に出場するのか?」
「…………それがどうした?」
「なに、ちょっとした賭けをしないか?」
「賭け?」
再びにやけた笑みを浮かべて、男はスレッドに賭けを持ちかけてきた。
「そう、どちらが大会で良い成績を取るかどうか。賭けの対象は――――ブレアだ」
「はあ?」
賭けの対象はブレアだという男の言葉に驚きを隠せない。何を言っているんだとついつい男の顔を見つめてしまう。
「そいつの力は確かに脅威だが、なかなかいい女ではあるからな。一晩やらせてくれればいい」
「何を言って――――」
「分かった」
食って掛かろうとするスレッドの後ろから、ブレアが賭けを了承してしまう。慌てて振り向くが、確かな決意が見えるブレアに言葉が出てこなかった。
「いいんだな? 今更取り消しても遅いぞ?」
「問題ない。絶対スレッドが勝つ」
スレッドが口を挟む間もないまま、話は進んでいった。
「いいか!! 首を洗って待ってろよ!!」
如何にもな捨て台詞を吐きながら、男は去っていった。その後ろ姿は雑魚キャラの様な雰囲気があった。
とりあえず賭けの対象はブレアということになった。スレッドが負ければ、ブレアが一晩男に好きにされる。スレッドが勝てば、ブレアの眼のことを口外せず、これからブレアに近づかないことを約束した。
最初は賭けが割に合わないと言ったが、ブレアがこれで良いと賭けが成立してしまった。
スレッドなら大丈夫だと。
「どうしてあんな賭けを受けたんだ?」
「……ごめんなさい」
呆れたように尋ねるスレッドに、ブレアは俯いたまま謝った。
申し訳なく思っていた。今回のことはスレッドには全くの無関係だ。それなのに巻き込むように自分が了承してしまった。
「……まあいっか。あんな野郎に負けるつもりもないしな」
気にしても仕方ない、とでも言うように肩をすくめて苦笑した。その瞬間に場の緊張感がほぐされた。
「ありがとう、スレッド……」
「気にすんな……勝たなきゃいけない理由が一つ増えたところで問題ない」
「??」
スレッドの言葉に疑問符を浮かべるが、スレッドは苦笑するだけで説明しない。どうやら後で全員に説明するつもりだろう。
そこで、スレッドははたっと気が付いた。
「……あいつ、名乗らずに行きやがった」
「あっ…………」
男が名前を言わずに去っていったことに、いまさらながらに気が付いた二人だった。