第五十八話「謎の女性」
「スレッド様ですね。では、こちらに必要事項をご記入ください」
参加することを決めたスレッド達は、武術大会が行なわれるコロシアムまでやってきた。
街の中央にあるコロシアムは百年以上前からある建物で、これまで武術大会は全てここで行なわれてきた。
普段は兵士の訓練に使われるが、武術大会の時期になると当日まで使用禁止となる。現在は中で大会用に整備され、入口付近には受付が設置されている。
受付に二クラスの名前を伝え、スレッドの参加を申し込む。すると直ぐに話が通り、受付の女性は書類を出してきた。
「こちらが誓約書になります。大会中に死亡しても、自己責任になります。よろしければ、こちらにお名前をご記入ください」
「……これでいいか?」
「……はい、大丈夫です。これで手続きは終了です」
書類全てに記入し、受付嬢に渡す。書類を受け取った受付嬢は書類を棚に納め、違う書類を取り出した。それらを広げながら、受付嬢は説明を行なっていく。
「まずは予選について説明いたします。予選は約百人のグループに分け、その中で本戦への切符を争ってもらいます。方法は予選当日にお知らせします」
リディア共和国の武術大会は年々参加者の数を増やし、今では千を超える参加がある。今年は過去最高の参加者をあり、その数は4321人。
その全てを観戦するには時間が掛かり過ぎる。その為、本戦前に数日かけて予選が行なわれている。
予選の内容は毎年変わる。グループで分かれた参加者全員でバトルロワイヤルや指定された物を時間内に用意するなど様々だ。
「本戦へは何人参加できるんだ?」
「本戦出場者の数は毎年変わりますが、今年は43人を予定しております。そこからはトーナメント方式に変わります」
予選を勝ち抜くと、そこからは抽選でトーナメント表が作成され、優勝を争う。ここから観戦をすることが出来る。
組によっては強者が集まり、組によっては強者が全く集まらない。毎年何かしらの波乱が捲き起る。
「武器の使用に関しては、予選では刃を潰した武器のみ使用可能です。本戦ではご自身の武器を使用することが出来ます。スレッド様は素手ですので、問題ありませんね」
「紋章術に関しては?」
「紋章術は下位の紋章のみ使用可能です。上位以上のものは使用不可です」
武術大会では相手を降参させることが勝利条件で、相手を死亡させると失格となる。
その為武器は刃を潰した物だけが使用できる。だが、決勝となると要人なども観戦するため、潰した武器では見た目が悪い。迫力を出すためには本物を使うしかない。
また、上位の紋章術は周囲に被害を生じさせる。観戦している者を傷つけないように下位の紋章だけが許可されているのだ。
「最後にこちらをお渡しします」
そう言って受付嬢が差し出したのは、銀色の腕輪だった。独特の細工が施されているが、特殊な効果があるものではない。
綺麗な腕輪ではあるが、それ以外には単なる腕輪でしかない。
「これは?」
「こちらが参加証の代わりとなります。大会中は対象のお店でご提示いただくと、様々なサービスを受けることが出来ます」
大会参加者には様々な特典がある。例えば、宿屋で腕輪を提示すると宿泊代が割引される。また、武具店で提示すれば、消耗品などのサービスが付いてくる。
「万が一腕輪を無くされますと、大会に参加することが出来なくなりますのでご注意ください」
リディアの武術大会は各国の要人なども観戦に訪れる。その為本戦に出場するだけで注目される。中には幾つもの勧誘を受ける者もいる。
大会に参加できない犯罪者などは、参加者の腕輪を奪って参加する。そして騎士団などに勧誘され、契約金だけを受け取って姿をくらます。
事態を重くみたリディア共和国は、参加に関するルールを強化した。腕輪を無くした参加者は大会に出場できない。更に腕輪を持っていても登録されていない者は参加することが出来ない。
「それでは、頑張ってください」
「ありがとう」
こうして大会参加の申し込みを終え、スレッド達はコロシアムを後にした。
コロシアムを出たスレッド達は、これからどうするかを話し合っていた。
「たまには別々に回ってみないか?」
「……うん、たまにはいいんじゃないか」
「面白そう」
「ワウ!!」
スレッドの別々に街を見て回る提案に、ミズハ達も賛成する。街に着いてから全員で一緒だったが、それぞれ好きに見て回ることはなかった。
たまには自分のペースで見て回るのも悪くない。
「それじゃあ、暗くなる前に宿に戻ること」
集合場所と大体の時間を決め、スレッド達はその場で解散した。
「…………」
ミズハ達と分かれたスレッドは、ゆっくりと街中を歩いていた。
途中の露店で串焼きを買い、食べながら歩く。
道の脇に並ぶ商品をぼんやりと眺める。アーセル王国やバルゼンド帝国とは違い、リディア共和国は民族製品が多い。独特な衣装や装飾品があちらこちらで売られている。
いつものスレッドなら、物珍しさにフラフラと商品を見て回っているだろう。場合によっては色々と買い漁っているはずだ。
だが、今は珍しい商品に意識を向けていない。
「…………ふーん」
何かに向けて意識を集中する。それと同時にわざと隙を見せる。
しかし、スレッドにも周りにも変化は見えない。
スレッドは気にすることなく歩を進める。そして、角を曲がって裏路地に入っていった。
「…………」
裏路地に入ると、スレッドは再び隙を見せる。すると、今度は周りに変化が生じた。
「へへっ」
「いいカモが来たぜ」
武器を持った男達がスレッドの周りを囲む。どうやらスレッドから金目のものを奪おうとしているようだ。
「はあ…………」
溜息を吐きながら、スレッドは男達と対峙する。程度の知れたチンピラだが、このまま大人しくやられるつもりもないし、男達も何もせずに返すわけがない。
面倒だが、戦うしかない。
「また、面倒事か……」
顔を歪めながら、スレッドは男達をのしていった。
パンパン。
手を叩き、気絶している男達を見下ろす。あまりにも雑魚過ぎて、戦いは数分で終わってしまった。
ぼんやりと男達を眺めていたが、スレッドは早々に興味を失った。
「……そろそろ出てきたらどうなんだ?」
スレッドは裏路地の奥へと向けて問いかける。そこを見ても、何も無いように見える。
だが、スレッドは路地裏の奥に警戒をしていた。いつでも襲われても動ける様、適度な力を身体に入れる。
パチ、パチ、パチ。
問いに応える様に、奥から拍手が聞こえてきた。スレッドを褒め称えているような拍手だった。
「やっぱり、あたいの見込んだ通りだったね」
聞こえてきたのは、女の声だった。
徐々に姿が見えてきた。髪は長く、リディア共和国特有の民族衣装を纏っている。肌は色濃く、オリエンタルな魅力が感じられる。
だが、一番スレッドの眼を引いたのは、意志の強い瞳だった。
「一つ、依頼を受けてくれないかい?」
「……またか」
デジャヴを感じながら、スレッドは肩を落とした。