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格闘家な紋章術士  作者: 愉快な魔法使い
第三章「結婚騒動」編
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第五十五話「結末」

 ミズハ達が到着した後、スレッドは涙を拭いてテオの巨体を森の奥へと運んだ。


 ドラゴン種属の身体からは様々な素材を剥ぎ取ることが出来る。その素材はかなり貴重で、手に入れることがかなり困難なため、どの国でも高値で取引される。牙の一つで平民が数年過ごしていけるほどだ。

 冒険者にとっては武器の素材として使用できるため、特に重宝されている。


 だからこそ、素材を掠め取ろうする輩は後を絶たない。


 友であるテオの身体を傷つけさせたくないスレッドは、森の奥に埋めることに決めた。


 爪の一つを形見の品として剥ぎ取り、重力の紋章術で巨体を運んでいく。その光景を見ていたミズハは、その場の処理をブレアとライアに頼み、スレッドの後ろをついていった。


「…………」


「…………」


 二人の間には会話は全くなかった。だが、その空気は嫌なものではなかった。


 森の奥の開けた場所に辿り着く。スレッドはテオの巨体を置き、広場の中央へと進んだ。中央でしゃがみ込み、紋章を展開する。


 地面に土の紋章、拳に重力の紋章を展開し、拳を地面に叩きつけた。


 ズドン!!


 瞬間、凄まじい音と共に砂埃が舞い、地面に巨大なクレーターが出来上がった。その大きさはテオの巨体を一回り大きくしたほどの大きさだった。

 出来上がる光景を見ていたミズハは、ポカーンと口を開いて呆然としていた。


 スレッドは淡々と作業を続けていた。テオをクレーターの中に納め、その上に土の紋章術で封印を施した。更に紋章術を重ね掛けし、無理矢理掘り起こそうとすれば盗掘者を攻撃する罠を仕掛けておく。


 本当ならこの上に墓となる石を置きたいところだが、それを置けば目印になってしまう。


 そしてスレッドはその場で黙祷し、テオの魂を見送った。その隣ではミズハも黙祷を捧げていた。






 スレッドとミズハが黙祷を捧げている頃。


 ブレアとライア、兵士たちがアドニスと黒ずくめの男達を捕えていた。実際にはアドニス達は動ける様な状態ではなかった為、捕えると言うほどの労力入らなかったが。


 彼らは参加者を殺害した罪に問われている。殺害現場をヴィンセンテが目撃しており、ここに来るまでに見付かった参加者の遺体にあった傷と、彼らの持っていた武器から判断して、彼らの犯行であることは明白だった。


 黒ずくめの男達は痛みで呻いているものの、意識は正常であった。


 だが、アドニスに関しては意味不明な言葉を発し、正常な状態ではなかった。


「……スレッド、やり過ぎ」


「ワウ♪」


 アドニス達を見ながら、ブレアは呆れたように呟いた。その横でライアが主人のやり過ぎを誇っていた。






 その後、正式な調査団が派遣され、事件の全容解明に乗り出した。


 死亡した貴族を確認し、生き残った者から聞き取り調査が行なわれた。数日間に及ぶ調査から、事件の首謀者はアドニス・ブルムダーク、実行犯は彼の家臣団であるとして、彼らは首都モルゼンに送られる。そこで裁判が行われ、刑が執行される。おそらく死刑、または無期懲役として一生刑務所で過ごすだろうと言われている。


 この事件に対して二クラスにも罪を問うべきだという声もあった。娘の結婚相手を探すための選考会で事件が起き、多くの死傷者を出したのだ。しかし、罰則はなかった

 選考会自体は事前に国へと通告しており、下調べもしっかりしていた。首謀者はアドニスであり、選考会の最中にドラゴンが現れるなど誰も予想できなかった。


 また、スレッドが行なったアドニス達への傷害に関しては、無罪と判断された。過剰ではあったものの、アドニス達の行ないを鑑みるに致し方なかったと。


 そして、事件の真相であるアースドラゴンについては、幾つかの真実を隠すことになった。


 アースドラゴンは現れたものの、スレッドの奮闘の末に撃退することが出来た。その後森へと帰っていき、何処に逃げていったのかは定かではない。


 目撃者には口止めをして、事件を終わらせた。






 最後にミズハの結婚相手を決める選考試験。

 結局誰もグランドビルドを倒すことが出来ず、『黒耀の宝玉』を手に入れることが出来なかった。


 アドニスによる候補者の殺害という事件。更にはアースドラゴンという天災級の魔物が出現したこともあり、あの状況では候補者たちにはどうにも出来なかっただろうという判断から、選考は白紙に戻されることとなった。


 この結果に、ミズハは大喜び、ニクラスは地面に手をついて悔しがり、その二人をリアナは呆れたように眺めていた。


 大喜びするミズハを見て、悲しみに包まれていたスレッドの心にも微かにだがほっこりした気持ちになった。


 そして、結婚話が無くなった事を聞いて、今まで感じたことのない様な気持ちが胸の中で生まれていた。だが、スレッドにはその気持ちがどういったものか、はっきりとはまだ分からなかった。






 事件収束から一週間。

 スレッド達は旅の支度を整え、カグラ家の正門にいた。


「ミズハちゃーん…………もう行くのかい」


 その場には、旅に出る側のスレッドにミズハ、ブレア、ライアがおり、見送る側のニクラスにリアナ、カグラ家の執事やメイドがいた。


 ニクラスは泣きながらミズハに抱き着き、他の全員が呆れたようにニクラスを見つめていた。


「あなた、みっともないですよ」


「うぇーん、もう少しいればいいじゃないか」


「はあー……」


 話を聞かない夫に溜息が洩れる。仕方なくメイドから特殊な素材で作られたハリセンを受け取った。

 更には『血の紅』の力でハリセンを燃え上がらせた。


 それを振り上げ――――


 ゴン!!


 あり得ない音がニクラスの頭から響いた。髪が炎によって少し燃え、煙が立ち上る。


「ミズハ、身体には気をつけなさいね」


「あ、はい。それは大丈夫だけど……その、父上は……」


「大丈夫ですよ。いつものことです」


 ニコニコ笑みを浮かべているリアナとは対照的に、ニクラスは口から泡を吹きながら地面に倒れている。徐々に髪の毛が燃えていく。


 さすがに心配になったミズハだが、リアナは全く問題ないといつも通りだ。


「スレッドさん、ブレアさん。ミズハをよろしくお願いしますね」


「あ、はい」


「お任せ。計画はバッチリ」


 何やら意味ありげなサインを送り合うブレアとリアナ。スレッドとミズハは疑問符を浮かべながら不思議がっていた。






「では、行ってきます」


 別れを惜しみながらも、三人と一匹は出発した。

 とりあえず首都を目指して歩きだす。


 実はニクラスに馬車を用意してもらっていたが、あまりにも豪華過ぎて断った。その為次の街まで歩いて行くことになった。

 荷物は最小限に纏め、舗装された道を歩いて行く。


「それで、これから何処に向かうんだ?」


「そうだな……今まで行ったことない所に行ってみたいな」


 これから何処を目指すかを話し合う。

 三人共に今まで行ったことのない場所に行くことだけは決定していた。未開の土地ではないが、これまで色々あり過ぎて、初めての場所で久しぶりにゆっくりしたかった。


「リディア共和国はどう? 今なら武術大会が行なわれてる」


「…………面白そうだな。行ってみるか」


 こうして次の目的地が決まった。三人はアーセル王国とバルゼンド帝国の西方に位置するリディア共和国。

 そこで行なわれる武術大会を観戦する為にスレッド達は西へ向かって歩き出した。


 この時点ではまだ、次に巻き込まれる問題について誰も予想していなかった。






 スレッド達がブルデンスを出発してしばらくした頃。


 ウィールドの森の奥、テオが埋められた場所にローブの人物が現れた。全身をローブで纏い、性別は分からない。しかし、人間でないことだけは気配で分かる。


 ローブの中から手を出し、テオが埋められている地面に向けた。


「…………」


「無粋ですな」


「ッ!?」


 何かをしようとしていたところで、声が掛けられる。声のする方に視線を向けると、森の奥からゆっくりと歩いてくるセバスの姿があった。


 セバスはいつもの燕尾服に隙のない動きで近づいてくる。その顔には笑顔が浮かんでいる。


「そこには心優しき獣が眠っております。それを暴こうなど、あまりにも無粋です」


「貴様は…………カイザー!!」


「懐かしい名前ですが、今の私はセバスですよ」


 ローブの奥から男の声が聞こえてくる。その声は驚きに満ちていた。

 対するセバスは昔の名前を言われ、懐かしそうに目を細める。脳裏には昔の記憶が蘇っていた。


 しばらく昔を思い返していたセバスは、先ほどまでの笑顔から一変した。鋭くローブの男を睨みつけ、いつでも動ける様に身体に力を入れる。


「彼に何かするなら、まずは私が相手をいたしましょう」


「…………ふん、今の貴様に何が出来る?」


 睨みつけるセバスをあざ笑うローブの男。男の知っているセバスならば警戒しなければならないが、年老いた今のセバスは警戒する価値もない。


 そう思っていると、セバスはふっと笑みをこぼし、全身から覇気を放つ。


「ッ!? ……どうやらまだ衰えてはいないようだな」


「どうされますか?」


「…………ここは一旦引くとしよう」


 以前と変わらぬ覇気の強さに、ローブの男はその身を翻す。空に飛び上がり、空中に空間の歪みを作り出す。


 歪んだ空間に入ろうとした瞬間、ローブの男は振り返った。


「覚えておけ。この世界は必ずあの方の物になる」


「……人間はそれほど弱くも、愚かでもありませんよ」


 セバスの言葉に反応することなく、ローブの男は歪みの中へと消えていった。そして次第に歪みは元に戻る。


「…………」


 歪みが戻るのをセバスはじっと静かに見つめていた。誰もいなくなったのを確認し、セバスは屋敷へと戻っていった。



 ……第四章へ続く


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