第五十三話「友」
「…………ん」
どのくらいの時間が経過したのか。地面に倒れていたスレッドは意識を取り戻した。
「……多少は回復したか」
目を覚まして、直ぐに身体の状態を確認する。
まず合体紋章の後遺症が無いかを確認する。感じる限りでは多少の痛みはあるものの、動けないほどではない。後数時間もすれば完全に回復するだろう。
対する魔力は、かなり消費していた。限界を超えて合体紋章を使用し、最終的には意識まで無くしたのだ。眠ったことで生命維持に必要な分は回復したが、戦闘が行なえるほどの力は残っていない。
「ワウ…………」
「お前も大丈夫か、ライア」
身体を起こすと、スレッドの傍にライアが横になっている。意識はあるが、身体の動きは悪い。まだまだ完全ではないようだ。
スレッドは意識を体内へと向け、氣を循環させていく。それだけでも少しは変わってくる。氣が突然増えるわけではないが、全身に万遍なく循環させることで自然治癒力を高めているのだ。
ついでにライアの氣も循環させ、治癒力を高めていく。
「さて、これからどうするか……」
一応気を失わせたが、いつ目が覚めるか分からない。だが、スレッドもライアも今は全く動けない。
どうしたものかと考えていると、声が聞こえてきた。
《ようやく目覚めたか、人間にその使い魔》
「っ!?」
頭に響く様な声にスレッドは慌てて振り返った。ライアも振り返るが、まともな警戒をすることが出来ない。
それでも視線だけは声がする方へと向けた。
そこには、スレッドとライアを見下ろしているアースドラゴンの姿だった。
時は少し遡る。
スレッド達が意識を失っている時、ミズハにブレア、護衛の兵士と精鋭部隊がウィールドの森に向かっていた。
派遣された人数は予定されていたものより小規模になっていた。
当初は人数分用意する予定だったワイバーンが集まらず、時間がなかった為に集まったワイバーン分だけで向かうことになった。
残りの兵士は徒歩で森に向かっている。大型の紋章武器を持ち出し、アースドラゴンに備える。
色々予定通りにいかなかったが、それでもなんとか進んでいく。
「…………」
移動中は誰も喋らない。その心の中には様々な思いが渦巻いていた。
(スレッド、無事でいてくれ!!)
ミズハはじっと前方を見ながら、拳を強く握りしめていた。
自分が彼に頼まなければ、こんなことにならなかった。自分でどうにかすべきではなかったか。
ミズハはそんなことばかり考えていた。
「大丈夫」
「ブレア……」
「スレッドが負けるわけない。信じよう」
「……ありがとう」
ちょうどいい感じに力の抜けたミズハを見て、ブレアは微かに笑顔を浮かべる。つられてミズハも笑顔になっていた。
仲間の存在にミズハは心が安心していた。
ワイバーンに乗った精鋭部隊は間もなく目的地に到着しようとしていた。
スレッドとライアはアースドラゴンと向かい合い、語り合っていた。
《すまなかったな。我を忘れていたとはいえ、人間に攻撃してしまうとは》
「構わんよ。確かに大変だったが、いい経験になった」
「ワウ、ワウ♪」
起きた瞬間に臨戦態勢に移ろうとしたスレッドとライアに対して、アースドラゴンは言葉を掛けて誤解を解いた。
アースドラゴンが言うには、森の奥でひっそりと暮らしていた。そこに突然人間の血の匂いがして、なぜかそれに反応してしまった。
いつもであれば、あれほど我を忘れはしないが、なぜか今回に限っては怒りが頂点に達してしまった。アースドラゴンとしても不思議がっていた。
誤解を解いた両者は、意外にも楽しそうに語り合っていた。
《そう言ってもらえるならば有り難い。お礼に我が名を預けよう。我の名はテオ》
「俺の名はスレッド。こいつは俺の相棒、ライア。よろしくな」
「ワウ!!」
スレッド達は笑顔で自己紹介を始めた。
そこからは様々な話を始めた。お互いがそうそう話を出来る様な種族ではなく、気になることは色々あった。
スレッドとライアのこれまでの旅の話。長い間生きてきたテオの歴史を感じさせるような話。大いに語り合った。
そこには人間や魔物といった種族の壁は感じられなかった。
《わっはっは!!》
「はっはっは!!」
「ワゥン♪」
スレッドの失敗話に大笑いし、
「へえ~、千年も生きてるんだ」
《千年と言っても、途中から数えなくなったからな。正確な年齢は分からん》
テオの話に感心したりなど、一人と二匹の話は大いに盛り上がった。
話し始めてから一時間。二人はお互いを呼び捨てにするほどの関係になっていた。
《……楽しいな》
「……ああ」
ふっと会話が途切れる。だが、それは決して嫌なものではなかった。
静かな空間が流れていく。風に揺れる木々の音や遠くで聞こえる鳥の声。ゆったりとした雰囲気が心地よかった。
「さて、そろそろ行かないと皆が心配するな」
《そうか……》
名残惜しそうにしながら、そろそろ別れの時であると一人と二匹は分かっていた。
たとえテオ自身が友好的で、人間を襲うことはしないと言っても、現実はそう簡単にはいかない。
人間は圧倒的強者に恐怖し、それが襲わないものであると分かってもどうにかせずにはいられない。このままここでスレッド以外の人間がやってくれば、軍隊によって討伐が行なわれるだろう。
それ以前にスレッド自身が助けを呼んでいる。そして、その助けはそろそろやって来るだろうと考えていた。
彼らがテオを見れば、必ず敵対してしまう。そうなっては簡単に止めることが出来ない。
その前に一人と二匹は別れなければならなかった。
「また会おうぜ、友よ」
《……我を友と呼んでくれるか?》
驚きの声をもって疑問を問いかける。スレッドは笑顔でそれに答える。
「当り前だろう。たとえ時間が短くとも、名を交わし、語り合った。種族は違えど、俺達はもう友達だろう?」
《うむ!!》
スレッドとテオは嬉しそうに頷く。そこに種族の違いなど関係なかった。
ズドン!!
「――――え?」
スレッドが拳を突き出し、テオがそれに前足を合わせようとした瞬間、紅い槍がスレッドの横を通り過ぎ、テオの身体を貫いた。