第五十一話「増援」
「アースドラゴンだと!?」
部屋の中に怒号が飛んだ。その場にいる者達からざわめきが聞こえる。
そこはカグラ家の応接室である。部屋の中にいるのは、ニクラスにリアナ、ミズハ、ブレア、ヴィンセンテ、それに街の警備責任者であるヴァレリ・セルジが椅子に座っている。
誰もが顔を強張らせている。いつも無表情なブレアでさえも顔の表情が硬い。
それほどまでにアースドラゴンという存在は人々を動揺させた。地震や雷の様な天災が街に近づいているのだ。
不安になるのは仕方がない。
「はい、現在はフェルスター殿が足止めしております。直ぐに救援を送っていただきたい」
かなりの強行軍で街まで戻ったことでの疲労や一人で戻らなければならない罪悪感からヴィンセンテの顔は苦痛に歪んでいた。
だからこそ、直ぐにでも救援を送りたいと願っている。
「うむ…………」
腕を組みながら唸るのは警備責任者のヴァレリ。ヴァレリの態度にニクラスは怪訝な表情で尋ねた。
「どうした、ヴァレリよ? 何か問題があるのか?」
「……応援を送ることに対しては反対しておりません。しかし、アースドラゴンに対応できる兵を考えるとなると難しくなります」
「確かに……」
現在この街にいる兵の数はおよそ3000。誰もが屈強な兵士ばかりだが、アースドラゴンに対応できるような一流の戦士というわけではない。敵わないのならば、戦場では足手まといでしかない。
むしろ街の防衛に徹したほうが効率は良い。
更に応援を送るにしても、その数も問題になる。アースドラゴンに少数精鋭では意味がないが、街に予備を置かないわけにもいかない。応援部隊が全滅し、アースドラゴンが街に迫った時に防戦する兵がいなければいけない。
これらのことを考えると、応援を送る責任者であるヴァレリが悩まざるを得ないのだ。
「ここは城に増援を頼んだ方が良いのでは?」
「む…………確かにそうだが、時間が無さ過ぎる」
悩んでいたヴァレリが首都であるモルゼンの城に兵を派遣して貰ってはどうかと提案する。
城には精鋭部隊があり、一流の紋章術師を擁した部隊もある。この街にいる兵士よりはアースドラゴンに対して有効的だろう。
しかし、二クラスは時間が無いと反論する。
アースドラゴンがどの程度の速度で街に向かっているかも分からないし、スレッドがいつまで持つかもわからない。
首都からこの街まで到着するのに最低半日は必要だ。部隊ごととなれば一日以上掛かる場合も想定される。
間に合うわけがない。
そんな誰もが口を閉ざしてしまう中、一人手を上げた者がいる。
「父上、私が行きます」
手を上げた者、それはミズハだった。彼女も顔を青ざめていたが、今は気持ちを取り戻していた。真剣な表情で、決意の籠った瞳でニクラスを見つめている。
逆にニクラスがそんなミズハを見ながら動揺していた。
「ミ、ミズハ!? 駄目だ!! お前を危険な場所に行かせるわけにはいかない!!」
「街にいたところで、このままでは危険がやってきます」
他の者もミズハの発言には驚いたものの、今は二人の話し合いを静観している。特にいつもなら口を挟むリアナは、冷静に事の成り行きを見守っていた。
「それに……仲間を助けに行くのは当然のことです」
「…………」
更に反論しようとするニクラスだが、口を開きかけて閉じた。
ニクラスには分かっていた。我が娘が一度決めたことを決して覆さないことを。そして全身から感じられる決意の表れが。
それでも簡単に了承できるものではない。可愛い娘を一人で天災級の魔物がいる場所に行かせるなど出来る筈がないのだ。
「…………」
「…………」
様々な感情が入り混じるかのように二人の視線が交差する。
「ふう、仕方ないですわね」
張り詰める様な空気を破ったのは、リアナの一声であった。溜息を洩らし、優しい笑みを浮かべながらニクラスとミズハを見つめていた。
「そこまで決意しているのでしたら、行ってきなさい、ミズハ」
「母上!!」
「リアナ!? 何を言っているんだ!!」
賛成してもらえて嬉しそうなミズハとは対照的に、ニクラスはリアナの発言に驚愕していた。
まさかリアナが賛成するとは思っていなかった。彼女もミズハを溺愛しており、ニクラスに賛成してもらえると思っていたのだ。
ミズハは一番の味方を手に入れた。
「貴方も知っているでしょ? この娘が一度決めたことを覆すわけがないですよ。反対して一人で行ってしまうより、護衛と一緒に行かせた方が安全です」
「…………いいだろう。ただし!! 決して一人で行動しないように!!」
「ありがとう、父上……」
リアナの意見を頭の中で反芻し、考えた末にリアナと同じ結論に辿り着いた。ならばこちらから安全を確保するようにするしかない。
その方がニクラスとしても安心できる。
諦めたように了承するニクラスにミズハは申し訳ないように頭を下げた。
「私も行く」
「ブレア、危険だから……」
話が一段落したのを確認し、ブレアが一緒に行くことを提案する。しかし、ミズハは危険だからと断ろうとした。
これはミズハの婚約者を決める際に起こった事故の様なものだ。仲間とはいえ、巻き込むわけにはいかない。
だが、ブレアはニヤリと笑いながら反論する。
「危険は皆一緒」
仲間が危険な場所に赴こうとしている。ならば一緒に行かないわけにはいかない。
「それに、仲間を助けに行くのは当然」
「ブレア……ありがとう」
こうして、スレッドを助けに行くため、ミズハとブレアがウィールドの森に行くことが決定した。
「では、こちらでも部隊を編成して、ワイバーンの用意をしておきます」
「よろしく頼む」
その後、時間も無いことから簡潔に今後の作戦を決定した。
ミズハとブレアがカグラ家からの護衛と共にウィールドの森に向かう。応援の部隊は200を四つの部隊に編成し、森へ向かうことになった。
それ以外の兵士で街の防衛、住民の避難を行なう。街には外壁があるにはあるが、アースドラゴンには意味が無いだろう。
更に城にも報告を入れ、部隊を送ってもらう。間に合うとは思えないが、それでも急げば一部隊程度は街の防衛に間に合うだろう。
戦場での作戦についても簡単に話し合われたが、纏まらなかった。アースドラゴンという、殆どの者が未知の存在に対処しなければならないのだ。何をどうすればいいのかさっぱり分からなかった。
ならば現場に急行し、臨機応変に対応するしかない。
ヴィンセンテも同行しようとしたが、さすがに疲労している状態では難しいと判断され、街での防衛に回されることとなった。
今は別室で待機し、体力を回復させている。
こうして天災に対する備えが着々と進んでいった。
誰もが恐怖を感じながらも、家族たちの生活を守るために行動していく。