第五十話「時間稼ぎ」
「はあっ!!」
合掌して合体紋章を発動させる。
合体紋章には時間制限がある。身体能力を急激に上昇させる合体紋章は、身体に大きな負担がある。使い過ぎれば身体を壊れてしまう。
それでもスレッドは発動させた。時間稼ぎが目的だとしても、通常の状態ではアースドラゴンと対峙することは出来ない。だからこそ最初から全力で向かう。
「ワウーー!!」
核に刻まれた紋章を発動させるライア。銀の毛が逆立ち、全身に雷を帯びていく。更に身体を構成する氣が身体能力を強化する。
「――――――――!!」
スレッドとライアを敵と認めたアースドラゴンの巨体が動く。前足を振り上げ、鋭い爪をスレッドに振り下ろした。
攻撃を回避し、アースドラゴンの側面に移動し、拳を胴体に叩きこんだ。
「っ!!」
強化されたスレッドの攻撃は、どんな魔物にも効いてきた。岩を砕き、鋼を凹ませるほどの威力がある。
だが、アースドラゴンには例外だった。衝撃が内部に届くどころか、表面は全く傷ついていない。逆にスレッドの拳が軽く痺れるほどだった。
全くのノーダメージに驚いている所に、アースドラゴンの尻尾が迫ってきた。
スレッドは攻撃直後で回避できない。咄嗟に腕を胸の前で固め、尻尾による攻撃に備える。
ドン!!
「ぐっ!!」
凄まじい衝撃がスレッドを襲う。身体ごと吹き飛ばされ、木に激突した。
「ガア!!」
アースドラゴンの気がスレッドに向いている中、巨体の陰からライアが紋章術を放つ。鋭い風の刃が幾つも飛んでいき、アースドラゴンを切り裂こうとする。
しかし、風の刃は堅い鱗に当たると、傷つけることなく霧散した。
ダメージが与えられないことを気にすることなく、ライアは次々と紋章術を展開していく。
アースドラゴンはスレッドから気を逸らし、ライアを丸呑みにしようと大きく口を開けて向かってきた。
ベキ!!
アースドラゴンの口が木をへし折る。食べた物を消化するように口の中で咀嚼するが、食べられないものであることを確認して吐きだす。
「こっちだぜ!!」
「ガウ!!」
目的の物を食べられなかったアースドラゴンは、怪訝な雰囲気をその巨体から醸し出していた。
その様子を寸前で回避したスレッドが不敵な笑みで眺めている。アースドラゴンの咀嚼を回避したライアは空へと大きく飛び上がった。
ガン!!
スレッドがアースドラゴンの頭部に拳と蹴りを叩きこみ、ライアが圧縮した空気を頭頂部へぶつけた。
「――――――――!?」
先ほどの攻撃ではアースドラゴンは全く動じなかった。しかし、今の二連撃と空気の塊で巨体が動きを止め、頭部がふらついている。
なぜそれだけでアースドラゴンの動きが止まったのか。
それはスレッドの攻撃が内側に効くように打ち込んだものだからである。両手両足に力を集中させ、内部に浸透するよう小刻みに震わせ、小規模な波を生みだしてダメージを与える。
そこにライアが放った空気の塊が衝撃を倍増させ、脳を揺らされたアースドラゴンは全身をふらつかせたのだ。
説明だけ聞くと簡単そうに聞こえるが、これを戦闘中に行なうのは至難の業である。一歩間違えれば魔物の餌食だ。よほど自信が無いと使用できない。
スレッドも本来なら使うつもりなどなかった。ライアがアースドラゴンの気を逸らし、間合いを詰める隙が出来たからこその業である。
「まだまだ時間が掛かりそうだ……」
「ガウゥ……」
ヴィンセンテが街に向かってから十分。助けが来るまでまだまだ危険が続きそうである。
スレッドとライアがアースドラゴンと激しい戦いを繰り広げてから十数分。
ヴィンセンテはワイバーンに乗って街を目指していた。
「急がなければ!!」
ワイバーンに鞭を打ち、限界ギリギリまでスピードを出して飛んでいる。そのスピードに振り落とされそうになるのを、ワイバーンにしっかり捕まって踏ん張る。
強い風を受けながらも、ヴィンセンテは真っ直ぐ前だけを見ていた。
「!? 見えた!!」
しばらくすると、目前に街が見えた。すぐさまワイバーンに指示し、街に向けて高度を落としていく。
すると街の警備兵がヴィンセンテの元にやってきた。手には武器を持ち、ヴィンセンテとワイバーンを取り囲んだ。
飼いならされたワイバーンとはいえ、突然魔物が街の入口にやってきたのだ。警戒せずにはいられない。
本来魔物で街まで移動するには、街の離れたところで着陸し、街の入口で登録しなければならない。だが、今はそんな時間すら惜しい。
ヴィンセンテは直ぐにワイバーンから降り、街に向かって走り出そうとした。
「何事だ!!」
警備兵の後方から声を張り上げながら、ガタイの良い男性がやってきた。おそらく警備兵の隊長だろう。
「私はヴィンセンテ・リースマン!! 非常事態だ、直ぐに街の警備責任者とカグラ家のニクラス殿を集めてくれ!!」
「? どういうことだ? それにニクラス殿を呼びだすなど私の権限ではどうにもならんぞ」
ヴィンセンテの家名と恰好から貴族であることに気付き、怪訝な表情をしながらも武器を構えた兵を下がらせる。
しかし、街の領主であるニクラスを呼び出すなど彼の権限では難しい。
「時間が惜しい!! ニクラス殿には私の名前を伝えてくれ。選考試験に問題が起きたと伝えてくれれば大丈夫だ!!」
アースドラゴンの名前を出せば、兵士も直ぐに動き出しただろう。しかし、ヴィンセンテは直接的な単語を発しなかった。
なぜなら、ドラゴンという言葉だけで街が混乱に陥ってしまう為だ。誰もが恐怖に我を忘れ、まともな行動が取れなくなる。そうなっては避難するのは難しい。
今重要なのは、二クラスと話をすることだ。
「……了解した」
完全に納得したわけではなかったが、ヴィンセンテの危機感溢れる表情と雰囲気に隊長はヴィンセンテの要求を飲んだ。
ヴィンセンテはワイバーンを警備兵に預け、街へと入っていった。
これからが正念場だ。状況を説明し、ニクラス達を説得して応援を送らなければならない。信じてもらえるか分からないし、どの程度応援を送ってもらえるか分からない。
決意に満ちた男の姿がそこにあった。
スレッド達とアースドラゴンの戦いで徐々に破壊されていくウィールドの森。
そんな戦闘現場から少し離れた場所で男達が戦闘を観察していた。木々の陰に隠れ、気配を消している。
「……どうされますか?」
「……このまま待機だ。機会を窺って行動する」
「了解しました」
後ろで控えている男が恭しく礼をし、直ぐに姿が見えなくなった。
何者かが戦闘を眺めながら、悪意を持って何かを企んでいる。
この時点では誰もそれに気付くことは出来なかった。そしてそれが深い悲しみを生みだすことになるとは誰にも分からなかった。