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格闘家な紋章術士  作者: 愉快な魔法使い
第三章「結婚騒動」編
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第四十九話「アースドラゴン」

「――――――――!!」


「っ!?」


 森の奥から聞こえてきた咆哮に、その場にいた全員が動きを止めた。


 身体の奥底まで響く様な咆哮。まるで咆哮に何かしらの能力が備わっているかのように動けない。それほどまでにえもいえぬ恐怖が身体の底から呼び起されるようだ。

 幾多もの強敵と戦ってきたスレッドだが、そのスレッドにしてもこれほどまでの何かを感じたことはなかった。


 ズドン、ズドン!!


「ウウゥゥゥゥ……ガウ!!」


 大地が揺れる。周りの木々も揺れ、青々と生えている葉が落ちていく。

 その音を聞き、ライアが音のする方へと吠える。どうやらライアも聞こえてきた咆哮を警戒しているようだ。


「…………」


 スレッドも音のする方へ身構える。先ほどまでの怒りを忘れたわけではないが、今はそれを考えていられるほどの余裕が無いことを肌で実感していた。


 手の平の紋章を解除し、咆哮が聞こえる方向に感覚の全てを向ける。


「な、何なんだ!? 何が起こっている!!」


 恐怖にいつもの冷静さが微塵も感じられないアドニス。あたふたと周りの男達に喚き散らしている。

 だが、誰も正解を答えることが出来ない。


 それでも彼らは一流である。雇い主を護るように位置取り、スレッドやライアと同じように咆哮が聞こえた方向を向いている。

 それが今出来る唯一のことだ。


 段々音が近づいてくる。


 ベキ、ベキ!!


 木が折れて、倒れる音が聞こえてくる。明らかに巨大な何かであることが分かる。明らかにグランドビルドではない。


 そして、姿を現した。


「…………アース、ドラゴン」


 姿を現した巨体、それは地上最強種の一種。アースドラゴンだった。






 アースドラゴン。

 ドラゴン種属の中でも最大の防御力を誇る。どのような武器も通さない。その巨体は大地を揺らし、あらゆる物をなぎ倒して移動していく。

 その姿を現すことは珍しく、冒険者の間では物語の中の存在だと思われている。それほどまでに目撃情報が無い。


 知能が高く、中には人間の言葉を解するものもいると古文書に記されている。


 魔物としてのランクは設定されておらず、天災クラスとしてギルドでは認定されている。この天災クラスには魔族も分類されている。


(どうする?)


 元来アースドラゴンが人間を襲うことはまずない。人間が自ら危害を加えない限りは大人しい魔物である。

 フォルスも冒険者だった頃にアースドラゴンを遭遇したことがあると言っていたが、その際の注意点は、決して戦ってはいけないというものだった。


 今目の前にいるアースドラゴンはかなり興奮している。理性を無くしたように叫び声を上げ、圧倒的な敵意をこちらに向けていた。

 戦わずに逃げることはできそうにない。


「ガウ、ガウ!!」


「ッ!? ふう…………ありがとな、ライア」


 呆然とアースドラゴンを見上げていたスレッドに、ライアが吠える。

 突然の脅威に余計な力が入っているのを実感して、軽く息を吐く。このまま行動を起こせば必ず失敗していただろう。


 そこに相棒が注意する。スレッドは自分を取り戻させてくれたライアに礼を言う。


「ひ、ひぃ!!」


「っ!?」


 さあ行動しよう、と思った瞬間、横から悲鳴が聞こえた。

 そちらに視線を向けると、そこには木の陰で腰を抜かしているヴィンセンテの姿だった。


 顔は恐怖で彩られ、身体が小刻みに震えている。


「おい!! しっかりしろ!!」


 スレッドはすぐさまヴィンセンテの傍まで移動し、肩を掴んで揺すった。なんとか意識を戻すためにかなり強烈に揺すったため、ヴィンセンテは多少身体がふらついている。


 後ろではライアがアースドラゴンを警戒し、いつでもスレッドを守れるように構えていた。


「え、あ、お前は……」


「余裕が無いから話は後だ。今すぐ街に戻って応援を呼んで来い」


 一体何が起こっているのか、聞こうとするヴィンセンテの言葉を遮って命令する。会話をしている余裕は一切ない。


 さすがに天災級の魔物を一人でどうにか出来る筈がない。足止めさえ出来るかどうか分からないのだ。

 だからこそ、助けが必要だ。だが、助けを呼ぶためにスレッドが移動すれば、アースドラゴンも街に向かってしまうかもしれない。それでは本末転倒だ。


 故にその場にいたヴィンセンテに頼んだ。


「頼む」


「…………分かった。助けを呼んでくればいいんだな?」


「ああ。今の状況を伝えて、今後への対処もお願いしてきてくれ」


 色々と言いたい事や聞きたい事はたくさんある。目の前に広がる死体の山やアースドラゴンなど問題が山積みだ。


 しかし、ヴィンセンテはそれら全てを飲み込んで、スレッドの願いをきいた。真剣に、真摯に頼むその姿には、ヴィンセンテも感じるものがあったのかもしれない。それに今が非常事態である事も理解していた。


 自身も冒険者の端くれだ。本当ならこの場に残って戦うのがいつもの彼だろう。

 だが、スレッドの態度や目の前の脅威から、自分が足手まといでしかないことを理解してしまった。ここに残っても、おそらく何の役にも立たないだろうことを。


 ならば、自分が出来ることをやろう。ヴィンセンテは決意の表情で待たせているワイバーンの元へと走っていった。


「…………」


 その姿を見送り、スレッドはライアの横に立ち、意識をアースドラゴンに集中させた。


 アドニス達の姿は既にない。アースドラゴンの脅威から一歩でも遠くに逃げる様に黒ずくめの男達を伴って逃走した。

 一応は奴らが逃げていくのに気付いていた。気付いていたが、見逃した。アドニス達がこの場にいては邪魔でしかない。


 これで心おきなく戦える。


「厳しい戦いになりそうだ」


「ガウ!!」


「そうだな、やるしかないな」


「――――――――!!」


 更に咆哮を上げるアースドラゴンを眺めながら、スレッドは珍しく弱音を吐いた。そんなスレッドにライアが喝を入れる。

 苦笑いを浮かべながら、スレッドは気合いを入れる。

 そこには天災を眼の前にしたとは思えないほどの気楽さが見える。


 勝利条件は助けが来るまでアースドラゴンを足止めし、且つ死なないこと。

 時間を稼ぎ、助けが来れば数で抑えることが出来る……はずだ。希望的観測だが、今はそれに賭けるしかない。


 頑丈な巨体を見上げながら、スレッドとライアは完全な戦闘モードに入っていった。



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