第四十八話「アドニス・ブルムダーク」
「これは…………」
現場に辿り着いたスレッドが見たのは、黒ずくめの男達が貴族を殺している光景だった。
それなりに距離があるが、氣を目に集中させて視力を高める。木の枝に立ち、気配を殺して静かに観察していた。
上空ではライアが辺りを警戒している。ライアまでも眼の前の光景に集中していたら、何かあった場合に直ぐに動けない。スレッドがどうすべきか考える際には、ライアは周りを警戒することにしているのだ。
本当ならば直ぐにでも助けるために飛び出すべきだろうが、スレッドは迂闊に動けなかった。黒ずくめの男達は周辺をしっかりと警戒し、その上で作業を行なっている。
おそらく一歩でも踏み出せば、彼らの警戒範囲に入ってしまう。
(……それでも放っておけないか)
数的には不利だが、このまま見逃すわけにはいかない。ここで見逃せば、男達はまた貴族を殺すだろう。
(ライア、いけるか?)
(ピー!!)
頷き合い、飛び出す準備をする。持っていた荷物を木の枝に括りつけ、枝の上で力を抜く。そして前を見据えた。
気を引き締め、一瞬で移動する。
『!?』
突然現れたスレッドに男達は驚愕する。これまで周囲を警戒し、誰にも知られることなく任務を遂行してきたのだ。勿論襲撃の予兆などなかった。
スレッドはそんなことはお構いなしに動いていく。直ぐ近くにいた二人に対して足払いを掛ける。倒れたところに一撃ずつ入れて戦闘不能にする。
剣を持っていた男に上空からライアが飛びかかり、爪を振り下ろした。男は剣で受け止めるが、剣はライアの攻撃に耐えられなかった。刀身が折れ、ライアは勢いのまま男を攻撃した。男は胸に攻撃を受け、地面に倒れ伏した。
一気に二人を倒したスレッドに男達が手に持った剣を振り下ろす。
ガキン!!
スレッドは回避することなく、手甲で剣を受け止める。それなりに威力のある攻撃だったが、氣で強化された腕はダメージを負うことはなかった。
「ふん!!」
逆に剣を押し返す。その勢いで重心が崩れた男の腹にひざ蹴りを入れる。男は吹き飛び、木へと激突した。
「…………」
途端に近づいてこなくなる。明らかな実力差に男達は動きを止めた。それだけで彼らがプロであることが窺える。
スレッドは立ち上がり、余裕の表情で男達を睨みつける。
「どうした? 来ないならこっちから行くぞ!!」
「ガウ!!」
再び攻撃を繰り出そうと再び足に力を入れた瞬間、声をかけられた。
「なかなかやるね、君」
「あんたは…………」
森の奥から歩いてくる男を黒ずくめの男達は恭しく迎える。その人物は実に楽しそうに、ゆったりと歩いてきた。
まるでダンスフロアを歩く貴公子のようだ。ここが森でなく、パーティ会場なら女性に囲まれているだろう。
ゆっくりとスレッド達に近づいてくる男――――アドニス・ブルムダークにスレッドは警戒をしていた。
「……これは、あんたの指示か?」
険を込めた視線を向けながらアドニスに尋ねる。アドニスはスレッドの視線をものともせず、歩いてくる。
黒ずくめの動きをみる限りでは、どう考えてもアドニスが関わっている事は明白だ。
それでも尋ねてみた。前評判があまりにもよく、以前に挨拶したときも好青年だった。そんな人物を間違えで敵に回すと、後が大変だ。
だからこそ尋ねないわけにはいかない。
「ん? そうだよ」
「……なぜ、参加者を殺す必要がある?」
「なぜって……この試験の合格者は僕だ。そうなれば、僕がカグラ家の当主となる。ならばカグラ家の敵になりそうな人物は排除しなくちゃ」
まるで悪びれることなど知らないとでも言うように、楽しそうに自身の計画を語っていく。
本来はミズハの婚約者として名前が挙がっていなかったこと。そこに本当の候補としての人物を消して、アドニスの名前を入れる様に裏から手を回したこと。そして、試験を利用して、今後自分の邪魔になりそうな人物を殺すことを計画していたのだ。
その語りは、自慢話のようだった。
「彼らは実に上手いこと動いてくれたよ。全てが計画通りだった」
「…………」
「ただ、君という不確定要素がいたことが誤算だったよ。まさか彼女に取り入った冒険者がいるとはね」
アドニスが吐く言葉全てがスレッドを不快に感じさせる。これまでも様々な人間を見てきたが、これほどまでに最低な人間は初めてだ。
ただただ自分の欲望の為だけに動き、その行動すべてを正当化する。自分以外の命などその辺の石ころと同じにしか見ていないのだ。
どれだけ理由を聞いても理解できないし、したくない。
「まあ彼らの遺体は魔物が処理してくれるし、後は君だけ――――」
「もういい。もうしゃべるな」
『っ!?』
流暢に語るアドニスの言葉を遮ると同時に、濃密な殺気がその場を支配する。
誰もが動けない。黒ずくめの男達はこれでも一流の暗殺者たちばかりだ。様々な死戦をくぐり抜け、色んな要人を殺してきた。その成功率は常に100%だった。
そんな彼らが殺気だけで動けなくなってしまう。
アドニスは下卑た笑みを顔に張り付けたまま固まっている。才能は確かにあるだろうが、覚悟も無く人を殺すような貴族の坊っちゃんにはスレッドの殺気に対抗することなど出来なかったのだ。
「それが貴様の本性か……」
スレッドは軽く息を吐き、怒り狂うほどの殺気を納める。代わりに身体全体から覇気が溢れている。
濃密な殺気が収まったことにより、男達は動きを見せる。だが、その動きは相手を探るような警戒の動きだ。ジワリジワリとスレッドとライアを囲むようにゆっくりと移動していく。
殺気と今感じている覇気がお互いの実力差を実感させる。男達は明らかに自分達が下であることを痛感した。
故にどのタイミングで撤退すべきかを考えていた。逃げることは悪いことではない。一度退却して、機会を窺う。一流とはそういうものだ。
「殺しはしない。しないが……」
両手に二つの紋章を浮かべ、胸の前に持っていく。
男達にはそれが何を意味するのか分からない。しかし、嫌な予感だけはひしひしと感じていた。
「こ、殺せ!! さっさと殺すんだ!!」
自分が目の前の男に恐怖した。その事実が許せない。自分はカグラ家の当主となるのだ。この程度で恐怖する訳にはいかない。
アドニスはまるで恐怖を振り払うかのように男達に命令する。
「それ以上の痛みを与えてやるよ」
「――――――――!!」
罰を与えるために動こうとしたした瞬間、その場にいた全員がつんざく様な獣の咆哮を聞いた。