第三話「アーセル王国」
「さて、出発するか」
朝になり、食事を終えて、出発の準備に取り掛かる。昨日の猪肉を切り分け、簡単な保存処理を施して袋に詰めた。
その間、先に食事を終えたライアが鷹へと変化し、周囲の偵察に向かっていた。
ミズハは昨日の戦いで使い物にならなくなった防具を脱ぎ、ラフな格好になった。しかし、防具の無くなったミズハはあまりにもセクシー過ぎて、これまで女性との免疫がないスレッドには刺激が強すぎた。
その為、何処に保管していた分からないマントを羽織っている。
「この森にはどの位魔物がいるんだ?」
「そうだね。本来ならば私一人でも問題ないほどのレベルだが、どうやら異常が発生している可能性があるんだ」
「異常?」
「本来タイガーウルフは数匹の群れで生活しているんだが、今回私を襲ったタイガーウルフは三十匹を超えていた。いつもの森の雰囲気ではないようだ」
周りを見渡しながら、自身が感じた微かな違和感を語る。
森に入る以前は特に何も感じていなかったが、タイガーウルフに襲われてから何かを感じた。
いつもの森なのに森じゃない。タイガーウルフ以外の魔物は問題ないし、森の木々に異変もない。
それなのに、何かが違っていた。
「ふむ……そうなるとあまり時間を掛けない方がいいかもな」
「すまない、私が戦力になれればいいのだが。武器がこれでは……」
そう言って鞘から刀を抜き出す。軽く刀を掲げ、刃を太陽の光に反射させる。
刃はボロボロ。一応攻撃することは出来るものの、いつ折れてしまうか分からない。そんな状態で戦いなど出来る筈がない。
更に体力も万全でないミズハを戦わせるわけにはいかない。
どうしたものかと空を見上げ、スレッドは何かを思いついた。
「時にミズハ――――高いところは大丈夫か?」
「はい?」
「きゃああぁぁぁぁーー!!」
「あまり暴れるな。歩きにくい」
ミズハの叫び声が空に響いている。
それもそのはず。二人は今、空を飛んでいるのだ。
戦力として期待できないミズハの事を考え、尚且つ時間短縮のため、道程を空に選んだスレッド。
足の裏に紋章を展開し、発動させる。発動させた術の衝撃で体を浮かし、勢いが無くなったところで反対側の足の裏に紋章を展開、発動させる。これを繰り返すことによって歩く様に空を飛んでいるのだ。
荷物をミズハに預け、ミズハの身体をお姫様抱っこの要領で担ぎあげる。そこまでは多少顔を赤くしているものの、ミズハは大人しかった。
だが、次の瞬間には悲鳴を上げていた。
さすがにこのような移動手段を取るとは思ってもみなかった。
これまで冒険者として様々な場所に赴き、その中には今と同じくらい高い場所もあった。その時も多少の恐怖はあったものの、これほど取り乱すことはなかった。
高い場所にいるのと、高い場所を移動するのは全くの別物であるとミズハが実感した瞬間だった。
二人の少し前をライアが鷹の状態で進んでいく。周りに飛行する魔物はいないか、街が確認できないかと見渡しながら飛んでいく。
その姿はとても優雅だ。
スレッドはこれまで人を担ぎ上げて飛んだことなどない。それ故に加減というものがスレッドには分からなかったのだ。
「大人しくしていれば、直ぐに着くさ」
「無理ーー!!」
暖かい日差しと爽やかな空の風は気持ち良かったが、高いところが苦手ではないミズハにしても、目の前に見える光景に驚かざるにはいかなかった。
「気持ち悪い……」
「あー、すまなかった」
「ワフ……」
空を飛び始めてから数時間。予定よりも早く街の近くへと到着した。
途中からミズハは平然とはしていないまでも、身体を動かすことなくじっとしていた。どうやら諦めて、されるがままになっていたようだ。
暫くして、眼下に高い石垣に囲まれた街が見えた。活気ある街に赴きある城があり、そこが首都であることを感じさせる。
空から直接街に下りた方が早いだろうが、勝手に入国しては騎士団に逮捕されてしまうだろうし、住民がライアを見て驚いてしまうだろう。
ミズハにそう指摘され、スレッドは素直に近くの森に降り立った。そしてその足で街の入口まで歩いていった。
「まったく、一応私も女なんだ。もう少し丁寧に扱ってくれ」
「本当にすまなかった」
舗装された道を歩く。街まで直ぐであることが分かる。
怒るミズハにすまなそうに謝るスレッド。女心が分からないスレッドであっても、さすがにあれはまずかったと思ったのか、素直に謝っていた。更にその隣ではライアも頭を垂れ、落ち込んでいた。
そんな姿に、苛めすぎたかと苦笑を洩らして話題を変える。
「ほら、見えたぞ。あれがアーセル王国の首都モルゼンだ」
「これが、街か」
目を輝かせ、石垣を見上げるスレッド。ライアも楽しそうにスレッドを真似て見上げていた。そんな子どものような仕草に、ミズハはついつい笑みがこぼれる。
森の戦いを見ている分、そのギャップが可愛いと思えてしまった。
大きな子どもと一匹の獣を連れながら、街の入口へ向かった。
入口に近づくと、兵士が出てきた。街に入りたいことを伝え、必要書類に記入していく。
街に入る為には、様々な手続きと身分によってお金を払わなければならない。
身分証明が出来る物がある者は、書類がある程度省略される。しかし、身分が証明できない者は何種類もの書類に記入しなければらならない。
またお金に関しては、王族や貴族は無論払う必要がない。平民の場合、首都で暮らしている者は銅貨50枚、それ以外の者は銀貨1枚払わなければならない。
(銅貨100枚=銀貨1枚、銀貨10枚=金貨1枚。平民の月の平均収入はおよそ銀貨2~3枚)
また、魔物を従えているものが魔物と同伴するためには、魔物の分の入国料銀貨2枚を支払わなければならない。
ちなみに冒険者は入国料を免除される。国を出入りし、危険な場所に何度も赴く冒険者に何度も入国料を徴収していては冒険者が国から離れてしまう。そうなって困るのは国であり、そこで暮らす国民なのだ。
「お金か……」
「そういえば、スレッドはお金あるのか?」
「ああ。一応爺さんが用意してくれたのがいくらかあるよ」
そう言って取り出したのは、金貨3枚に銀貨7枚。この金額は中堅の冒険者レベルの収入と同額程度である。
その中から銀貨3枚を取り出し、支払いのサインをする。
「規則などの説明をさせていただきましょうか?」
「いや、それについては私からしておくから大丈夫だ」
「分かりました。では、こちらの魔物に関してのみ注意事項がございますので説明させていただきます。まずこちらをお持ちください」
そう言って兵士が差し出したのは、二つの腕輪だった。特殊な加工がされているわけでもないペアの腕輪を受け取り、一つをスレッドの腕にはめる。そしてもう一つをライアの前足にはめた。
「こちらが登録された証となります。これを着けている限り街中での自由が保障されますので、滞在中は常に着用してください。国の外では外していただいて結構です。それと万が一魔物が暴れた際ですが、緊急処置としましてこちらで拘束する規則となっておりますので、ご注意ください」
滅多にないことだが、魔物使いが連れている魔物が街中で暴れる場合がある。その場合速やかに兵士が急行し、魔物を処置して、責任者として魔物を連れていた人物が拘束される。
「そちらの魔物は小型ですので問題ありませんが、大型の魔物を新たに従わせる際には、郊外に大型用の預り所がありますので、そちらをご利用ください…………説明はこれ位ですね」
一通り説明が終わり、手続きが済んだので街に向かおうとしたところで兵士から声を掛けられた。
「それと、宿屋に関しましては、魔物が駄目という宿屋もあります。もしなんでしたら、街の東側に一軒大丈夫な店がありますのでそちらをご利用ください」
「ありがとう」
「ガウ!!」
親切に教えてくれる兵士にお礼を述べるスレッドを真似して、ライアも吠えて礼を告げる。
微笑ましい光景に兵士も微かに笑みを浮かべる。
モルゼンはさほど規則がきつくないが、それでも存在する。立ち入り禁止区域や禁止行為など、ここで説明を受ける。
必ず説明しなければいけないわけではないが、それでも殆どの者が説明を受ける。
だが、知り合いが連れや街中にいる場合、説明を知り合いに任せる者もいる。兵士側としても、他の仕事があるので省略できるなら有り難いのだ。
それでも魔物を入国させる際には、改めての説明が必要とされている。万が一その魔物が暴れて、街に被害を出すわけにはいかない為だ。
「さて、行くとしようか」
「楽しみだ」
扉が開き、街中が見える。活気あふれる街が眩しく見えた。
スレッド達は門をくぐってモルゼンの街に入っていった。