第四十五話「選考開始」
選考内容が発表されてから三日。各々準備を行ない、開始場所へと集まった。
場所は街の郊外。そこに参加者、ニクラスにミズハ、そして選考のサポートである執事やメイドが控えている。
ちなみにリアナは色々と準備があり、後から来ることになっている。
時間となり、参加者が集まったのを確認してニクラスが前に出る。背筋を伸ばして、声を張り上げた。
「よく集まった!! これより試験を開始する!!」
威厳ある声が人々の視線を集める。その姿にはカリスマ性を感じさせる。正に名門の当主である。ミズハの前で見せる姿とは全く正反対だ。
視線が集まったのを確認して、次の言葉を発した。
「内容は先日文書で知らせたとおり、グランドビルドを討伐し、黒耀の宝玉を持ってくること!!」
グランドビルドの言葉に誰もが一瞬硬直する。
ここにいる者の殆どが死の危険がある戦闘などしたことが無い。大抵が家臣を連れ、安全な場所で戦う。一人で魔物と戦ったことなど無いのだ。
たとえ才能があっても、戦場を知らないということは戦闘に大きく影響する。
数人は恐怖で顔が引きつっている。今にも倒れてしまいそうだ。
それでも戦いに参加する。それほどまでにカグラ家の当主という地位は魅力的なのだ。
「では…………」
横を見ると、そこには執事が控えていて、銅鑼を叩く準備をしている。ニクラスが軽く頷くと、執事は撥を振り上げた。
「始め!!」
ドオォォン!!
銅鑼の音と共に参加者が一斉に動き出す。こうして試験が開始した。
周りがワイバーンに乗り込もうとしているのを見ながら、これからのことを考えていた。
(こいつらが戦ったところで、グランドビルドに勝てるわけないな)
装備、身体の鍛え方、その他諸々を観察しても、勝てる要素が見付からない。むしろ全員が束になっても全滅が目に見えている。
中にはそれなりに実力がありそうな奴も見受けるが、それでも実力が足りないだろう。
別に彼らがどうなろうとスレッドには関係ない。だが、死ぬと分かっているのに何もしないほど冷酷ではない。
(でもなー、助けたりなんかしたらうるさそうだし……)
試験が始まる前、何人もの男達がスレッドに挨拶へ訪れた。その際の態度は明らかに舐め切っていた。平民であることでスレッドを下に見ているのだ。
そんな彼らは人一倍プライドが高い。そんな奴らを助ければ、後から難癖をつけられるのがオチだ。
(そうなると、さっさと一人で倒して、試験を終わらせるのが一番か)
どうせスレッドが勝っても、何かしら言われるだろう。結果が同じなら、死の危険が無い方がいい。
「よし、行くか。ライア!!」
「ガウ!!」
横で控えていたライアに声を掛ける。ライアもやる気満々だ。
今回の試験は候補者一人と家臣一人で戦うことになっているが、ライアはスレッドの魔物として登録されている。スレッドはライアを参加させることにし、認められた。
貴族たちは魔物を参加させるのは違反だと猛抗議したが、ニクラスが認めたことですごすごと引き下がった。
ちなみにニクラスが認めた理由は、ミズハに説得された為だ。娘に弱い父である。
方針が決まり、早速出発しようとしたその時。
「スレッド!!」
自分を呼ぶ声が聞こえ、振り返るとドレスを纏ったミズハの姿があった。その姿はいつもの姿とは違い、スレッドから見てもとても綺麗だった。
「頼む……」
申し訳なさそうな、それでいて期待している表情でスレッドに声を掛ける。
それに対して、スレッドは親指を立てた右手と笑顔をミズハに向ける。そして勢いよく空へと駆けだしていった。ライアは既に鷹へと変化し、上空へと飛び上がっている。
「…………」
空を駆けていく姿を、ミズハは見つめていることしかできなかった。
愛すべき娘の切なそうな顔を見て、空を歩いていくスレッドを睨むニクラス。
大抵の人間が空を歩いていくことに驚く中、気にすることなく娘の動向に気を配っている。
単に親馬鹿とも言えなくないが……。
(あんな何処の馬の骨とも分からん男に、私の可愛い娘はやらんぞ!!)
スパン!!
心の中で怒りを湧き上がらせていたその時、ニクラスの後頭部を誰かが力いっぱい叩いた。
ニクラスは頭に衝撃を受け、一瞬眼の前が真っ白になる。
「だ、誰だ!?」
「あなた? 何を考えているのですか?」
「リアナ!? い、いや、少々今後のことを……」
「……あの子が選んだ殿方です。あまりよからぬことを考えると、あの子に嫌われますよ」
「!? そんなことは無い!! ミズハは私のことが大好きなのだからな!!」
何処にそんな自信があるのか、大声で言い放つ。そのやり取りを見ていたミズハは、半目でニクラスを見ている。
どう見ても大好きである様には見えない。
あまりに男らしくないニクラスの姿に、リアナは溜息を洩らす。
「挨拶をする際も、彼は丁寧に挨拶してくださったじゃないですか。何が気にいらないのです?」
スレッドは参加者に決まった次の日、ミズハを通してニクラスとリアナに挨拶をしていた。
さすがにその場では慣れない敬語を使い、出来るだけ失礼が無いように接した。一時間にも満たない時間だったが、問題なく終わった……様な気がする。
その際の二人の印象は、ニクラスは「仲間か何か知らんが、可愛い娘の周りに纏わりつくとは!!」と憤慨し、対してリアナは「あら、なかなか男前ね。それに性格も悪くないし」と意外と好印象だった。
挨拶の後も、事あるごとにニクラスはスレッドへの悪態をつき、その度にリアナがどついていた。
「それは…………」
「身分を言っているのでしたら、許しませんよ」
言いよどむニクラスにリアナが静かな怒りを見せる。
元々ニクラスは平民の出身である。ニクラスは若い頃に商売で成功し、その取引相手であるカグラ家でリアナと出会い、恋に落ちた。相手が貴族だからと諦められなかったニクラスはあらゆる手段を用いて、リアナと結婚した。
貴族と平民が一緒だとは考えていないが、不当な差別をするつもりもない。
「信じなさい、自分の娘を」
「…………はい」
しょんぼりと落ち込むその姿は、先ほどまでの威厳ある姿とはかけ離れていた。いつも以上に小さく見えた。
(スレッド…………)
早々に両親のやり取りを無視して、ミズハは空を見上げながら祈っていた。