第四十四話「参加」
「はっ?」
「……だから、スレッドに私の結婚相手の候補として、戦いに参加してほしい」
「……言ってる意味が良く分からないのだが」
翌日、応接室で暇を潰していたスレッド達の所にやってきたミズハは、開口一番スレッドに候補者選びに参加してくれるように頼んだ。最早藁にすがるような気持ちだった。
いきなりのことにスレッドは戸惑う。横で聞いていたブレアも一体どうしたらそのような展開になるのか不思議がっていた。
「実は……」
どうやら焦っていたようだ。二人の態度に説明を全くしていなかったことに気付き、初めから説明を始めた。
ニクラスが仮病だったこと。ミズハがカグラ家を継ぐために結婚させられること。その為に婚約者候補が集められたこと。そして、ミズハが婚約者候補を無理矢理ねじ込んだこと。
話を聞き終わり、スレッドとブレアは同時に溜息をついた。
「はあ……」
「無理あり過ぎ」
話を聞き終えて思ったことは、どう考えても無理があるということだ。
まずスレッドの身分が問題だ。冒険者としてのランクはそれなりにあるが、平民ですらどうか怪しい。山奥で暮らしていたので、仙人といわれても否定しづらいものがある。
次に許可を貰ったからといっても、貴族の子息を攻撃する訳にはいかない。そんなことすれば、平民などあっという間に潰されてしまう。冒険者であっても、権力を使ってどうにかする。それが貴族だ。
そして最後に、スレッドとミズハが付き合っているわけではないことだ。
「絶対ばれる。貴族も殴れない。どうするの?」
「それは大丈夫だ。戦いといっても試合じゃない。嘘に関しては……勝ってしまえば、後は私がどうにかする」
どうするのかさっぱり考えていないミズハは、額に汗を流しながら答える。それでもスレッドが勝ってしまえば、両親を説得すればいい。結構安直に考えていた。
色々穴のある考えに、スレッドはどうしたらいいのか考えていた。
人としての常識は教わっていたが、男二人で過ごしていたため、恋愛に関しての知識は学んできていなかった。故に結婚というものは知識として知っていたが、感覚としての結婚が分からなかった。
結婚することで何が変わるのか。どうしてミズハはそれほどまでに結婚を拒否しているのか。
だからこそ、協力することがミズハの幸せに繋がるのかどうか、判断できなかったのだ。
「頼む、スレッド」
「…………」
腕を組んで考え込んでいるスレッドに向かってこれでもかというほどに頭を下げる。ミズハの切実な思いがそこにあった。
そんな真剣な頼みごとに対して、スレッドは断ることが出来なかった。
「はあ……分かった」
「!! ありがとう!!」
「……ややこしくなってきた」
こうして、スレッドの参加が決定した。
翌日、試験内容が発表された。
試験内容は、ブルデンス地方の北方に位置する森、ウィールドの森に生息すると言われるグランドビルドと呼ばれる魔物を討伐すると言うものだ。
グランドビルドは凶暴な魔物で、森に生息する他の魔物を餌としている。身体は堅い鱗で覆われ、羽を生やしている。一見するとドラゴン種にも見えるが、生物学上はキメラ種に属する。口から火を吐き、魔物には珍しく知能が高い。
現在ウィールドの森にいるグランドビルドは人を襲っているという話がある。その為討伐依頼が国の方から出ている。
そのグランドビルドを討伐し、餌である魔物の骨と体液とが反応して産み出される『黒耀の宝玉』を手に入れてきた者がミズハの結婚相手に選ばれる。
基本的に武器は自由。だが、家臣などの参加は一人まで認められている。しかし、二人では大砲などの大型武器は運べない為、使用することが出来ない。
また森までの移動に関してのみ、ワイバーン等を利用することは認められている。
参加人数は、スレッドも含めて23人。それぞれが貴族や地方の豪族出身で、家の格としては高いところばかりだ。
だが、その大半が実力を伴っていないのが実情である。カグラ家としては実力のない者を候補者にしたくないが、しがらみというのは何処にでも存在する。
二クラスとしても、貴族の坊っちゃんにさほど期待はしていない。この試験は参加者の実力とそれに仕える家臣の実力を見るためのものだ。
貴族としての器量が高ければ、それに仕える家臣の実力も高いはずである。
「……グランドビルドか。厄介な魔物を試験に選んだものだ」
「クゥゥン……」
「とても厄介。紋章術師の天敵」
メイドから手渡された紙に書かれている内容を読みながら、スレッドは難しい顔をした。スレッドの傍でライアも弱弱しい鳴き声を上げる。横で聞いていたブレアは厳しい顔をしている。
グランドビルドという魔物は、紋章術師にとっての天敵に当たる。知能が高く、攻撃力も高い。スピードもあり、単純に突っ込んでくる魔物と違って攻撃を当てにくい。そして何より、頑丈な鱗に紋章術が通用しないのだ。
最上位の紋章術ならば別だが、それ以下だとダメージを与えることも出来ない。頑丈な鱗は前衛タイプの攻撃でもダメージを与えるのも一苦労で、単なる紋章術師の物理攻撃では蚊ほどのダメージすら与えられない。
だからこそ、紋章術師は極力グランドビルドとは戦わない。
「昔、爺さんと一緒に戦ったことがあるが、倒すのに丸一日掛かった記憶がある」
「……倒せたんだ」
合体紋章が使えるとはいえ、紋章術師二人で倒したことに今更ながらスレッドの規格外さに嘆息する。
自分自身も眼のことがあるからあまり言えないが、それでも数段階は格が違うような気がする。
「で、こっちの書類にサインしろ、と」
「名家であっても保険は大事」
説明書きと一緒に渡された契約書。そこには試験の中で死亡しても、自己責任であるという内容が記されている。
参加者が貴族で大半を占めているからこその処置だろう。
そこに自身の名前を書き、親指を切って契約書に押しつける。瞬間紋章が浮き上がり、契約が完了した。
「御大層な事だ」
「気が抜けない」
「ワウ」
「……仲間の為だ。全力は尽くすさ」
紋章を用いた契約書の信用は高い。破ったからといっても罰則などがあるわけではないが、契約した者の信用に関わる。特に名門と呼ばれる家は、契約書の内容を破るだけで落ちぶれてしまうこともある。実際に契約を破り、潰れてしまった家が歴史上存在する。
スレッドは未だにどうすることがミズハにとって最善なのか分からない。執事やメイドから話を聞く限りでは、かなり有能で性格もいい人物も参加していたり、実力的にも秀でている人物がいたり、その人物がミズハと結婚したほうがいいと聞く。
※実際にはそう言うようにニクラスから指示を受けている。
だからといって、簡単にはい、そうですかとその人物にミズハを任せられるかどうかといったら、そうでもない。
なんだか自分でも分からない感情が微かに胸の中で渦巻いている。
(分からないなら…………全力で臨むのみ!!)
昔、フォルスと会話したことを思い出す。
『お前さんは考え過ぎない方がよい。無い頭で考えたところで無駄な事じゃ』
『……そこまで馬鹿じゃないだろ』
『知識的なものじゃないわい。感情的なものじゃ』
『感情的?』
『そう。人間にとって、感情とは無くてはならないものじゃ。感情を無くしたら、単なる獣でしかない。じゃが、感情に従い過ぎたり、己の感情を理解しようと考え過ぎたりしては、周りが見えなくなってしまうじゃろう。故に、全てを飲み込んだ上で全力を尽くすよう考えよ。そうすれば、その先に何かしらの答えが見えてくるじゃろう』
その時はいまいちピンとこなかった。未だに全てを理解したとは思えない。頭が悪いことは理解しているし。
だが、今がその状況なのだろう。心の内にある感情を持ったまま、周りを見て、全力を出す。
それが今のスレッドの最善だ。