第四十三話「候補者」
『既に候補者を呼んでいる。これから会ってもらう』
一方的に言い渡され、自室へと押し込められた。所謂軟禁状態といったところだ。
その後、あれよあれよとメイドによってドレスに着替えさせられ、今後の予定や候補者たちへの対応について学んでいた。
本当ならば無視したいところだが、それをすれば怒られるのはメイド達だ。彼女達に罪は無いため、ミズハは仕方なく説明を聞いていた。
「では、あちらの準備が出来次第お呼びいたしますので」
一通り準備や説明が終わり、メイド達は部屋を後にした。
「…………ふう」
いなくなったのを確認してから、深い溜息をついた。一人になったところで気が晴れることは無い。
以前より両親から結婚の話はそれとなくされていた。たまに家に帰れば、おそらく候補者のことだろう。誰かしらの話を聞かされる。相手の性格がどうだ、家柄がどうだ、能力がどうだ、カグラ家との関係はどうだと、耳にタコが出来るほど色んな情報を聞かされてきたのだ。
今回もほんの少し怪しいとは思ったものの、まさか仮病を使うとは思っていなかった。
(……別に、結婚したくないわけではない)
ミズハも女だ。結婚願望が無いわけではないし、一生独身を貫くつもりもさらさら無い。いつかは結婚したいと思っている。
だが、それは今ではない。
冒険者として、今が一番楽しい。仲間がいて、共に冒険して、共に成長していく。そんな生活が楽しく、何よりも愛おしい。
窓から空を見上げ、物思いに耽る。
(スレッド…………)
結婚と聞いて、頭の中でスレッドの顔が思い浮かんだ。しかし、ミズハにはどうしてスレッドの顔が浮かんだのか、はっきりとは分からなかった。
幼い頃から貴族のパーティに参加し、様々な人間と接してきた。笑顔で好意的に接しているように見えるが、彼らは皆カグラ家と繋がりを持ちたいのだ。
貴族の親に言われて、子ども達もどうにかミズハと繋がりを持とうと群がってきた。そこには純粋な好意など存在しない。権力を求める欲望だけだ。
そんなミズハの前にカグラ家を全く知らないスレッドが現れた。スレッドはミズハがカグラ家の人間であることを知っても普通に接してくれた。
だからこそ、無意識にスレッドのことが頭を巡っていた。
コンコン。
暫くして、ミズハを呼びにメイドがやってきた。どうやら迎えに来たようだ。いつまでも考え事をしていてもしょうがない。
ミズハの顔には決意が漲っていた。
淡い水色のドレスに最低限のアクセサリー。ミズハの美しさを最大限に引き出したメイクが見る者を虜にする。そして何より、黒く綺麗な髪が印象的だ。
仕上げたメイドも満足げだ。まるで宝物を見ている様に、うっとりしている。
メイドを引き連れたミズハは、婚約者候補がいる部屋へと向かう。
そして、部屋の前に辿り着いた。メイドが扉の前に進み、扉を開けた。中に見える男達の姿を見て、ミズハは面倒臭そうに部屋へと入っていった。
「ミズハ様がお越しになられました」
ミズハが来たことをメイドが告げる。ミズハに気付いた男達が笑顔で近づいてきた。
「これはお美しい!!」
「さすがカグラのご令嬢。素晴らしい!!」
歯の浮くようなセリフがあちらこちらから聞こえてくる。ミズハ自身を見ていないその態度に一瞬嫌そうな顔をするが、なんとか堪える。結婚が嫌とはいえ、ニクラス達の顔に泥を塗るわけにはいかない。
「ありがとうございます」
お礼を述べながら、両親の元へと進んでいく。幼い頃からマナーを躾けられているミズハの歩きは洗練されており、横を通るたびに男達の感嘆が漏れる。
ニクラスの隣に立ち、辺りを見渡す。
「この中から娘の結婚相手を決める。方法は後日改めて伝えるが今回は顔合わせだ」
「…………」
ニクラスの言葉を無視しつつ、男達を観察する。
どいつもこいつも豪華な服に大量のアクセサリーを身につけている。中には腰に剣を差している者もいるが、装飾が凄過ぎて実用性は全くの皆無だ。ちょっと攻撃を受けただけで、ポキっと折れてしまうだろう
一人ずつ目の前に来て、自己紹介と挨拶を行なっていく。どいつも選ばれようと必死だ。
そんな中、見知った顔が前に現れた。
「久しぶりだねマイスイートエンジェル、ミズハ」
「……お久しぶりです、ヴィンセンテ殿」
そこにいたのは、以前ギルドで絡んできたストーカー男、ヴィンセンテ・リースマンだった。
彼も冒険者の時とは違い、貴族としての正装でここに来ていた。さすがに両親の前でヴィンセンテをなじるわけにもいかず、少々嫌そうにしながらも対応する。
そんなミズハの態度に、ヴィンセンテは更に増長した。
「遂に僕たちの将来が決定するんだね。嬉しいよ」
「はあ…………」
「ふふ、照れているんだね。可愛いよ。待ってて、必ず僕が選ばれて見せるよ」
違うわ、ボケ!! と心の中で野次りながら、引き攣った笑顔を向ける。これがギルドなら、今すぐ張っ倒しているところだ。
暫くナルシストぶりを発揮した後、ヴィンセンテは下がった。そして、最後の人物が目の前にやってきた。
「お初にお目にかかります。アドニス・ブルムダークです。地方貴族のしがない次男坊ですが、どうぞよろしくお願いします」
最後の男、アドニスは綺麗な蒼色の髪に碧眼、すらりとした長身で筋肉も引き締まっている。典型的な小太りの貴族とは打って変わって、かなりの好青年だ。話し方にも嫌みは無く、次男とはいえ社交界では人気者なのは間違いない。
確かに女性が騒ぎそうな容姿に性格だ。ミズハが只の貴族令嬢ならば、直ぐにでも恋に落ちただろう。
だが、ミズハにはどうしても好きになれなかった。別に嫌いなタイプではないが、どうして駄目なのか自分でも分からない。
ちなみに、ニクラスの本命としてはアドニスが一番候補だった。容姿もさることながら、頭もよく、実力も兼ね備えていたからである。カグラの力を受け継がせる遺伝子としては申し分ない。
「では、この中から――――」
「ちょっと待ってください」
ニクラスが選考を宣言しようとした瞬間、待ったがかかった。それも自分の娘から。
誰もがミズハに注目する。ニクラスは娘が何を言うつもりなのか、気が気でない。リアナはニコニコ笑顔を浮かべるだけで変わりない。男達はどうしたことかと推移を見守っている。
「どうした、ミズハ?」
「これは私の結婚相手を決めるものですよね?」
「そうだが……」
「では、私からも一人、推薦してよろしいですか?」
突然の花嫁からの推薦に男達がざわめきだす。
それはそうだ。何らかの方法で一人を決めるとはいえ、花嫁が推薦するならばそれは決定を意味するのではないかと邪推してしまう。それでは選考の意味がない。
しかし、反論しようにも出来ない。そんなことをしてカグラ家の怒りを買っては元も子もない。
「しかし……」
「何もその人を結婚相手に決めるわけではありません。選考に参加する資格だけ与えてもらえればいいのです。そこからは彼らと同様に扱ってもらって結構です」
ミズハの説明を聞き、それならという雰囲気が部屋の中に漂う。まだまだ自分達に可能性はある。
「むう……」
娘の言葉と部屋の雰囲気にニクラスは唸ることしかできない。簡単に断ることも出来るが、資格を与えるだけを断っては自身の器量が疑われてしまう。
どうしようかと考えていると、男達の一人が手を上げた。
「構いませんよ、ニクラス様。むしろミズハ様ご自身がお選びになった候補なのです。それだけの資質が御有りなのでしょう」
手を上げた男、アドニスは微笑みながら承諾する。そんなアドニスに釣られて他の男達も賛成する。
こうなっては最早断れない。
「……良いだろう。その男には後で会わせてもらうぞ」
こうして、ミズハの結婚相手を決める戦いが始まった。それぞれが様々な思いを抱いて。
同時刻、館を散策していた一人の男は、背筋に寒気を感じて辺りを見渡していた。