第四十二話「カグラ家の執事」
模擬戦を行なうために移動したスレッドとセバス。そこは兵士などが調練などに使うグラウンドとなっている。円状に岩の壁が設置され、むき出しの大地がその中で広がっている。
本日の調練は既に終わっており、セバスが使用許可を取った。
カグラ家の執事は戦闘も嗜む。彼らは主人を護るために戦い、時間稼ぎをする。その為、常に万全の状態で仕えるために、たまに調練を行なうのだ。
観客席には兵士が詰めかけ、今か今かと対戦を心待ちにしていた。
なぜこれほどまでに人が集まったのか。それはセバスの戦いを観るためであった。カグラ家の執事を束ねる人物であり、その実力も一流である。
これまで兵士たちと模擬戦が幾度も行なわれたが、その全てでセバスは勝利してきた。
それ故、カグラ家最強はセバスと言われている。
「……大掛かりだな」
「他人の戦いを見ることも勉強となります。出来ましたらスレッド様の許可もいただけると有り難いのですが」
「別に構わないよ」
(本気は出さないしな)
軽い感じでOKして、身体をほぐす。手足を動かし、程よく柔軟を行なう。手甲を外して、荷物を脇にあるベンチの上に置いた。
戦い方を見られることに問題などない。これから行なう戦いは単なる模擬戦だ。スレッドは本気を出す気も、切り札を見せるつもりもない。おそらくそれはセバスも同じだろう。
相手に自分の情報を簡単に与える真似をするほどスレッドは馬鹿じゃない。
準備が整い、グラウンドの中心に向かう。
「ライア、離れていろ」
「ガウ!!」
「よろしいのですかな? ご相棒と一緒でなくても」
ライアに離れる様に指示するスレッドに対して、セバスは笑顔で提案する。
魔物を使役する者が魔物と一緒に戦うことは卑怯でも何でもない。剣士が剣で戦うように、紋章術師が紋章術で戦うように、魔物使いが魔物で戦う。
だからこそセバスはスレッドに提案した。
「こいつは模擬戦だ。勝負じゃない」
「……さようでございますか。了解しました」
肩をすくめてスレッドはセバスの提案を断った。これは模擬戦なのだから、と。
ライアがその場から離れ、準備を終えた二人は距離を取って向かい合った。
「さて、始めよう」
「よろしくお願いいたします」
お互いに軽く頭を下げ、構える。頭を上げた瞬間に戦闘の空間が出来上がった。張り詰めたような空気が場に流れる。
『…………』
周りで観戦している者達が息をのむ。誰も言葉を発しない。
スレッドとセバス。どちらの戦闘力も未知数だが、カグラ家に仕える執事であるセバスの実力は高い事だけは誰もが知っている。
激しい模擬戦が予測される。
「…………」
「…………」
どちらも相手の出方を窺っている。ちょっとした視線の動きや力の入れ具合から相手の動きを予測し、対処するような姿勢へと重心を移動させていく。
少しの動き、それだけで相手の先を予測できる。これが出来るのは一流の証であり、それだけ二人の実力の高さが窺える。
そして、牽制は終わりを迎えた。
「はっ!!」
最初に動いたのはセバス。一気に間合いを詰め、スレッドの頭を目掛けて右足を繰り出す。
「よっと」
対するスレッドは、軽く後方へと飛んでかわす。
続けざまにセバスが追撃し、当たれば致命傷になりそうな拳を放つ。風切る音が攻撃の重さを物語っていた。
そんな攻撃を紙一重で回避していくスレッド。傍から見ればスレッドの防戦一方に見える。
だが、スレッドの顔にはまだまだ余裕が見て取れる。軽く笑みを浮かべながら、流れる様な動きで回避していく
回避され続けるセバスは、攻撃を止めて一旦距離を取った。
「……余裕ですな」
「そうでもないさ」
「そうはおっしゃられますが、実際簡単に避けてらっしゃる」
「お互いが手加減した状態での中でなら、本当に紙一重さ」
そう、スレッドが手加減しているように、あれだけ重い攻撃を繰り出しているセバスもまた手加減している。
お互い、自分の中で決めた限界の中でしか実力を発揮していないのだ。
「じゃあ、身体もあったまってきたし、そろそろこちらからいかせてもらうぜ」
「どうぞ」
思考を無にして、身体の力を抜く。一旦全ての力を抜くことで、これまで回避に使っていた余分な力を攻撃へと転ずる。
先ほどの再現のように、間合いを詰めたスレッドが攻撃を繰り出す。
「しっ!!」
真正面から放たれた正拳突きが空を切る。寸でで回避したセバスの後ろで衝撃が地面を抉る。衝撃だけでも人体を破壊しそうだ。
攻撃を放つスレッドに、回避するセバス。正に数分前とは逆の光景だ。
だが、今度は次第にセバスが反撃を行なっていく。二人ともに攻撃は一度もヒットしていないが、たまに服をかすめる。かすめた瞬間に服が焦げ付き、微かに焦げた匂いが鼻腔をくすぐる。
「なあ……?」
「ああ、そろそろ戻るか……」
周りの観客、特に若い者たちから見れば、二人の戦いは次第につまらなくなってきた。
派手な必殺技が飛び出るわけではない。血を流すほどの激闘ではない。これならば人間対魔物の試合を見る方がよっぽど面白い。正直飽きていた。
中には帰ろうとする者まで現れた。
「…………」
「さすが、だな……」
しかし、ベテランの兵士たちの感想は違った。
彼らには二人の攻撃がどれほどのものかも、それを軽々と回避している二人の実力も理解していた。
攻撃を回避して、その隙に攻撃するだけと口にするのは簡単だ。だが、実際に行なうとなると難しい。瞬間瞬間でそのとき最も大きなダメージを与えられる個所を判断し、そこに攻撃を叩きこむ。更にその後、攻撃で隙が出来たところに放たれる攻撃を回避する。
単調なようだが、二人のスピードで行なうのは一流でも難しい。
だからこそ、実力の高い者は食い入るように動きを追っていた。少しでも自身に役立てる何かを盗むために。
そして、模擬戦は最終局面に向かっていた。
戦いが進むにつれて、スレッドとセバスの顔には微かに笑みが浮かんでいた。
二人ともにかなりの実力者だ。これまで自分と対等に戦える者は少なかった。模擬戦をするにしても、ある程度手加減をしなければならない。スレッドもある程度の年齢になってからはフォルスとの模擬戦は控えていた。
だからこそ、この一戦が楽しかった。
「……まだまだ戦いたいのですが、そろそろ仕事に戻らねばなりません」
「そうか。ならそろそろ終わりにするか」
すると、今度は互いの攻撃をぶつけ合った。同等の力でぶつかる力が衝撃を生み、風となって砂を巻き上げる。
激しい音が辺りに響き渡り、微かにだが壁が振動する。
数合打ち合い、最後に互いの拳をぶつけ合った。
何の合図もなかったが、二人は拳を引いた。それによって模擬戦は終了した。
戦いが終わり、二人は少し距離を取り、静かに礼をする。その姿にさほどの乱れはない。
向かい合う二人の顔には満足感が笑顔として現れていた。
いつの間にかライアがスレッドの横に控えている。戦いが終わったことを察知して、直ぐに戻ってきたのだ。
「ありがとうございました」
「ああ、こちらもいい運動になったよ」
「それでは私は仕事に戻ります。戻りはメイドに案内させますので」
そう言って視線を横に向けると、一人のメイドが立っていた。視線に気づいたメイドは軽く頭を下げる。
一体いつ現れたのか、スレッドには全く分からなかった。
その場から去っていくセバスの後ろ姿を見ながら、スレッドはカグラ家の凄さに感心していた。
(執事でこの実力…………カグラ家おそるべし、だな)
再び戦えることを期待しながら、スレッドはメイドに案内されながら館へと戻っていった。