第四十話「カグラ」
「こちらでお待ちください」
館内に通されたスレッドとブレア、ライアは、応接室に案内された。応接室とはいうものの、名門の家系に相応しい内装と調度品の数々。二人はふかふかのソファに座り、部屋の中をキョロキョロと眺めていた。ライアはソファの横に丸くなって座っていた。
セバスはスレッド達を応接室に案内した後、後ほどメイドを向かわせると言って下がっていった。
「凄い、やっぱりカグラ家は一流」
一つ一つの調度品を鑑定しながら、感嘆を漏らすブレア。どれも見た目的には豪華に見えないが、歴史を感じさせるような調度品が調和を保っている。
これまで様々なクエストをこなし、色んな場所に赴いたブレアは、お宝や美術品を見てきた。中には豪華に見えて、全くの贋物も見てきた。
そんなブレアが見ても、どれも一級品ばかりだ。どれ一つとっても、平民では決して手に入らない。
「ふーん、そんなにすごいのか?」
「応接室には相応しくないほど高価なものばかり」
あまりに高価すぎる調度品はブレアにいつも以上に饒舌だ。そんなブレアは正直珍しく、スレッドはその姿に苦笑していた。ついでにライアも。
コンコン。
「失礼いたします」
ノックと共にメイドが飲み物を持って部屋に入ってきた。テーブルに置いていくその姿は、一流のメイドの如く洗練された動きをしていた。
カップの中には熱々のコーヒーが入っており、そのコーヒーでさえ匂いだけで高価ではないかと邪推してしまう。
ライアにはミルクが出され、ライアは嬉しそうに尻尾を振って飲んでいた。ちなみにミルクも最上級のものが出された。
メイドが出ていって、部屋に静寂が訪れる。
二人はコーヒーを啜りながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。あまりコーヒーを飲まない二人だが、出されたコーヒーはとても美味しかった。
のんびりした空気の中、ブレアはポツリと呟いた。
「ミズハは大丈夫、かな?」
案内の途中で分かれたミズハの心配をするブレア。
「自分の家なんだ。危険なことなんてないだろう」
「でも……あの顔……」
「…………」
別れた時のミズハの表情を思い出す。
父親が危ないと聞き、ここに来るまでも非常に暗い顔をしていた。心配せずにはいられないほど元気がなかった。
全身に覇気が無く、ちょっと触ったら今にも倒れてしまいそうだった。
その姿を見て、スレッドは少しだけフォルスのことを思い出していた。
フォルスは死ぬ間際は病気がちで、たびたび寝込んでいた。苦しそうに咳をして、気分の悪い日は一日中寝込んでいた。
それでも、最後は笑顔で天国へと旅立った。
(……さて、どうなることやら)
スレッドは窓の外を眺めながら、これからのことに思いを馳せていた。
「父上!!」
父の部屋に着いたミズハは、勢いよく扉を開け放った。部屋に入る瞬間、ミズハは最悪の想像をしていた。
そこには、想像とは全く違う光景が広がっていた。それも予想の斜め上を行くような。
「ミズハちゃーーん!!」
「キャア!!」
「会いたかったよ~、寂しかったよ~~!!」
部屋に入った瞬間に抱き着かれた。予想もしていなかったことにミズハはなすがままにされ、困惑が思考を占めていた。
暫くして抱きついてきた人物が自分の父であることを認識した。
「父上……」
「心配したんだよ。身体壊してないか、生活に困ってないか。ミズハちゃんに何あったらわしは、わしは……」
「はあ……」
あまりな父の姿に呆れの溜息を洩らす。いつものこととはいえ、このテンションにはついていけない。
ミズハの父、ニクラス・カグラは、かなり厳格な人間である。自分にも他人にも厳しく、不正を見逃さない。常に国民のことを考えて政治を行なっている。アーセル王国でも有名な人格者だ。
ニクラスは黒のスーツを着ている。派手な装飾は着けておらず、一見すると安っぽく見えるが、完全オーダーメイドのスーツであり、一着で家が一軒建つほどの値段がする。
ミズハとは違う茶髪はしっかりとセットされ、威厳たっぷりの髭を生やしている。
そんなニクラスは、娘の前ではデレデレの駄目オヤジと化す。あまりに情けない姿に、これが自分の父親から悲しくなる。
「あなた、その辺りにしなさい」
ニクラスの態度に呆れたミズハの母、リアナ・カグラが窘める。
リアナは淡い緑のドレスを着て、落ち着いた雰囲気で立っている。首元や指には幾つかアクセサリーが着けられているが、成金の様な品のない感じは見受けられない。まさに貴族の婦人といった姿は、見る者の姿勢を正すようだ。
ミズハと同じ黒髪で、ミズハの髪はリアナから受け継がれている。
静かな、それでいて怒りに満ちているリアナにニクラスは冷や汗を流しながら姿勢を整える。何かを誤魔化すように咳をする。
「よく戻ってきた」
鋭い視線がミズハを射抜く。長年権力闘争を行なってきた者だけが出せる眼力がそこにはあった。
そんな二クラスを半眼で睨みつける。
「……騙したのですか?」
「こうでもしないと、貴女はいつまで経っても帰ってこないでしょう?」
ニクラスが危ない状況だと伝えられて戻ってきたミズハ。
しかし、戻ってきてみれば、ニクラスは病気どころか無駄に元気。むしろうっとおしいくらいだ。
ミズハが騙されたと思っても間違いではない。
そんな両親の言い訳は、このような手段を取らないとミズハが家に帰ってこない。だからこそ嘘をつかなければならなかった。
そしてミズハはまんまと策にはまったのだ。
「まだ冒険者などやっているようだな」
「……はい」
「お前は名門カグラの人間なのだ。いつまでもフラフラさせておくわけにはいかん。そろそろ落ち着いて貰う」
嫌な予感がした。冒険者としての勘がミズハに危険を察知させていた。これまでに感じた嫌な予感の中では一番だった。
一拍置いて、ニクラスは衝撃の一言を放った。
「ミズハ、お前には結婚をしてもらう!!」