第三十八話「手紙」
バルゼンド帝国は劇的な変化を迎えた。
現皇帝フィカルドが回復したことにより、皇位継承は行なわれなかった。
だが、ジョアンが『皇帝の証』を遺跡から取ってきたことにより、ジョアンが正式に次期皇帝に内定することとなった。
そして皇帝回復と次期皇帝決定の知らせは城下に喜びをもたらし、街は一気に盛り上がりを見せた。連日のように宴が行なわれた。どこもかしこも飲めや歌えの大騒ぎ。
更に宰相ブッシャルの死亡が伝えられた。公的には病死と伝えられ、城内では行方不明で処理されてしまった。死亡した状況に関しても緘口令がしかれ、皇帝と側近の者しか真実を知る者はいない。
それと同時にジョアンの異母弟であるマルク・ド・バルゼンドの死亡も伝えられた。
その後、ブッシャルが極秘裏に進められていた他国への侵攻計画は破棄され、回復したフィカルドが陣頭指揮を取り、周りの国々との親交条約が締結されることとなった。
こうして誰も知らないところで国を動かす事件の幕が降りた。
城下町では誰もが浮かれていた。フィカルドが回復したことに乾杯し、ジョアンが次期皇帝に決定したことに歌を歌う。
それは酒場でも同じことだった。どのテーブルでも酒をあおり、叫び声を上げる。そのどれもが帝国を称える言葉ばかりだ。
「ゴク、ゴク、ゴク……プハァ」
「いい飲みっぷりだな」
「おいしー♪」
「ワウ♪ ワウ♪」
スレッド達もテーブルで料理と酒を味わっていた。
テーブルには多くの料理が並び、運ばれてくる酒を次々と飲み干していく。テーブルの周りではウェイトレスが忙しなく動き回っている。
テーブルの下には十人前以上の肉が積まれ、その肉をライアが腹に詰め込んでいた。
スレッド達は自分たちへのご褒美に、宴会を行なっていた。
「…………ごめんなさい」
「何を謝ってるんだ?」
事件が終わり、城下へ戻ったスレッド達は宿屋にいた。
部屋の中でブレアはスレッドとミズハに向かい合い、頭を下げていた。いつもの無表情ではなく、悲しそうな顔をしていた。
「私の眼のこと……」
「うん? ああ、それか…………っていうか、俺はその『魔女の眼』というのが良く分からんし、気にしないが」
不吉とされている『魔女の眼』。これまでも様々な人々から迫害を受けてきた。中にはブレアを殺そうとした者もいた。
だから、自分の眼のことがばれて、スレッド達も迫害するのではと恐れていた。
微かに震えているブレアに、ミズハは笑顔でブレアを抱きしめた。
「ミ、ミズハ……?」
「大丈夫。ブレアは魔女でもないし、不吉でもない。ブレアは――――私達の大切な仲間だ。だろ、スレッド、ライア?」
「うむ、その通りだ」
「ガウ!!」
ミズハの言葉にブレアは涙を流した。そこには、大切な仲間と言って貰えた嬉しさに溢れていた。
その後、各々がジョアンから報酬を貰い、城で一泊してから宿まで戻ってきた。スレッドは宝石、ミズハは予備となる刀の紋章武器、ブレアは城内にある書庫で紋章術に関する書籍を閲覧していた。
三人は全てが終わったお祝いに、酒場で飲んで食べての宴会を行なっていた。
「やはりここだったか」
三人が食事を楽しんでいる所へ男性がやってきた。帽子を深くかぶり、周りの人間にばれない様に近づいてきた。
「……こんな所に来て大丈夫なのか、ジョアン?」
現在様々な事務処理に追われており、城に缶詰め状態であるはずのジョアンが空いている席に座る。
よく見てみると、ひっそりとだがジョアンを守る護衛が酒場のあちこちに潜んでいる。
「ああ、なんとか一段落してな」
疲れた顔で安堵の息を漏らしながら現状を語り始めた。
ブッシャルが死んだことによって宰相派の不正が一気に表に出て、多くの文武官が処断された。それにより城内は混乱し、事務処理が滞った。
そこでジョアンも事務仕事に駆り出された。それほどまでに人が不足しているのだ。
話を終えたジョアンは真面目な顔で三人に対して頭を下げた。
「ありがとう。君達には本当に助けられた」
ジョアンが頭を下げた瞬間、護衛達から少しの殺気が溢れ、スレッド達のテーブルだけ温度が下がったような気がした。
どうやら、ジョアンに頭を下げさせたことを怒っているようだ。
「気にするな。助けたのは俺達の為だし、ちゃんと報酬は貰ったしな」
「その通りだよ」
「問題なし」
護衛達の殺気を感じながら、三人は無難に答える。どうやら正解だったようで、本当に少しだが殺気が収まった。
ジョアンはそんなことには全く気付かず、笑顔で頭を上げた。
「そう言ってもらえると助かる。だが、君達にはこの国を守ってもらったんだ。それにイクセールも譲ってもらった。あの程度の報酬で報いられたとは思えないよ」
そう言うと、ジョアンは懐から袋に入った金貨をテーブルに置いた。その量は一クエストの報酬とは思えないほどだった。
「受け取ってくれ」
「そいつは受け取れない…………と、言いたいところだが、有り難く受け取らせてもらう」
「そうか!! 受け取ってもらえて良かった!!」
断りの言葉を発した瞬間、護衛からの刺すような視線を感じ、素早く回答を反転させる。その行動に対してミズハもブレアも反対しなかった。
「すまないが、あまり時間も無いのでこれで失礼させてもらうよ。スレッド達はこれからどうするんだ?」
「まだ決めていない。ここでクエストをこなすか、それともアーセル王国に戻るか。二人と相談して決めるよ」
「そうか。もし帝国に寄ることがあったら会いに来てくれ。歓迎するよ」
「その時はご馳走希望」
挨拶を交わし、ジョアンは護衛と共に去っていった。
「さて、これからどうする?」
食事を終え、今後の話し合いを行なっていた。
「ギルド? それともモルゼン?」
冒険者は各ギルドに顔を出すことも仕事の一つだと考えられている。職員に顔を覚えてもらい、クエストを回して貰い易くする。そうすることも一流の冒険者になるために必要である。
「アーセルに戻ると言うのも――――」
「ミズハ・カグラ様ですか?」
話をしていると、突然話しかけられた。そこにはスーツを着た特徴のない男性が笑顔で立っていた。
「ああ、そうだが……」
「こちらをお預かりしております」
男性から差し出されたのは、一通の手紙だった。手紙の表には何も書いておらず、差し出し人が誰だか分からない。
「これは……って、いない!?」
何なのか尋ねようと振り向いたが、そこには誰もいなかった。三人が気付かないうちに消えていた。
仕方が無いので、ミズハは手紙を開いた。
そこには――――
『父、危篤。直ぐ戻れ』
この手紙が次の冒険の始まりとなった。
……第三章へ続く