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格闘家な紋章術士  作者: 愉快な魔法使い
第一章「アーセル王国」編
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第二話「自己紹介」


「ありがとう。本当に助かったよ」


「気にしなくてもいい。単なるお節介だ」


 数匹まで数を減らされたタイガーウルフは、敵わないと判断したのか、森の奥へと逃げていった。既に周りには他の動物や魔物はいないようだ。

 周囲を警戒しつつ、お互いに自己紹介をする。


「私はミズハ・カグラ。君は?」


「スレッドだ。スレッド・T・フェルスター」


 差し出される手に握手を交わす。


「で、こいつが相棒のライア」


「ありがとな」


「ワフ」


 ミズハはライアの前にしゃがみ込み、頭をなでる。柔らかな毛並みが気持ちいいのか、しばらくの間撫で続けていた。


「見たことない種類の狼だな」


 銀の毛を撫でながら尋ねる。

 全ての魔物の種類を知っているわけではないが、それでもこの辺りの魔物に関してはある程度知っている。

 自分の知識と照らし合わせてみても、ライアの様な狼は知らなかった。


「ん? ああ、ライアは氣獣なんだ」


「…………そうは見えないな」


 氣獣と聞き、ミズハは驚いた表情でライアを撫でている。驚いても、撫でる手だけは止めないようだ。


 今までミズハが見てきた他の氣獣は、ライアほど表情豊かではなかった。他の氣獣はどこか機械的で、造り手の命令を聞くだけの人形の様だった。


 しかし、ライアは自分の意思を持ち、自分自身で決めて動いているように見える。どう見ても氣獣には見えない。


「それより、手痛くやられたようだな」


「ああ、油断していたよ」


 ミズハの姿を眺めながら呟くスレッドに、ミズハは苦笑いを浮かべる。


 黒い綺麗な長髪は乱れ、装備している防具はボロボロ。最早防御力は無いに等しい。所々に切り傷があるが、致命傷になるほどの傷は負っていないようだ。

 腰に差している刀は鞘に納められていて見えないものの、タイガーウルフとの戦闘で使い物にならないは丸分かりである。


 見た目からも分かる通り、ミズハはかなり疲れていた。長時間の戦闘は肉体的にだけでなく、精神的にも疲弊した。

 それでも助けてもらった者への礼はしっかりしなければ、ミズハのプライドが許さない。


「何か礼をしたいのだが、生憎今は手持ちが無いんだ。街に戻るまで待ってもらえるか?」


「そいつも気にしなくてもいいさ。気まぐれで助けたようなものだ。何も要らないよ」


「それでは私の気が済まない」


「うーん……」


 スレッドとしても、お礼を求めた行動ではない。

 育った山では自給自足の生活。山から下りてからも動物などを狩っての生活。何かに困ったことなど無いので、欲しいものというのが思いつかない。


 普通の冒険者ならここでお金などの報酬を要求する。また、男の冒険者などはミズハの身体を要求する者もいるだろう。

 それほどにミズハは魅力的な女性だ。


 ミズハもスレッドがそのような下種な要求をするとは思えなかった。何の得にもならないのに、ミズハを助けたことからもお人よしの様な気がしたのだ。


 それでも何かないかと考える。ミズハはお礼をしたがっているし、それを無理に断るのも逆に彼女に悪い。


「あ、そうだ」


「何か思いついたか?」


「すまない――――街までの道を教えてもらえないか?」






 日も暮れ、夜の森を抜けるのは危険と判断し、その場で一晩過ごすこととなった。

 火を焚き、森で狩った猪を捌き、焼いていく。煙と共に香ばしい匂いが立ち上っている。その匂いに釣られて周囲に魔物が集まっているが、襲ってくるまではしない。


「何から何まですまない。治療から食事まで……」


「お礼ならライアに言ってくれ。猪を狩ってきたのはあいつだからな」


 ライアに視線を向けると、少し離れたところで周囲を警戒しながら地面に横になっている。ライアの警戒によって、集まった魔物も襲うことが出来ないのだ。


「しかし、あの山で暮らしていたとは驚きだ。というかあの場所に人間が住めるものなんだな」


 ミズハが驚くのも無理がなかった。スレッドが暮らしていた山、ボルボ山は魔境と言われており、冒険者に人の住める場所ではないと言わしめるほど危険な場所である。第一級危険区域に指定されている。

 そのような場所で暮らして、更にはここまで荷物一つでやってきたスレッドにはほとほと驚かされた。


 そんなスレッドには地理というものが全く分からなかった。

 山を下りることなく生活し、街に行くこともなかった。だから、どちらの方角へ行けば街があるのかすら分からなかったのだ。


 そこで街に帰るミズハに道案内を頼んだ。対するミズハは直ぐに快諾した。


「それにスレッドが紋章術師であるのにも驚いた。私はてっきり拳士だとばかり思っていたよ」




 紋章術――――世界に満ちるマナに魔力を注ぎ込み、紋章スペルを形成し、世界に干渉し、術を発動させる。マッチ程度の小さな火を発動させるものから広域に雷を降らせるものまで、威力や種類は多種多様に存在する。ミズハの傷を治したのも紋章術である。そして紋章術を操る者を紋章術師と呼ぶ。




「生粋の拳士に比べれば、俺の格闘術なんて素人同然だ。構えも何もなっちゃいないさ」


「その割にはタイガーウルフを圧倒していたじゃないか?」


「あれも紋章術を応用した戦いだ。足の裏に紋章術を発動させて、その勢いで移動する高機動格闘術の一種だ」


 先ほどの戦いでの超スピード。その正体は紋章術の力である。

 紋章術とは本来己の魔力をマナに与え、紋章を描き、術を発動させる。その一連の動きにはどうしても時間が掛かってしまう。だが、紋章術師は下位レベルの紋章であれば省略することが可能である。

 下位の紋章術には少量の魔力だけで紋章を描くことが出来る。その為瞬時に術を発動することが出来るのだ。


 しかし、先ほどのスレッドのようにあれだけ連続して発動させることは一流の術師であっても至難の業である。どれだけ慣れた術式であっても、必ずどこかでミスしてしまうものだ。

 故に一般的な紋章術師は、術師の必需品である杖に状況に応じてあらかじめ術式を幾つかセットして戦闘に臨む。


「しかし、紋章術師といっても、スレッドは杖を持っていないじゃないか?」


「俺は少々特殊でね。すまないが、詳しくはあまり話せない」


 申し訳なさそうに頭を下げるスレッドに、ミズハは慌てる。


 スレッドの紋章術はフォルスに教わったものである。フォルスが使用する紋章術は少々特殊なものであり、手紙の内容にあったようにあまり人には教えない方がいいと考え、言葉を濁した。

 実際にはスレッドの奥の手が人に知られてはいけないことなのだが、世間の紋章術の認識を知らないスレッドは全ての技術が特殊なのだと考えていた。


「い、いや。言いたくないのなら無理には聞かないさ」


「そうしてもらえると助かる」


 気まずい雰囲気になってしまい、どうにか話題を変えようと試みるスレッド。


「そう言えば、ここから街までどのくらい掛かるんだ?」


「そうだな……この先の山を越えて、少し行ったところにこの国の首都がある。歩きだと一日もあれば着くだろう」


 ミズハとしても暗い話題を引き摺る理由もないので、方角を指差しながら明るい口調で答える。


 指差す方向は暗闇に包まれており、はっきりとは見えないがうっすらと小高い山が見える。その山まで大体十数キロといったところか。


「では、明日の早朝に出発するとしよう」


「了解した」


「今晩は俺とライアが見張りをする。ミズハは休むと良い」


「いや、さすがにそれは悪い。私も交替して――――」


 パーティで野宿をする際、本来は交替して寝ずの番をするものである。特に凶暴な魔物がいるサルスガの森では二人一組で見張りをするほどだ。


 さすがにスレッド達だけに任せるのは悪いと感じたミズハは、自分も見張りをやると主張しようとするが、右手で制される。


「傷は治ったとはいえ、まだ体力も完全とは言えないだろう? 俺なら一晩程度大丈夫だ。ライアも問題ない。ゆっくり休め」


「しかし……」


「ここで無理して、明日体調を崩しては無意味だ。それならば、明日までに体力を回復させるんだ」


「…………分かった」


 しぶしぶだが、スレッドの言葉に従った。

 冒険者であるがゆえに、万全な体調ではない状態で魔物の領域を進むのは無謀だと理解している。ここはゆっくり休んで、明日に備えた方がいい。


 シーツに包まって眠りに入るミズハを見ながら、スレッドは微かに微笑んだ。そして集めた焚き木を火の中にくべる。


 ミズハが眠ると同時にライアが焚火の近くにやってきた。


「ん、交代するか。ゆっくり食べろよ」


 二人が食事をしている時、ライアは周囲の気配を探っていた。そんなライアにちょうど今焼けた肉を与え、今度はスレッドが交代して周囲の索敵を開始した。


 スレッドの手が食事をしているライアの背を撫でながらゆったりした時間を過ごしていた。


 遠くの方で魔物の鳴き声が聞こえる。

 森の夜は静かに更けていった。



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