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格闘家な紋章術士  作者: 愉快な魔法使い
第二章「バルゼンド帝国」編
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第三十七話「秘薬」

 部屋の中はあちらこちらがボロボロに破壊されていた。


 壁や床は衝撃で穴があき、所々焦げ付いている。飾ってある装飾品は軒並み倒れ、殆どが価値のない物へと変わっていた。

 自分達が壊したわけではないが、ちょっとの罪悪感がある。


「大丈夫か、二人とも?」


 合体紋章を解除したスレッドは自身の疲れを無視して、後ろで休んでいたミズハとブレアに話しかけた。


「大丈夫」


「…………//」


 傷ついたミズハの回復をしていたブレアがスレッドに気付いて返事をする。杖をミズハに向けながらも、ブイサインで大丈夫な事をアピールしていた。

 だが、ミズハは顔を赤くしたままボーっと俯いていた。


 冒険者になってからミズハは、美しい容姿からパーティに誘われることはよくあったが、さほど交流を持たなかった。たまにクエストに参加して彼女の身体を狙った不届き者もいたが、ミズハに半殺しにされた。


 そんなミズハは男性に抱きかかえられる事など無かった。

 鍛えられた腕に堅い胸板、温かいスレッドの体温を思い出して、ミズハは更に赤くなっていった。


「? どうしたミズハ?」


「!? い、いやいや!! 何でもない!!」


 肩に手を置いて身体を揺さぶられ、ミズハは我に返る。目の前にスレッドの顔が突然現れ、色々思い出して身体の前で両手を振って、後ろへと後ずさった。


 そんな姿に首を傾げながらも、今はそんな場合ではないと気にしないことにした。


 ちなみに、そんな二人をブレアはニヤニヤしながら眺めていた。


「休みたいところだが、ジョアン達が気になる。俺達も向かおう」


 二人はスレッドの言葉に頷き、移動を開始した。






「ふん、鍛錬が足りんわ」


 棍を背中に差し、目の前で転がっている近衛兵達を見下ろしながらヨルゲンは溜息をもらした。


 十数人の近衛と対峙していたヨルゲンは、棍を巧みに操り、一人の死者も出すことなく倒した。


 本来近衛は帝国内でも本当に実力がある者しか就くことが出来ず、手加減して倒せるほど軟弱ではない。

 そんな近衛を十数人相手にして傷を負わず、更には一人も殺さず無力化したヨルゲンの実力はかなりのものであることが分かる。


「さあ、参りましょう」


「ああ」


「ガウ!!」


 実力が落ちたと感じる近衛の訓練をもっと厳しくすべきか、今はどうでもいいことを一瞬考えるものの、直ぐに忘れてジョアンと共に先へと進む。

 頭の中で城内の地図を思い浮かべ、皇帝がいる場所を予測する。


「おそらくこの先の紅玉の間に陛下はおられると思います」


「確かあそこには今何もなかったはずだが?」


 ヨルゲンの推測した紅玉の間は、前皇帝が趣味で蒐集した宝石を納めていた部屋であるが、現在では宝石は宝物庫へと移され、全く何もない部屋になっているはずだった。


 皇帝がそんな場所にいるとは思えない。


「だからこそ、です。何も無い故に誰も入る必要が無くなります。人を遠ざけるには最適の部屋です」


「なるほど」


 理由に納得し、紅玉の間へと向かってスピードを上げる。


 紅玉の間に辿り着いたが、部屋の前には誰もいなかった。確かに隠すべきならば、あからさまに警備しないものである。


 バァン!!


「父上!!」


 先ほどのように待ち伏せの可能性もあったが、ジョアンは勢いのままドアを開け放った。


「なっ!?」


 部屋の中には簡素なベッドがあり、そこに皇帝フィカルド・ド・バルゼンドが寝かされている。そしてすぐ脇に白衣を着た老人が皇帝に近づこうとしていた。


「きっさまーー!!」


「ひっ!?」


 ジョアンは老人がフィカルドに危害を加えようとしていると考え、怒りに我を忘れて老人に飛びかかろうとした。


 だが、それは未遂に終わった。


「お、お待ちください、ジョアン様!! 彼は宮廷医師の一人です!!」


「…………何?」


 ヨルゲンに両脇から抱えられながら押し止められた。そして老人が医師であることを聞いてなんとか落ち着いた。






 医師から話を聞いてみると、彼は最近皇帝付きの宮廷医師になり、今はフィカルドの具合が悪くなり、診察をしていたところである。

 脇には様々な医療道具が置いてあり、中にはそれなりに高価な薬も納まっている。


 苦しんでいるフィカルドを診察しようとした瞬間、ジョアン達が登場して勘違いしたのだ。


 さすがに間違いで襲いかかったのは悪かったと思い、ジョアンは素直に頭を下げた。


「すまなかった」


「いえ、少し驚いただけですので大丈夫です」


「それで陛下のご容態は?」


 勘違いが解消され、フィカルドの容態が尋ねる。


「……症状から考えますと、ボスミアンの毒ではないかと思われます」


 医師は表情を歪めながら診察結果を告げた。


 ボスミアンとはバルゼンド帝国の北に位置する、魔の森と呼ばれているノンファーの森に自生している植物で、大人でも少量で死亡してしまうほどの強力な毒を持っている。森には凶悪な魔物が生息しており、ボスミアンを主食としている魔物もいる。


 おそらく本当に分からないほどの量を食事などに混ぜ込み、毒殺しようとしたのだろうというのが医師の推測だ。


「宰相派の宮廷医師の中には毒に長けた者がいます。おそらくその者が食事に盛ったのでしょう」


 医師は苦々しく吐き捨てる。


 ボスミアンの毒は条約で禁止されており、所持することさえできない。裏稼業の者でさえ禁忌とされており、ましてや人の命を扱う医者が使用するなどもってのほかだ。


 だからこそ目の前の医師は毒を使用した医師に嫌悪感を示した。


「どうにかならないのか!!」


「…………ボスミアンの毒に対する解毒薬は未だ開発されておりません。クリクール(身体の免疫力を高め、毒の進行を抑える薬)を使用しても、今の状態を見る限り持って数日でしょう」


「そんな…………」


 ジョアンとヨルゲンはこの世の終わりみたいに沈んでしまった。


 そこに数人の足音が聞こえてきた。足音は真っ直ぐこの部屋に向かっており、勢いよく紅玉の間へと入ってきた。


「ジョアン、無事か!!」


「スレッド!! そっちも大丈夫のようだね」


 スレッドとミズハ、ブレアが部屋に入ってきた。三人共細かい傷はあるものの、比較的軽症である。

 三人が無事だった事に安堵するが、すぐに悲しみが表情を彩った。


「……何かあったのか?」


 重苦しい雰囲気を感じ取り、ミズハが代表してジョアンに尋ねた。そして簡単に現状を説明され、三人共ジョアン達と同様に表情を暗くした。


「せめて、イクセールがあれば……」


「イクセール? なんだそれは?」


 医師が呟いた言葉にジョアンが顔を上げた。そこには微かな期待が含まれている。


 だが、医師は顔を歪めながらジョアンの質問に答えた。


「最高級の回復薬です。本来は外傷などに用いるのですが、近年毒にも効果があるという結果が出ています。イクセールと治癒の紋章術を併用すれば、助かる可能性があります」


「なら、それを使って!!」


「ですが、イクセールの材料はかなり希少なもので、市場には殆ど出回りません。今から探したとしても間に合うかどうか……」


 医師の言葉に誰もが言葉を無くす。助からないと誰もが理解できてしまったから……。


「…………」


 そんな中、スレッドは何かを思い出し、一人自分の荷物を漁っていた。あれでもない、これでもないと様々なアイテムを出していく中、目的の物を見つけた。


 それは一つの小瓶だった。青いガラスでつくられた小瓶には液体が詰まっており、しっかりと封がされている。一見すると、何処にでもある薬のように見える。


「ジョアン、こいつをやる」


 スレッドはおもむろにその小瓶をジョアンに向けて放り投げた。


 いきなりのことに慌てて落としそうになるが、なんとかキャッチした。何の変哲もない液体に首を傾げる。


「これは?」


「イクセールだ。昔手に入れたものだが、お前にやるよ」


『!?』


 スレッド以外の視線が小瓶に集まる。スレッドの言葉に誰もが驚愕する。


 滅多に手に入らない最高級の薬。それを何でもないように譲ったのだ。この薬一つで一生遊んで暮らせるほど、幻の薬だ。驚かずにはいられない。


「い、いいのか……?」


「構わない。それより早くしないとヤバいんじゃないのか?」


「ッ!? そうだった。これで頼む」


「畏まりました」


 イクセールを受け取った医師はフィカルドにイクセールを飲ませ、治癒の紋章術を掛ける。併用させることで効果を増幅させていく。

 ついでにスレッドとブレアも手伝う。


 するとベッドの上で苦しんでいたフィカルドは徐々に回復していき、穏やかな寝息へと変化していった。


「……どうやら成功のようです。おそらくもう大丈夫でしょう」


 医師の言葉に安堵の息が漏れる。ジョアンがベッドの脇に駆け寄る。穏やかな寝顔を見つめ、ジョアンから安堵の息が漏れる。

 ヨルゲンは涙を流しながら直立不動で喜び、スレッド達もこれで犯罪者にならなくていいことを喜んだ。


 こうして長い戦いの一日が終わった。



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