第三十六話「決着」
ミズハとブレアが時間稼ぎをしている最中。スレッドは身体から余分な力を抜いて、自然体で立っていた。
「ふう…………」
軽く息を吐き、体内の氣を循環させ、身体全体に行き渡らせていく。先ほどまでの戦いでの疲労が微かだが回復する。
合体紋章で自身の身体に取り込んでいる紋章術の力と、循環させた氣を混ぜ合わせていく。
本来紋章術と氣は相容れないものである。混ざり合わせようとすれば反発し、無理をすれば暴発してしまう。研究されたこともあるが、現在では研究者の誰もが研究を諦めている。
そんな誰もが諦めた事をなぜスレッドが出来るのか?
その理由は合体紋章にある。
紋章と氣を合体させる場合、身体の外で混ぜ合わせる。その際、大気中のマナが邪魔となり、暴発してしまう。
だが、合体紋章の場合身体の中で紋章と氣を混ぜ合わせる。そうすることでマナの影響を受けず、反発を抑えることが出来る。
「…………よし!!」
パワーアップの完了したスレッドは吹っ飛ばされたミズハを助けに向かった。
「戦う前に聞いておく。てめぇの目的はなんだ?」
ノアと向き合ったスレッドはノアの目的を問いただした。
勿論まともな答えが聞けるとは思っていなかった。魔に属し、態度が軽いノアが真実を語ることは無いにしろ、言動などから何かが読み取れるのではと考えた。
しかし、ノアはスレッドの予想から大きく外れていた。
「そうだね~。一番の理由は君の実力を計る為だよ」
「……その為にこの国を巻き込んだのか?」
「僕は魔族だよ。人間の国がどうなろうと知ったことではないよ」
「そうか……なら、てめぇを倒せば問題が無くなるわけだ」
「その通り。さて、会話はこの辺りにして楽しもう」
そう言って強大な魔力を噴き出す。駆け出しの冒険者ならば、その場で失神してしまうほどの威圧感が感じられる。
そんな威圧に屈することなく、スレッドはノアに向かっていく。
パワーアップしたスピードと威力の攻撃がノアに襲いかかる。防御していたノアも回避に徹している。それほどまでにスレッドの攻撃力は増していた。
「ふふふ、これだよ。これを待っていたんだよ」
一発一発が危険な攻撃を紙一重で回避しながら、ノアは笑顔になっていく。まるでおもちゃを与えられた子どもの様な無邪気さだ。
スレッドの攻撃は魔族であってもダメージを受ける。
なのに、笑みを浮かべる。実に楽しそうに攻撃をかわしていく。
「ブレイクショット!!」
右の拳に溜めたエネルギーを振り下ろす。紋章と気が混じり合ったエネルギー弾はノアに直撃する。凄まじい爆音と衝撃がその場にいた全員に襲いかかる。
その後もスレッドは手を緩めない。
更に左の拳からエネルギー弾を放ち、続けざまに右拳から放つ。次々とエネルギー弾が着弾し、その度に爆風が部屋の中に吹き荒れる。
ノアのいた場所が煙に包まれ、スレッドは後方へ下がった。
「はあ、はあ……」
さすがのスレッドも肩で息をする。氣とは人間においての生命力を意味する。今の威力を常人が放てば、数発で倒れてしまうほどのエネルギーなのだ。
攻撃を終えてもスレッドは臨戦態勢を解こうとはしない。煙で見えはしないが、煙の先に濃厚な魔力が漂っているのは感じることが出来る。
煙が晴れ、そこには見た目的に多少はダメージを負っているノアの姿があった。
「やるね~。ここまで出来る人間に会ったのは初めてだよ」
「はっ、それだけ元気そうでよく言うぜ」
「いやいや、お世辞じゃないよ。これでもそれなりに魔力を消費したんだよ。だから、今度はこちらからいかせてもらうよ」
「ッ!?」
ガゴン!!
直観に従って横へと回避する。すると、後方の壁に直径10センチほどの穴が開いた。その穴は部屋の壁を突き抜けていき、城の反対側まで貫通していた。
信じられないほどの威力。当たれば、全身を合体紋章と氣で身体を包んでいるスレッドですら破壊してしまうだろう。
「さあ、次々行くよ~」
間延びするような、気楽な声と共に見えない攻撃が繰り出される。
「ちっ!!」
必死に回避するが、完全に回避しきれない。致命傷にはならないが、掠り傷が身体のあちこちに出来ていく。氣を活性化させて多少の回復は出来るが、それでも追い付かない。
――――このままでは先に体力が尽きる。
このまま自分が負けたら、大切な仲間を守ることが出来ない。脳裏に浮かんだ想像を現実の物にしない為、スレッドは賭けに出た。
「なっ!?」
それまで回避に専念していたスレッドは、覚悟を決めて前に出た。集中力を高め、ノアの動きを観察し、攻撃を掻い潜る。
そして、間合いの一歩前から一気に間を詰めた。
この間に一撃でも当たれば、スレッドの命は無かっただろう。スレッドの回避能力の高さもあっただろうが、それ以上に運が良かった。
「はっ!!」
渾身の右をノアの左腕に叩きつける。本日一番力の籠った拳はノアの腕に当たった瞬間爆発し、ノアの左腕が宙へと舞った。
更に追撃をしかけようとしたが、全力で攻撃を放った反動か、一瞬動きが止まってしまう。
瞬間ノアはスレッドから間合いを取り、窓際へと後退した。
「ふ、ふふ。良い、実に良いよ。本当に人間というのは僕を楽しませてくれる」
落ちてきた左腕を右手で掴み、嬉しそうに笑う。そこには腕を吹き飛ばされた怒りなどは微塵も感じられない。
ノアの心を占めるものは、自分を楽しませてくれるものの存在だけだった。
「今日の所はこの位で帰らせてもらうよ」
「行かせるとでも?」
「君達にはそれほどの余裕があるとは思えないよ」
満身創痍な三人を見つめ、残った右腕だけでお辞儀をする。その姿はまさに紳士と呼ぶに相応しい立ち姿だった。
「では、また逢いましょう」
地面が波打ち、沈んでいった。波は徐々に緩やかになっていき、ノアの姿はどこにもいなくなった。
残ったのは、破壊された皇帝の自室と疲れ切った三人の冒険者だけだった。