第三十四話「魔族」
皇帝の居場所を探して、ジョアン達が廊下を走っている。時に宰相派の兵士による妨害もあったが、全てヨルゲンが蹴散らした。
「見当はついているのか?」
「はい。先日警備の配置換えがあり、宰相派の近衛だけで警備が行なわれている場所があります。おそらくその区画の何処かでしょう」
数日前、皇帝が病で伏せっている現状で配置換えなど行なうべきではないのに、ブッシャルが強引に配置換えを実行した。
近衛隊長であるヨルゲンは反対したが、意味がなかった。権力に逆らうことが出来ななかったのだ。
本来近衛の配置に関しては隊長であるヨルゲンに権限があるのだが、最近城内で力をつけてきたブッシャルに押し切られてしまった。また、他の権力者もブッシャルを指示し、ヨルゲンはどんどん閑職に追いやられていった。
「お迎えに来る前に部下の一部を先行させています」
「それでは頼む」
二人と一匹は目的地に向かって走っていく。
曲がり角を曲がろうとした瞬間、ヨルゲンはジョアンとライアを止めた。
「お待ちください」
そう言って静かに廊下の先を窺う。
廊下の先には数人の近衛が待機している。よく見てみれば、彼らは宰相派に属している近衛だった。
このまま行っても、止められてしまうだろう。最悪の場合殺し合いになってしまう。
同じ近衛同士戦いはしたくないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
(私が先に行きますので、少々お待ちください)
(大丈夫か? 私も行った方が……)
(いえ、私だけなら誤魔化せるかもしれません)
(分かった。頼む)
(ライア殿はジョアン様を頼みます)
(ガウ)
小声で話しあい、方針が決まって頷く。
そしてヨルゲンは角からゆっくりと歩いていった。近衛たちの前に立ち、威厳たっぷりで近衛たちを怒鳴り始めた。
「お前達、なぜこのような場所で固まっている!! 自分の配置に戻れ!!」
怒りながら命令するヨルゲンに対して近衛は驚くことなく、それぞれが持っていた武器を構えて立ちはだかった。
明らかに敵意を持っていた。
「……どういうつもりだ?」
「現在宰相から隊長を捕えろという命令が下されております。出来れば抵抗せずにいただければ助かります」
部下である男達に武器を向けられる。
信頼するべき仲間に武器を向けられたのだ。只の権力争いの為に戦わなければならないことが、悲しくあり、そして怒りが込み上げてきた。
背中に背負った棍を抜き、正眼に構えた。
ヨルゲンの構えに近衛達は怖気つく。そこには帝国最強と呼ばれるだけの覇気が感じられた。
「いいだろう。誰を相手にしているのか、思い出させてやる」
部屋の中は異様な雰囲気を漂わせていた。
ただ一人の男が現れただけ。只それだけなのにスレッド達は動くことが出来ない。
覇気や殺気は感じられない。何か危険な武器を構えているわけでもない。窓際に立って、楽しそうな笑みを浮かべているだけだ。
「どういうことですか!! あの力さえあれば問題ないと言ったではないですか!!」
赤眼の男にブッシャルが詰め寄る。そこには騙された怒りがあった。
「ああ、あれね。あれは――――嘘だよ」
「う、嘘!?」
「確かにアレは強力だ。でも絶対というわけじゃないよ」
あまりにあっけらかんとする男にブッシャルは呆然と立ち尽くす。その顔を赤眼の男は楽しそうに見ている。
だが、直ぐに我を取り戻し、顔を真っ赤にして詰め寄った。
「ふざけるな!! アレに私がどれだけ資金をつぎ込んだと思っているんだ!!」
ブッシャルが赤眼の男から与えられた力、人間を魔物に変化させた力は数年間の研究の末に完成に近づいていた。
これまで溜めこんできた資金を大量につぎ込み、バルゼンド帝国を支配した暁には、この技術を使って大量の魔物を作り上げ、他国へと侵略する予定だった。
その集大成に一番近かったマルクがあっけなくスレッド達に敗れてしまった。それはブッシャルの怒りに触れるには十分だった。
赤眼の男は肩を竦め、首を横に振った。ブッシャルの態度に呆れかえっていた。
「君は色々勘違いしているよ」
「勘違いだと!!」
「そう――――魔族がまともな取引をするわけがないじゃないか」
魔族。男はそう言った。
(本当なら、これほど厄介なことは無い)
心の中でミズハは愚痴る。
彼らの会話に割って挟むことが出来ない。なぜなら雰囲気もそうだが、何よりも情報を収集する方が大事であると三人共に分かっていたから。
赤眼の男を観察しながら話しに耳を傾ける。
「大体、魔族を信用するなんて、君が迂闊すぎるだけだろう?」
「そ、それは……」
あまりにも心外な事を言われたかのように肩を竦める男。その様子にブッシャルは言葉を濁すことしか出来ない。
男の言葉は正直的を射ていた。
魔族の生態に関しては、謎に包まれている。昔話の中でしか登場せず、正確な姿形は分かっていない。ただ、恐ろしい存在だと考えられているだけだ。
そんな魔族と契約する。迂闊と言われても仕方がない
赤眼の男は今までで一番良い笑顔をブッシャルに向けた。
「君には僕の望んだ展開にしてくれたことに非常に感謝しているよ」
「!? 貴様、私を利用したのか!!」
「おやおや、それこそ心外だよ。利用したのはお互い様だよ」
ガシ!!
「う、ぐう!!」
おもむろにブッシャルの首を掴む。ブッシャルは呻き声を上げながらばたついている。
苦悶の表情を赤眼の男は実に嬉しそうな笑顔で見つめている。その笑顔がとても恐ろしく感じられる。
「さて、そろそろ舞台から降りてもらうよ。十分楽しんだんだ。次の人生でも楽しめると良いね」
首を掴んでいない方の手を顔の前に持ってくる。おでこの前でデコピンをするように中指を親指で止める。そして、
パァン!!
中指がブッシャルの頭を吹き飛ばす。破裂したような音と共に中身が飛び散り、生々しい残骸が床を汚していた。
首から下は小刻みに震えていたが、直ぐに動かなくなった。
赤眼の男は何の感慨も無いまま、ブッシャルの死体を床に放り投げた。
そして、意識をスレッド達に向けた。
戦いはまだまだ終わりそうになかった。