第三十三話「黒幕」
「あまり時間を掛けるわけにはいけませんな」
ジョアン達が出ていった扉を見ながら、ブッシャルは小さく呟いた。
ジョアン達の戦闘力は問題にしていない。ヨルゲンは確かに強いが、数で押せば問題ない。一緒に付いていったライアも、狼程度ではどうにもならないと無視した。
しかし、何かの間違いで皇帝がいる部屋に辿り着いては、色々問題が生じる。
そうなる前に処理しなければならない。
「では、そろそろ全力でお相手しましょう。マルク様、お食事の時間ですよ」
ブッシャルはマルクに指示を出す。
「――――!!」
ブッシャルの言葉を受けたマルクは、後ろに控えていた兵士を頭から食べ始めた。
グシャ、グシャ。
肉を裂き、骨を噛み砕く。脳や内臓が飛び出し、辺りが血に染まっていく。部屋の中には血を啜る音が鳴り響いていた。生々しい音は恐怖を生み出し、兵士たちは恐怖に震える。
「や、やめてくれ!!」
「死にたくない……」
食べられていく兵士は、叫び声を上げながら抵抗していく。だが、抵抗むなしくその命を失っていく。
「なっ!?」
「嘘!?」
「……外道が!!」
食べるごとにマルクは肥大化していき、威圧感が増していく。腕や脚は倍以上に太くなり、爪や牙が伸びていく。
威圧感が増し、身に纏う魔力が増大する。
「ふむ、なかなか良い出来ですね」
「てめえに人の心はねえのか!!」
あまりにも非道すぎる行為にスレッドは怒りのままブッシャルに突っ込んでいった。本気の拳をブッシャルに向けた。
だが、その間に立ち塞がるようにマルクが飛び込んできた。
「――――!!」
「っ!?」
マルクは立ち塞がると同時に口から火炎弾を吐き出し、スレッドに迫った。
全てを燃やし尽くすような火炎に対して、スレッドは咄嗟に水の紋章を書き上げる。
だが、威力が足りずに炎がスレッドを襲った。
「くっ!!」
防ぎきれないと判断したスレッドは火炎弾に向かって拳を叩きこんだ。
火炎弾は拳圧によってある程度は霧散していったが、防ぎきれない炎が拳を包みこんだ。熱による痛みが拳全体に広がる。
「があっ!!」
拳を抑えて屈んだスレッドに対してマルクの腕が振り下ろされた。
「スレッド!!」
「ウォータ」
スレッドとマルクの間にミズハが飛び込み、刀でマルクの腕を受け止めた。ミズハは紋章で攻撃を軽減させたが、予想以上の攻撃にすぐさま後方へ下がった。
ブレアはスレッドに迫っていた炎に対して水をぶつけて相殺させた。水はスレッドの拳にも当たり、炎を消化した。
「スレッド、大丈夫か!?」
「ああ。ちょいと油断したよ」
ブレアはすぐにスレッドの拳に治癒の紋章術を施していく。だが、よほど火炎弾の威力が高かったのか、完治するのに時間が掛かりそうだ。
スレッド自身も治癒を重ね掛けしていく。
「……すまんがミズハ、少しの間頼む」
「ああ、頼まれたよ」
痛みで歪みそうになる顔をむりやり笑顔にして、ミズハに時間稼ぎを頼む。ミズハもそれに応える様に笑顔で任された。
刀を構えながら、ミズハは一歩前に出た。
「おやおや、美しいお嬢さんがお相手ですか。きっちりもてなして差し上げないといけませんな、マルク様」
「ほざけ。貴様の様な外道は刀の錆にしてくれる」
殺意を込めた視線を送る。人を弄ぶような行為を行なっているブッシャルにミズハも強い怒りを感じていた。
「…………」
「…………はっ!!」
先に動いたのは、ミズハだった。
一気に前に飛び出し、刀を横薙ぎに振るう。
キィン!!
だが、刃は魔物の鱗に阻まれてしまう。
ミズハは諦めることなく斬りつけていく。その間にも魔物の攻撃が向かってくるが、重力を巧みに操って回避していく。
「――――!!」
マルクは攻撃が当らないことに苛立ち、二発目の火炎弾を口から吐き出した。
「はっ!!」
向かってくる火炎弾を刀で斬り裂く。火炎弾は二つに分かれ、後方へと飛んでいった。
再び間合いを詰めていく。今度は斬りつけるのではなく、突きで攻撃していく。斬りつけるよりはダメージを与えられるが、それでも数センチしか通らない。
(ならば攻撃できる箇所を攻撃するのみ!!)
更にスピードを上げて、魔物の目や口内へと突きを入れようとする。
だが、マルクもそれを感づいたのか、攻撃されないよう回避していく。暫くの間互いに攻撃を回避する時間が続いた。
そしてその均衡が崩れたのは、後方からの援護によるものだった。
「ウォーター・スモッグ」
ブレアの言葉と共に部屋の中に水蒸気が立ち籠り、視界を悪くしていった。
突然の事にマルクは反応できなかったが、ミズハはすぐさま反応してマルクの目に突きを入れた。
「――――!?」
マルクの悲痛な叫び声が頭に響く。思わず耳を塞ぎたくなるが、そんなことをしていたら命が無くなってしまう。
更に追撃しようとした時、後ろから声が掛かる。
「避けろ、ミズハ!!」
後ろからの声に反応し、すぐさま刀を抜いて横へと移動する。
それと同時にスレッドがマルクの懐に飛び込む。
左手を開いてマルクに当てる。そこに下位の紋章を即席で展開させる。紋章に魔力が注ぎ込まれ、紋章が光る。
そして、左手を引くと同時に紋章を展開した右手の拳をそこに叩きこんだ。
「おらっ!!」
ドン!!
紋章と紋章が接触した瞬間、鈍い音がマルクの腹の中で鳴った。マルクは何度か痙攣した後、口から血を流しながらもその場に踏みとどまった。
「さっさと…………倒れろ!!」
痙攣して動けないマルクに対して、スレッドは頭部目掛けて蹴りを入れる。蹴りは頭部にめり込み、更にそこから紋章術を炸裂する。
バァァン!!
紋章術によって頭部を吹き飛ばされたマルクは、力を失い後方へと倒れていった。
マルクは倒れた後もしばらく痙攣していたが、直ぐに動かなくなった。
「さて、後は貴様だけだ」
「う……ああ……」
魔物を倒した後も気を緩めることなく、スレッドは怒りのままブッシャルへと近づいていった。
ブッシャルは負けることのない力を人間の手で倒されたことに驚きを隠せず、うろたえていた。頭の中が真っ白になり、後ずさってしまう。
どうにか回避できないかと頭の中で考えるが、何も思いつかない。
とりあえず一発殴るつもりだったスレッドだが、止まらざるを得なかった。なぜなら、
「そいつは待ってもらえるかな」
『!?』
ブッシャルの陰からタキシードにマントをつけた赤眼の男が出てきたからだ。